人類VSダンジョン ~ダンジョンの脅威に人類は本気を出したようです~

第616特別情報大隊

ようこそ、地球へ

……………………


 ──ようこそ、地球へ



 敵はかつてないほどに強力だ。


 ダンジョンの中で幽鬼のごとく動き回り、致命的な一撃を与える。


 影すら見えない。音すら聞こえない。気配すら感じない。


 だが、敵は確かにそこにいる。多くの仲間が殺された。確かにそこに存在して、仲間を殺しまわってるのだ。既にどれだけの仲間が殺されたのか想像もできない。


 あるものは言い残す。『殺意だけが殺される瞬間に感じられた』と。


 何かを感じたときには既に遅い。死が待っている。


 だが、この薄暗いダンジョンの中で敵はどうやって動き回っているのだろうか。どのようにして連携しているのだろうか。どのようにして殺しているのだろうか。


 考えれば考えるほど分からなくなる。


 死が着々と迫っているのを感じる。味方は断末魔の悲鳴すら残せず、命を狩り取られる。化け物どもに。恐ろしい化け物どもに。この世のあらゆる伝承に出てくる化け物よりも恐ろしい存在によって、殺されるのだ。


 心臓が早鐘を打つ。脳が緊張によって思考を停止させる。


 武器を握る手が強張り、未知の敵の脅威に備える。


 影が見えたようで見えていない。足音がしたようでしていない。気配が感じられたようで感じられていない。


 そして、純粋な殺意を感じた。


 胸に穴が開く。ぽっかりと大きな穴が開き、心臓と肺に穴が開く。苦しみに藻掻く暇すらもなくもう一個の穴が開く。断末魔の悲鳴を上げようとしたところで頭をが吹き飛ばされる。脳天一発。そして、体が崩れ落ちる。


『クリア』


『クリア』


 そして、襲撃者たちが姿を見せた。


 第6世代の熱光学迷彩と大型ネコ科動物の足をバイオミメティクスで再現し、足音を全く立てないブーツ、そして人工筋肉とカーボンファイバー、神経系代替ナノマシンで機械化された四肢を装備し、スラッグ弾を装填した12ゲージのサプレッサー付きの半自動散弾銃で武装した男が姿を見せた。


 鋭い目をした男だ。背丈は今の時代の人間としてはそう高くなく170センチ程度。ここまで髭を剃る暇がなかったのか無精ひげを生やしている。


 それが倒れているダンジョンボスである、キングオーク──日本国防軍コード:クラウン・オスカーを冷たい視線で見下ろしていた。


「ようこそ、地球へ、クソ野郎。そして、さようならだ」


 男はもう一発銃弾をキングオークの脳天に叩き込んで確認殺害を実行する。


『やりましたね、ボス。これでダンジョンボス確認殺害戦果69体です。もはや世界トップですよ。また勲章ですね』


『ふん。どうでもいい。軍から“たくさんぶっ殺しましたで章”を貰ったって何も嬉しくない。俺が望むのはひとつだけだ』


 生体インカムと戦術脳神経ネットワークを通じて、ボスと呼びかけられた男が、灰になっていくキングオークの死体を見下ろし、足で蹴り飛ばす。


『こいつら化け物どもがこの地球から一体残らず消し去られること。それだけだ』


 的矢陸翔日本情報軍大尉。第777統合特殊任務部隊特別情報小隊所属。


 彼は世界最高のダンジョン撃破数を誇る下士官から叩き上げの将校であり、彼は世界最高の“迷宮潰し”部隊の指揮官であり、突如として発生したあの地獄のような市ヶ谷地下ダンジョンの生き残りであった。


『アルファ・セル・リーダーよりハルバート。ダンジョンボスの殺害。繰り返すダンジョンボス殺害。ダンジョンは直に正常化する』


『ハルバート、了解。ブラボー・セルを迎えに行かせる。ご苦労だった、的矢大尉』


 司令部からの言葉にただ的矢は肩をすくめる。


『お迎えが来るぞ。それから今日でここの仕事は終わりだ。外にはマスコミがわんさか来ているはずだ。俺たちが特殊作戦部隊だってことを忘れるな。全員、バラクラバを装備。顔を見せるな。マスコミとは一切話すな。俺たちは脅迫や暗殺の対象になり得る人間だ。特に椎葉。気を付けろよ』


『了解、ボス』


 椎葉と呼ばれた若い女性下士官が頷いてバラクラバ──目出し帽を被る。


『それから熱光学迷彩は絶対に使うな。マスコミの前では。これは高度な軍事機密だ。これまでも、これからも、だ』


 全員がバラクラバを装着し、別動隊の迎えを受けて地上に出る。


「ご覧いただけますでしょうか! 2ヵ月に及ぶ作戦の末に博多ジオフロントに寄生した博多ダンジョンが攻略されました! 国防軍統合参謀本部はダンジョンは攻略されたとのコメントを発表し、既に多くの遺族が──」


 マスコミが早速腐肉を漁りに着てやがると的矢は思った。


 そんなに軍人や民間人の血を吸ったダンジョンの死体を報道するのが楽しいか? そんなに楽しければ、どこかのダンジョンにでも突撃取材して全員化け物に食い殺されちまえ。的矢は内心でそう思いつつ、日本陸軍の部隊が非常線を張る中を通過し、軍用トラックに乗り込んだ。


『ボス、ボス。次はどこです?』


『さあな。参謀本部の連中の気分次第だ。このままお役御免かもしれないし、海外派兵もあり得る。これを機に国外に恩を売っておこうって考えている連中は少なくないって話だぞ。アメリカが既にそれに近いことをやってる』


 椎葉。椎葉四季日本情報軍軍曹が尋ねるのに的矢は肩をすくめてそう返す。


『お役御免を望みたいですね。レコードはもういいでしょう。日本に残っているダンジョンはもう熊本ダンジョンだけで、そこも陸軍が攻略中だと聞いています』


『あたしはもっとクソ化け物どもをぶち殺したいけどな』


『頭に血が上りすぎだ、信濃曹長』


『そっちに気合が足りないだけじゃないのか。もう歳だってか、陸奥准尉殿』


 信濃──信濃西華日本情報軍曹長が喧嘩を売るような口調で言うのに、陸奥元志日本情報軍准尉はただ唸って返しただけだった。


『やめろ。ガキじゃないんだ。いい大人がくだらないことで喧嘩するな。信濃。殺したければもっと素早く動け。貴様の動きはまだまだ鈍い。陸奥。市ヶ谷を忘れるな。俺たち奇襲され、殺され、そして逆襲しているんだ』


『了解、大尉』


 ダンジョン。


 それが地球上に突如として現れたのは2065年の4月のことだった。


 地球上に一斉に出現したダンジョンは既にそこに存在していた地下鉄、デパ地下、地下司令部、ミサイルサイロ、ジオフロントに“寄生”し、そこを拠点に根を広げた。


 死傷者数の統計はまだ出ていないが、人類は未曾有の大災害に巻き込まれたのだ。


 だが、人類の反応は素早かった。


 既に時代は西暦2065年。


 完全に姿を隠してしまう熱光学迷彩はどこの軍隊でも所持しており、人が人を殺すために進化し続けた銃火器は殺せないものなど存在しない、どのような状況だろうと相手を殺せると豪語できるほどに進化し、人工筋肉技術はアーマードスーツ、強化外骨格(エグゾ)、義肢という様々な分野で活用され人間は人間の力を越え、あらゆるシステム上の電子情報が量子暗号によってネットワーク化されている。


 ダンジョン発生の1日目。最初に人類はペンタゴンダンジョンを撃破し、モスクワメトロダンジョンが戦術核の使用とともに陥落。2日目には永田町ダンジョンが陥落。3日目には地球上のあらゆるところでダンジョンが撃破されていた。


 小説やアニメのようにダンジョン攻略のために民間人が動員されるのは徴兵制度のある国ぐらいのもので、ほとんどの国は自国の職業軍人たちがシステマチックかつスムーズにダンジョンを攻略していった。


 ダンジョン発生から2ヵ月にして、地球上に残っているダンジョンは数えるほどだった。この日本においても残っているダンジョンはひとつだけ。


 熊本ダンジョン。そこがラストダンジョンだった。


……………………

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