第1話【女神の楽園】

 今、女性の声が聞こえたよな……


 俺は近くに誰かいるのかと思い、立ち上がって周囲を見渡し確認するも、近くに人の気配は全く感じなかった。


 空耳かと思い、地面に座ろうとするとズボンの右ポケットから光が漏れているのに気が付いた。


 うん、何が光ってるんだ? もしかしてスマホか……


 俺がポケットの中に入っているものを取り出してみると、予想どおりスマホがあり、何故か液晶画面だけではなく、スマホ全体が淡い光を放っていた。


 なんだこれ、何故スマホが光ってるんだ?

 もしかするとさっきの女性の声と何か関係があるのか……


 スマホ自体は某有名な会社の最新機種で、電話用というよりもスマホゲームをするために昨日機種変更したばかりのものであるが、本体が光る機能はなかったはずである。

 アプリ自体もハマっていたスマホゲームしかまだインストールしていなかったため、そのゲーム以外には《設定》や《通話》、《カレンダー》、《時計》、《カメラ》等、初期段階でインストールされている最低限の機能しか無いはずであった。


 俺が電源が切れていたスマホを起動させると本体を包んでいた淡い光が収まり、代わりに液晶画面にホーム画面が映しだされた。


 画面を確認すると、初期アプリ等に変更はなかったものの、昨日インストールしたはずのゲームが見当たらず、代わりに【女神の楽園】というインストールした覚えのないアプリがあった。


「うおぉっっ マジか!! ふざけんなよ!!」


 俺は消えてしまったゲームや今までに手に入れたレアなキャラやアイテム、貯め込んでいたゲーム内通貨を考えると絶叫してしまった。


 いや、再インストールすれば、もしかするとデータが残っているかも……って、そもそも異世界だときっと圏外だよな。

 そうすると再インストールは無理か……


 念のため、スマホの画面を見てみるも、案の定圏外であり、俺はお気に入りのゲームを喪失したことによる憂鬱な気分に襲われながらも、インストールした覚えのない【女神の楽園】を確認してみることにした。


 アプリのアイコンは白髪の長い髪の女性が目を瞑り、何かに祈りを捧げているかのようなイラストとなっており、アイコンを見ただけではどういったアプリなのかはわからなかった。


 あの女性の声が空耳じゃなければ、多分ゲームアプリのはず……

 否、俺の愛するゲームが消えてしまったのだからそれ以外は認めん。


 俺は半ば自暴自棄になりながら【女神の楽園】のアイコンをタップしてアプリを立ち上げてみると、勇者っぽい人物やその仲間らしき人達が剣や魔法などでドラゴン等の魔物と戦っているファンタジーものでありがちなオープニングムービーが流れ始めた。


 おぉー、やっぱりゲームアプリっぽいな! 

 面白いかはともかく、現時点での唯一の娯楽になりそうだ。

 まあ、こんな草原のど真ん中で食料ひとつもない今の状況ではゲームなんかしている場合ではないかもしれないけどな……


 そんなことを考えながら、オープニングをぼんやりと眺めていると、このゲームの大まかな世界観や設定のような次のようなメッセージが流れてきた。


『ここは女神ルティスが創りし世界ベルセウム。異世界から召喚された君の世界にはなかった魔法やスキル、様々な動植物等により、独自の発展を遂げており、君にとっては幻想的な光景が広がることになるだろう。かつて、この世界は人族と魔王率いる魔物の軍勢が争いを繰り広げ混迷を極めた。しかし、今から500年程前に勇者が現れ、勇者とその仲間により魔王が倒されたことで戦いは終結し、この世界に平和が齎されたかのように思えた。だが、500年が経過した今。魔王の支配から解き放たれた魔物はこの世界のあらゆる場所に散らばり独自の生態系を築き、人々の脅威となっている。君が召喚されたのは魔王はいないが、魔物が猛威を振るうそんな時代だ。そんな世界で申し訳ないが、君がこの世界で楽しく生きられることを切に願う』


 そんなメッセージが流れ、オープニングが終わるとタイトル画面になったのか、異世界っぽい風景の中にでかでかと【女神の楽園】というタイトルが表示された。


 普通に考えれば、さっきのメッセージはこのゲームの世界設定のことだと思うんだけど、何か俺の今の現状を表しているようにも思えるんだよな……

 まあ、この世界で生活していけばそのうちわかるかもしれないし、今は気にしないでおくか。


 画面下には【Tap to Start】という文字が表示されていたことから、俺はそれに従って画面を指でタップするとホーム画面のような画面が表示された。


 画面の背景はタイトルの【女神の楽園】をイメージしているのか、白を基調としたガゼボいわゆる西洋風の東屋と色とりどりの花々が咲き誇る庭園風景となっており、タイトルの画面左上から右にかけて《ランク:1》、《スタミナ:60/60》、《所持金:0K》、《魔結晶:0個》等と表示されており、ランクは何らかの等級や順位を示すもので、スタミナはゲーム内で行動する際に消費される数値、所持金はそのままの意味で、魔結晶はまだ何か判然としないが、きっとガチャ等をするのに必要になるものだと思われた。

 

 また、画面にはメインコンテンツと思われる6つの大きなアイコンが表示されており、それぞれ確認していくと【冒険】、【ミッション】、【仕事】、【図鑑】、【所持品】、【召喚】となっていたことから、このアプリが何らかのゲームであると確信した。


 しかし、異世界に来てゲームができるのは嬉しいが、よくよく考えたらスマホを充電できないから、すぐに電池切れになってプレイできなくなってしまうのでは……

 

 充電器はない上に、そもそもこの世界にコンセントがあるかもわからないことから再充電できる見込みが薄いことに気付き、俺は残りのバッテリーの残量が気になってしまった。


 画面の右上に表示されているバッテリー残量を示す電池型のアイコンを確認すると、残量が68%となっており絶望しそうになったが、何故か充電中を表すカミナリマークがアイコンの中に表示されており、その下に《魔力補充中》と表示がなされていた。


 うん……何で充電中になっているんだ?

 それに魔力補充中ってなんだ?


 俺がそんなことを考えていると、バッテリー残量が68%から69%に増え、その数十秒後には70%にまで回復した。


 もしかして、空気中の魔力を自動的に補充して、それを電力に変換して充電しているのか……

 そうだとするとすごい技術だな。元々、このスマホにそんな機能は無いはずだから、さっきまでスマホが光っていたのは、アプリがインストールされたり、こういった機能が付け足された為だったのかもしれないな。

 

 だとすると、誰がこのスマホを改造してくれたんだって話になるけど、聞こえてきた女性の声やこのゲームのタイトルから想像するにこの世界の女神様なのかもしれないな。

 もしかすると、俺が助けた女の子が実は女神様だったとか……

 うん、ラノベの展開でありがちだから、ありえそうだよな。


 俺は勝手にそう結論付けると、今後のこの世界での立ち回りについて考えてみた。


 特に仮称・女神様から指示や目的も言われていないし、この世界では好きに生きるとするか。

 ゲームのオープニングのメッセージでも《楽しく生きられることを切に願う》ってなっていたしな。

 最近は働き詰めでゆっくりしていなかったから、どこかでのんびりスローライフな生活を送ってもいいかもしれない。

 

 目標は前世の知識で異世界チート。

 働くことなく不労所得で収入を得て、田舎でゆっくり自給自足な生活。

 これに決まりだな。

 

 俺はこれからの異世界生活に夢と希望を膨らませながら、引き続き【女神の楽園】について確認するのであった。

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