超積極的ラブコメを展開しようと思う

おんたけ

第1話 彼女じゃなきゃいけない


「先輩っ! 今日はありがとうございました!」


 二人でお茶を楽しみ、店の外に出ると、笹森さんはそう言ってペコリと頭を下げてきた。


「俺も笹森さんと話せて楽しかったから」


 あまり気を使わせまいと俺がそう言うと……


「ええっ、わ、私なんかそんな、全然面白いことも言えないし……」


 笹森さんはあわあわ言いながらうつむき出した。


 あれ? もしかして照れてる?


 ……ちょっと攻めてみるか。


「初めて見た時から可愛いと思ってたからさ」


「そ、そうですか……ありがとうございます」


 なんか頑張って平静を装っているけど仄かに頬が赤く、唇をふるふると震わせている。照れてるな、これは。そしてかわいい。


 こんな可愛い生き物と二人きりでお茶しに来れたのには、海よりも深い理由と波よりも高い志(下心)があったのだ。



◆ 



「雄二〜、一年に可愛い子いないか見に行かね〜?」


 高校二年の春、舞い散る桜を窓辺の席で眺め、今日から始まる新学期に思いを馳せていたところ、前の席からそんな品のないセリフが聞こえてきた。


「お前がそう言うならしょうがねぇ。すぐ行こう」


 そう答える俺もこの男同様品のない、ある意味普通の男子高校生だ。


 「花より団子」とはまさにこのこと。


 見事な手のひら返しを演じた俺は、もう一人の品のない男と教室を出て新入生のいる三階へと歩き出した。


 「しっかしあれだよなー、クラス替えねーと進級した感じしねーよな」


 さっきからおちゃらけた様子で話しかけるこいつは中西優也なかにしゆうや


 高校入学時から何かと気が合い、なんだかんだ俺が一番気を許している友人だ。


「確かにな」


 さっきもチラッと呼ばれたが、俺の名前は安達雄二あだちゆうじ。良くも悪くも普通の男子高校生だ。


「まぁ、コロコロ環境が変わるよりはこっちのが気楽なとこもあるけどな」


 進級するたび新しい人間関係を構築するのは疲れるしな。クラスが変わった途端友達がいなくなって孤立したら嫌だし。


「そうかー? 新しい女の子と出会う機会が一つ減っちまうんだぜ?」


 ……こいつは微塵もそんなこと考えねぇな……


「だから今から新入生の品定めに行くんだろ」


「品定めとかいうな! 女の子に嫌われるだろ!?」


「はいはい、あ、もう着くぞ」


 俺が優也を軽くあしらってると一年の教室が見えてきた。


「やっぱ入学したての一年は静かだな」


「だな」


 入学した途端フレンドリーに話しかける人もそう多くはないだろうからな。


 新入生たちは静かに自分の机と向き合っていた。自習している人やカバンをあさっている人が多いな。


 分かるぞ……俺も去年はそうだった。まぁ、大抵の人はそうだろうが。


 そんな様子を見て、「なんか入りづらいな」と優也と話していた時。


 教室の中央、よく見なければ目立たないような席に一目で可愛いとわかる少女が座っているのが俺の視界に入った。


 美少女発見! よし!


「あ……」


 心の中では留まらず、思わず声が漏れてしまうほど彼女は可愛かった。


 優也が怪訝そうにこっちを見てきたがそれどころではない。


 だって美少女だよ? そっちに目を奪われるのは当然なのだ。


 肩までかかるかどうかといったサラサラな黒髪、けれどその毛先は少し外にはねており、可愛らしさを強調しているようにも感じる。


 さらに、どこか意志の強さを感じさせる透き通った目、シャープな顔のライン、その全てが一度に頭に入ってきてもう俺の頭はパンク寸前だ。


「好きな女性のタイプは?」なんて定番の質問だが、きっと俺は彼女のような子がタイプなんだと思った。


 でも、のだと思った。


「急にどうしたんだよ?」


 優也の言葉でようやく我に帰った俺は一言。


「可愛い子見つけた……」


 呟くようにそう言った。


「え! どこだよ!? てかここからでよく分かったな」


「あの中央の席に座ってる子だよ」


 感心してる優也に彼女のことを教えていると、朝のホームルームの予鈴が鳴り響いた。


「あ……」


「一旦戻るか」


 彼女を見てからずっと感じていた、この気持ち。きっとこれが一目惚れなんだと思う。


 もっと彼女を見ていたい気持ちもあったが、新学期初日から遅刻するわけにもいかない。


 俺は動きたがらない足を根性で動かして、足早に教室へと戻った。





 俺たちが教室に戻ってくるとみんなもう席についていた。


 あっ、でもまだ担任の先生は来ていないみたいだな。


 それを確認しながら俺たちは自分の席に着いた。


 そういえば、担任の先生は誰になるんだろうか。


 この学校、青鷲あおわし大附属青鷲高等学校(通称わし高)は理事長の方針でクラス替えこそないが、担任教師は毎年変わっている。


 そんなことを考えていたら教室右前の扉がガラガラと開いた。


 その刹那、クラスのみんながわっと歓声を上げる。


「なんだ?」


 何事かと思い勢いよく顔を上げると、教卓には背中をまるめ、疲れているのか眠そうな目をした男が立っていた。


「松中先生だよ!」


 みんなのノリについていけず呆然としていたら優也が食い気味に教えてくれた。


 松中先生? 誰だそれは? そう思い優也に尋ねてみる。


「それでなんでこんなに騒がしいんだ?」


「ばっか! お前松中先生と言ったら俺たち生徒の救世主みたいなもんだろぉ?」


 優也が人のことをこんなに褒めるなんて。しかも女子じゃないのに。救世主という表現は安直だと思うが。


「お前の救世主は可愛い女の子じゃねーの?」


「そう! 俺の周りの女の子みんなが俺を癒してくれる救世主! ……じゃなくて!」


 おぉ……関西人も顔負けの見事なノリツッコミだ。


 俺が感心していると松中先生が徐おもむろに話し始めた。


「お前ら静かにしろー。今日の動きの確認するからなー」


 見た目通り気だるそうに松中先生は話し始めた。


「まず最初に、俺が今年度このクラスの担任をすることになった松中慎太郎まつなかしんたろうだ。これから一年間よろしく頼む」


 松中先生は自己紹介もそこそこに今日の動きの確認を始めた。


「今日はこれから体育館に行って始業式を行う。始業式が終わり次第、教室でホームルームを行い、それが終わったら放課だ」


 始業式……!全校生徒の集まる始業式ならまたに会えるかもしれない! 


 俺ははやる気持ちを抑えて松中先生の話の続きを待った。


「それから席替えはどうする? この席順は一年の頃から引き継いでるんだろ? 新しい席にするか?」


 そういえば特に指示がなかったため一年の最後の席順のまま座っていた。でもこの席暇な時外見れるし結構気に入ってるんだよな。


「今のままでいんじゃないですか?」


 そんなことを考えてるとふと誰かが提案した。


「そうか。新学期早々バタバタするのもあれだしな。それでいこう」


 ……なるほど。生徒の意見に寛容ということか。たしかに融通のきく教師は救世主かもしれないな。


 ……今のはただめんどくさかっただけの気もするが。


 松中先生の話が終わるとみんな一斉に体育館へと向かった。


 わし高の体育館は第一体育館と第二体育館に分かれており、今回のような式典では通常、第二体育館を使用する。





 体育館に着くと早速松中先生の指示が飛んだ。


「出席番号順に二列になって並べー」


 並びながら俺は辺りを見回して彼女の姿を探した。


 あんなに可愛かったからすぐに見つかるだろうと思っていたが……


 俺の期待に反して、彼女の姿を見つけることができないまま、始業式が始まってしまった。





 しかしこういう式は退屈だな……。俺がそろそろ睡魔に負け、夢の世界へ向かおうかと言う時。


「続いて、新学期が始まるにあたって、今学期の目標についてスピーチをお願いします」


 そういえばスピーチあるんだった……


 わし高では始業式と終業式に各学年から一人ずつ代表の人がスピーチをする時間が設けられている。大抵、新学期の抱負や学期を振り返っての感想なんかを発表する。


 要するに退屈だ。今よりさらに退屈になる。これはまずいな……なんてことを考えていると、


「一年B組の笹森奏ささもりかなでです。」


 !!!!


 突然、眠りかけていた俺の耳にそんな言葉が入ってきた。甘く、可愛らしい声。それでいてはっきりとした口調で話す彼女には見覚えがあった。


 ずっと探していただった。


 初めて聞いた彼女の声。俺は呆然と笹森さんの姿を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る