第16話 トムとエミリー

 モーケルさんに乗せてもらえることになった馬車は幌付きの荷馬車であり、近くの村まで荷物を搬送するというだけあって、荷物が満載で座れるスペースがほとんどなく窮屈であった。

 そのため、俺は馬車の最後尾の狭いスペースに護衛の女の子と密着するような距離で並んで座り、一緒に後方の警戒をしていた。


 こんなに近い距離で女性と座る機会なんかないから何かドキドキするな……

 無言だと気まずいから何か話しかけるべきか。

 

 そんなことを思っていると、先に女の子の方から声を掛けてきた。


「あの、さっきはありがとうございます! 私はエミリーっていいます。モーケルさんの隣に座っている兄のトムと一緒に冒険者をやっています。私が怪我したせいで、モーケルさんと兄を危険な目に合わせてしまったので助かりました」


 エミリーと名乗った女の子の年齢は10代半ばだろうか。

 金髪ポニーテールが似合っており、胸は控えめだが、スラッとしていて可愛らしい。

 身長は俺より頭一つ分程、背が低い。

 服装は麻っぽいシャツの上に胸当て、手には革製グローブ、下半身は長ズボンに膝下まであるロングブーツ、革製の肘当てや膝当てで関節部分も保護しており、いかにも冒険者といった風貌であった。

 オオカミとの戦闘では槍を使用していたが、今は弓と矢を手に持っている。


 怪我をしたという言葉が気になり、女の子の事を見てみると左太もも付近のズボンが裂けており、そこから血が滲んでおり痛々しかった。

 

 かなりざっくりと切れている様子だったので治療はしないのかと聞くと、「傷薬を塗ったので大丈夫です!」と言っていたが、馬車が時折揺れるたびに顔を歪めているので我慢しているのだろう。


 あまりにも痛そうだったので、性能実験も兼ねて【召喚】で入手した回復ポーションを与えるか悩んでいると、馬車の前方からも声を掛けられた。


「さっきはありがとな。俺はトム。F級冒険者だ。あのままじゃ危なかったから加勢してもらえて助かった。変わった格好をしているがお前は冒険者か?」


 声を掛けてきたのは、エミリーの兄であるトム。

 今は御者を務めるモーケルさんの隣に座り、周囲を警戒している。

 年齢は10代後半。金髪短髪で体は鍛えているのか引き締まっていた。

 目つきが悪く、無愛想な男だがこうして助太刀に対するお礼が言えるのだから根は良い奴なのだろう。

 服装は冒険者だということもあり、素材はわからないが上半身は麻っぽいシャツの上から革鎧を着用しており、その他はエミリーとほぼ一緒。先程の戦闘では片手剣を使っていた。


「あっどうも、私はアタルといいます。冒険者ではなく、普段は商会みたいなところで働いているんですが、昨日いきなりこの草原に転移させられてしまい困っていたんです。それであてもなく彷徨っていたところ、オオカミに襲われている皆さんを見つけたのです」


 正直に異世界から召喚されたと言っても信じてもらえなさそうだし、それなら知らない国から転移させられたことにした方がまだマシだろう。

 それにその方がこの国のことや近隣諸国のことなんかも聞きやすくなるもんな。

 

 会社員として働いていたときは、仕事のノルマに追われ、時間外勤務や休日出勤が当たり前になっていたから、この世界ではのんびりスローライフを送りたい。

 そのためにも住みやすそうな国があればそこに移動したいし、逆にやばそうな国があるのなら離れたい。

 なので、モーケルさんやトム、エミリーから色々聞き出さなくては。


 それから、シリル村という目的地の村に着くまでの道中、モーケルさんやトム、エミリーと色々な会話をした。


 まず、トムやエミリーからは年齢が近いからってことで敬語は不要と言われた。

 

 俺は30歳なのだが…


 疑問に思い、休憩の際にスマホのカメラで自分の顔を撮影して確認したところ、高校生くらいの時の顔つきであった。

 異世界あるあるの若返りだな。どうりで長時間歩いていても筋肉痛になったりしなかったわけだ。


 トムとエミリーに年齢を聞くとトムが18歳、エミリーが15歳ということなので、俺はこの世界ではトムと同じ18歳で年齢をとおすことにして、トムとエミリーとはお互い敬語は使わないことにした。

 

 また、回復ポーションや薬草がこの世界にあることを会話の中で聞き出したので、休憩の際にエミリーに【召喚】で入手した回復ポーションを手渡すことにした。

 あまりにも痛々しくて見ていられないからな。

 決して下心があるわけじゃない。本当だぞ……


 回復ポーションにも色々な種類があるらしいが、一般的なものとしては、キキ草という薬草や俺が【冒険】で入手したゲンキデ草なんかをすり潰して、蒸留水と混ぜ合わせた後、加熱しながら魔力を込めて煮詰めていくとできるらしい。


 なんだかんだ手間が掛かるそうで、安い回復ポーションでも加工前の薬草に比べると10倍の値段がするらしい。

 そのため、F級冒険者で稼ぎもあまり多くないトムとエミリーは薬草をすり潰しただけの傷薬は所持していたものの、回復ポーションは所持していなかったみたいである。


 しかし、いきなりエミリーに使わせて効果が無かったらまずいよな……

 痛いのは嫌だけど試してみるか……


 俺はビビりながらもナイフで自分の指の先を少しだけ切りつけてみた。


 すると血が少し出て、じわじわと痛みが出てきたが、そこにポーションを数滴垂らすと、たちまち傷が塞がり痛みも無くなった。


 おぉーすごいな! 本当に治った!

 説明では重傷には効果がないってなっていたけど、エミリーの傷はどうだろうか。

 無事に治るといいんだが……


 俺は効果に驚きつつ、早速エミリーに回復ポーションを渡しに行くのであった。


 ……


「ありがたいけど受け取れないよ!」


 エミリーに回復ポーションを渡そうとしたところ、遠慮したのか受け取りを拒否された。


「試作品だから遠慮しないでくれ。むしろ、エミリーの負ったような傷でも治るか知りたいんだ。まあ、初対面の男が持っている怪しいポーションを使いたくない気持ちはわかるけどな……」


 まあ、本当は試作品なんかじゃないけど、どのくらいの効果があるかを知りたいのは本当だ。

 勿体ない気持ちも多少あるが、☆3のアイテムだから今後デイリー召喚でも当たる可能性があるし、それならエミリーの傷を治してあげたい。

 恩も売れるし、それを理由に色々教えてもらえるかもしれないしな。


「うっ、何か私が悪いことをしているみたい……うぅ、わかったよ。ただし、効果があったらちゃんとお金は払うから受け取ってね!」


 俺がポーションを使ってもらえないことを至極残念そうにすると、エミリー罪悪感がわいたのか、俺からポーションを受け取ると馬車の中に入っていた。


 どんな感じで傷が治るのかが気になり、エミリーに付いていこうとすると、「傷にポーションをかけるのにズボンを脱ぐから来ないで!」と怒られてしまった。

 

 それを見ていたトムからは「ポーションありがとな。しかし、着替えを覗くつもりならバレないようにこっそりやらないとな」と言われたので、妹の着替えを覗いてもいいのかと聞くと「覗いたらどうなるか知りたいならやってみろ」と剣呑な目つきで言われたので、大人しく馬車の外で待つことにした。


 ……待つこと数分。


「うわーすごい! 綺麗に治っちゃった!」


 馬車の中からエミリーのそんな声が聞こえたかと思うと、少ししてエミリーが笑顔で馬車から降りてきた。

 その手には1/2程の残量が残ったポーション。


「アタル、このポーションすごいね! 前に別の回復ポーションを使ったことがあるんだけど、その時に比べて怪我が治る速度も必要な量も少なくてすんじゃったよ! まだ半分残っているから残りは返すね」


 そういって、残りのポーションを返そうとしてきたので「残りは何かあったときに使って」と言って、そのまま受け取ってもらった。


「え、でも……こんなにすごいポーション受け取れないよ。使った分のポーション代も直ぐには払えないと思うし……」


「いや、さっきも言ったとおり試作品だからお金はいらないよ。ポーションの効果がわかっただけで俺としては充分だから」


「う〜ん、でも……」等と小声が聞こえていたが聞こえない振りをしていると、トムに声を掛けられた。


「おかげでエミリーの怪我が治った。少ししかないが礼だ。受け取ってくれ」


 トムがお金が入っていると思われる小袋を渡してきたので、マナー違反かもしれないがその場で小袋の中に入っていた硬貨を取り出して確認した後、小袋に戻してトムに返却した。


「エミリーにも言ったけど、あのポーションは試作品だから礼はいらないよ。どうしても礼がしたいのならこの国のことやその硬貨の価値等、色々教えてくれ」


「あぁ、アタルがそれでいいのならばそうさせてもらう。代わりに知りたいことがあれば何でも聞いてくれ」


 この世界のことや今いる場所のこと、先程見せてもらった硬貨の価値など、聞きたいことはいっぱいある。

 まず何から聞こうかと俺は頭を働かせるのであった

 

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お読みいただきありがとうございます。

次の更新は7/5の予定となります。

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