第21話 大和さんの告白
いや、駄目でしょそんな、でもたった今恋人になってと言われたし、その後思わせぶりなことも言っているし、もしかしてこれはキスで返事をしろという催促?
ど、どどどうしようどうしよう。全然やぶさかではないのだけど心の準備が全く一ミリも出来ていないんです。
「やっ、その、僕っ」
運転席のミラーに写る自分の姿を気にしながらどぎまぎしていると、僕の手は解放されて、いつの間にかマヤさんは眉間に手を当てて頭痛を堪えている時のようなポーズをしていた。
「あれ、えっと、マヤさん・・・?」
返って来たのは「はぁ」という深いため息。もしかしてあまりに行動が遅いから呆れられてしまった?
「大和だ」
改めて顔を見せてくれた先程とは別人みたいな鋭い目つき。ただ、誰が見てもわかるくらいに顔が赤い。
「くそっ、ちょっと許可したら余計な事ベラベラ全部話しやがって」
初めて二人が入れ替わる所を見たけど、こんなシームレスなのか。マヤさんになるには写真が必要みたいだけど、大和さんに戻るときは大和さんの意思でやっているみたいだな。
「ナオ!」
大和さんは険しい顔で僕の方に上半身ごと向き直り、短いスカートをぎゅっと握りながら僕の目を見つめた。
「は、はいっ」
「・・・・・・」
「はいっ」
「さ、さっきはありがとうな! これからは真面目に授業を受けることにする!」
「あ、はい」
お礼を言われている筈なのに大和さんの表情はどう見ても悔しそうというかもどかしいというか、眉間にしわを寄せていらっしゃる。
「それとな、あたしからも・・・その」
「大和さんからも?」
「いや、こんな便乗するような言い方はカッコ悪ぃな」
ぶんぶんと首を振って何かを改めている。今日の大和さんは変どころじゃない。
「くそっ、見てんじゃねぇよ!!」
「えぇっ!?」
寧ろ大和さんの方から見詰めてきたのに理不尽な、と思いきやどうやらそれは運転手の五十嵐さんに向けた言葉だったようで、車は直ぐに道路わきに停車した。
「おら、来いっ」
あれよあれよという間に車外に追い出される。マヤさんの指示通り適当に走ったのか見慣れない場所だ。
「ここじゃ落ち着かないな・・・よし、こっちだ」
車はほったらかしで大和さんは僕の腕をがっしりと掴み、つかつかと何処かへ向かって歩いていく。
暫く歩いたところで、だだっ広い公園にたどり着いた。休日にはどこかのスポーツクラブが活動していそうな遊具の少ない木と芝生しかないひたすら広い敷地。時間のせいもあってか人気は殆どない。
「・・・よし、ここなら誰も聞いていないな」
ざわざわと木々が風に揺れ、同時に大和さんの真っ赤な髪もふわりとはためく。背景の緑と少しだけ日の落ちた空の中心に立つ顔まで赤い大和さんが、夕日みたいだ。
「入試の日、あたしは屋上に向かっていた」
「えっ?」
「自殺できないかなって、考えてたんだ」
「自殺!?」
突然のヘビィな単語に驚いて大きな声が出た。
「もう今はそんな事考えてない。ただあの日は、なんていうか、全部嫌になって、学校に侵入して死んでやろうと思った」
高校入試当日は当然ながら休校日。一部の生徒が手伝いとして駆り出されるものの、無関係の生徒はいない筈だ。
「でも、もし誰かに見つかったら辞めようかなって。そんな軽い気持ちだよ。らしくねぇけどさ、神にでも祈る気持ちだったんだと思う。これが運命なら諦めるし、受け入れるって」
「その誰かって・・・もしかして」
「運が良いのか悪いのか、意外とすんなり校舎に入れた。わざと人の多いA棟の屋上を選んで別に隠れもせずに堂々と歩いていたのに、偶然にも誰にも見つからなかった」
そうか、あの日僕達が出会ったのは教室棟だ。大和さんがいつもいるB棟の屋上に向かっていたわけじゃないんだ。
「人と会いそうな廊下を抜けて、階段を抜けて、いよいよ屋上までたどり着くってところで思ったよ。あぁ、誰にも会わなかった、あたしは今日死んでいい運命なんだって。屋上前の階段なんて、誰もいる筈がないから・・・そしたらさ、ナオがいた。ぐしゃぐしゃに受験票握りしめて諦めたいなんて独り言いってる、背も小さくて男か女かわかんないへにゃへにゃな泣き顔の中学生」
あの時の僕は、トラウマの一人である知人を見つけて入試を受けられる精神じゃなくなっていた。そんな僕の目の前に何故か偶然現れてくれた先輩は、自殺をしにあの場所に来ていたのか。
「まぁ昔の事だけどさ。あたしは入試の日と、今日の昼、二回もナオに助けられたんだ」
「少なくとも入試の時は何もしていませんよ・・・」
寧ろこっちが貰っただけだ。
「それでいいんだよ、別に。結果的に助けられたってだけだからさ」
そういうものなんだろうか。
「あー、それでな?」
頬をぽりぽりとかいて視線が泳ぎ出す。
「ここからが本当に言いたかった事なんだけど」
自殺だなんてとんでもないワードが出てきたから驚いたけど、この話をするために車を降りたわけじゃないのか。
「・・・・・・ふぅ」
大和さんは大きく深呼吸をして、気合を入れるように表情を凛々しくし、僕の正面に立って真っすぐ僕を見つめた。
「あたしと、付き合わねーか?」
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