第20話 マヤさんの告白

「・・・消える?」

 マヤさんが、消える?


「あの子が更生したい理由はわかるよね、私という副人格を作り出したのだから深層心理では元のお嬢様に戻ったほうがいいという後悔を抱いている。それは日に日に大きくなるし、私やナオ君に後押しされた事で初めて行動に移すことが出来た」

「え、えぇ。大和さん本人もまともな学校生活をおくりたいとは言ってました。でも不思議なのは、何故あの恰好を辞めたがらなかったのか・・・」

「それはね、私がいなくならない為なんだ」

「?」

 大和さんがヤンキーをやめるとマヤさんが消えるということか、なんだそれは。

「私とあの子は同一人物でありながら正反対の結末を求めた二人の金雀枝大和。別ルート、パラレルワールド、過去の自分、もしかしたら精神的隠れ蓑や身代わりかもしれない。とにかくあの子の精神にとって私の役割はそんな感じなの。だけど、もし主人格であるあの子が私に近付いてしまったらどうなると思う?」

「近づくというのは、許婚や家業の拘束を受け入れて再びお嬢様としての大和さんになるということですよね。うーん、見分けがつきにくくなるくらいしか思いつきません」

「多分、私が必要ではなくなるの」


 マヤさんは再び、先ほどの一年前の写真を見せてくれた。

「この写真はあの子が私に切り替わるときのスイッチ。この写真を見て従順だった昔の自分を思い出すことで私を表面に呼び出すことが出来るの。あの子の中での私のイメージでもあるのでしょうね」

「マヤさんは、大人しかった頃の大和さんそのものというわけですか」

「私とあの子の姿や考えが近づいて、いつか境界線が消えてしまったとする」

 ぱたり、と閉じられた生徒手帳。表になった藍色の表紙の中には、生徒手帳に印刷された大和さんと写真としてはさまれたマヤさんが閉じ込められている。

「その時、私はいらない子になって―――きっと、消えてしまう」


 好きな人がいなくなる話をしているのに、僕は冷静にも「あぁ、なるほど」って思ってしまった。大和さんがわざと派手な格好をしているのも、優しさや常識を隠すためにヤンキーという仮面をかぶっているみたいに見えたのも、全部マヤさんを失いたくないからなのか。

 小さな子供にはイマジナリーフレンドという空想上の友人がいて、それは心が成長するにつれて見えなくなると聞いたことがある。大和さんにとってのマヤさんもそれに近いもので、きっと罪悪感や後悔に苛まれた自分の過去を受け入れたり上書きする手助けをしてくれて、さらに自分を理解して見守ってくれている大切なもう一人の自分なんだ。

 主張の強い赤髪も、どこで買っているのかわからないスカジャンも、まだ肌寒い日もあるのに素足なのも、少し古いステレオタイプな黒マスクも、うちの高校にしてはやけに短く折られたスカートも、全部『大和さん』と『マヤさん』を分断するために大和さんが続けていた事ということだろう。

 最初は反骨精神を現す為だけにやっていたヤンキー姿が、いつの間にかマヤさんを繋ぎとめられる目に見える手段になっていたのか。


「私の為に社会から外れようとするあの子は、もう見ていたくないの。あの子だって心の底では元通りの生活を求めている、みんなに怯えられて傷ついている。だから私はいつかあの子の元から去らないといけない・・・でも、もしあの子が再び耐えられなくなったらと思うと、それはそれで心配なんだ」

 二重人格になったのは大和さんの意思ではなく心の暴走だ。もしマヤさんが消えてもう一度同じような辛い思いをしたときに再びマヤさんが現れるとは限らない。


「だからその時のために、あの子の事、そして私がいたことをちゃんと解ってくれている人が傍にいてくれたらいいなって思ったの」

「まさか、それで恋人?」

「えぇ。お付き合いしている人がいるとなればお父様もそう簡単には許婚なんて言い出せないでしょう。一度失敗してあの子を怒らせているんだもの、次にグレたら姿を消してしまうと思ってお付き合いを認めてくれると思うの」

 それはそうかもしれないけど、金雀枝自動車の未来が凄く不穏だな。

「何よりキミはあの子の危機を一度救っているし・・・適任だと思ったの」

「危機?」

 クラスに馴染めるように一芝居うったことだろうか、危機という程だったのかな。


「・・・まぁ、本当は私じゃなくてあの子だったって事にまだ気付けていないのはちょっとザンネンだけど」

 ぼそり、とわざと僕に聞こえないような声で何かを囁いた。

「ね、改めてお願いしたい」

 色々と反論と質問をしたいのに、可愛い声でお願いするマヤさんの細い指先がいつのまにか僕の手に重ねられていて、僕の思考はオーバーヒートしてしまう。


「あの子の―――いや、私達の恋人になってくれない? 私にとってキミは特別なの、この世界で唯一あの子を任せたいって思えるくらいに。それに、私の中で既にナオ君に惹かれているのを感じる。これはつまり、今のあの子は既にキミのことが・・・」


 言いかけたところで辞めて、急にマヤさんはぎゅっと目をつぶってしまう。

「えっ、え、あの、えっ」

 僕の手に手を乗せたまま、目をつぶって、これは、まさか、キス待ち?

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