第19話 マヤさんの事情2


「それで、この写真の事だけど」

 改めて写真に写る黒髪の美少女を見る。注意してみれば目元のキリリと凛々しい感じが大和さんだ。

「黒髪すっぴんの大和さん・・・凄く綺麗ですね。あっ、今ももちろんお綺麗ですけど」

「あはは、ナオ君はどっちが好み?」

 断然黒髪。こちらは清楚でいかにもお嬢様らしい気品がある。もし大和さんじゃなくてマヤさんの方が主人格だったらこの見た目になっていたのかな、なんて妄想してしまうけれど、そんなことを言ったら僕なんかが偉そうにと思われるだろう。

「黒髪の大和さんは綺麗ですけど、今の大和さんはかっこいいのでどちらも素敵だと思います」

 無難な回答に逃げておく。

「ありがと。でね、この写真は二年生になったばかりの頃の金雀枝大和の写真なの」

「一年前?」

 そのころはまだヤンキー化していなかったのか。

「意外と最近なんですね。どうして大和さんはその・・・今の見た目に?」

 もしかして去年の暴力沙汰に関係ある事なのかな。


「実は金雀枝大和は、一年前はちゃんとしたお嬢様だったの」

「この写真の見た目通りのってことですね」

「そう、そして二重人格でも無かった。私が生まれたのは去年の夏、お父様があの子に卒業後の進路の話をしたことがきっかけ」

「進路ですか?」

「といっても何処の大学に行くかでもめたわけじゃない、お父様は突然許婚を決めたなんて言い出したの」

「いっ、許婚ですか!」

 同族経営の大企業の一人娘だ、結婚相手もそれなりのハイスペックでないといけないのだろうけれど、このご時世に許婚なんて文化が存在していたのか。お嬢様ってすごい。

「あの子はそれまで金雀枝家の跡取りの名に恥じない努力をしてきた。でも、まだ高校二年生の娘が許婚なんて簡単に受け入れられるわけがない。卒業したらこの人と結婚してゆくゆくは二人で金雀枝自動車を継いでくれ、なんて言われてあの子は酷く混乱した」

「もしかしてその結果グレてしまったと?」

「結構単純でしょ?」

 それまで真面目に生きてきた分の反動もあったのだろうな。それだけ大和さんにとって許婚の話は許せない事だったのか。


「お父様に許婚の話を切り出された翌日、あの子は糸が切れたみたいに教室で暴れ出した。当然親は呼び出されたけどそのまま逃亡して翌朝帰って来た時には髪は真っ赤だし服装はギラギラと派手になっていて・・・気が狂ったのかと思われていたわね」

「凄くファンキーな事するんですね・・・」

 そりゃ元同じクラスの人が大和さんに怯えるのも仕方ない。昨日までお嬢様だったクラスメイトが突然ヤンキー化するのは相当怖かっただろうな。

「でもそれは全部、あの子なりの不器用過ぎる意思表示だったの。学校で問題を起こして停学にでもなれば、派手な見た目で傷物にでもなってしまえば、もう誰も金雀枝自動車の跡取りにしたいとも思わないし政略結婚の種にもされないだろうって」

 真面目な人が怒ると怖いというけど、二年の時の大和さんはまさにその状態だったんだな。

「思惑通り金雀枝大和は親に見捨てられた。といっても学校には通えるし、こうやって送迎は出させるし、人並み以上の生活は出来ている。ただ、今まで頭が痛くなる程に言っていた「ゆくゆくはわが社を・・・」っていう将来のお話を一切しなくなった。学校の事も一切無関心、事業の話もしなくなった。食事も別々だしたまの休みに会話だってナシ」

「一緒に住んでいる親子なのに、それは淋しいですね」

「あの子もそう思ったのでしょうね、自分のしたことが思い通りに行ったはずなのにいつも浮かない顔をしていたわ。見た目はいくら不良に寄せても、心まで悪になり切れなかったのかずっと独りで胸を痛めていた。やった事を後悔して、でも一度呆れられたのだからこのまま突き進む以外ないと思い込んで、自分でも訳が分からず迷走していたみたい」


 なんとなく知っていたけど、大和さんって滅茶苦茶に不器用な人だよなぁ。

「そこで誕生したのが私。お嬢様だった頃の金雀枝大和」

「えっ」

 ちょっと待って、二重人格って自分とは別の存在が自分の中にいるみたいな事じゃないのか。マヤさんの性格はヤンキー化前の金雀枝大和ってこと?

「正確にはお父様に反発しないで全てを受け入れた金雀枝大和が私。これはあくまで憶測でしかないのだけれど、自分が好き勝手した事による後悔とか申し訳なさが『もしもこうじゃなければ』っていう架空の金雀枝大和を作り出したんじゃないかなと私は思ってるの」

 ということは、ヤンキー化しなかった大和さん?

「なんだかパラレルワールドみたいですね」

「意外とそれに近いかも。この世界にいるのはあの子で、私は金雀枝大和が真面目で居続けた世界の私。そうイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれないね」


 いつの間にか見知らぬ景色の中が映る窓を見ながら、僕は別世界のマヤさんを妄想してみた。大企業の一人娘として育てられ、親に決められた許婚と結婚し、ひたすら真面目に周囲の期待に応えている完成品のお嬢様。

 それは多分、大和さんとは別の辛さがあって、どちらの選択が良いなんてものはないのかもしれない。もしかしたらマヤさんとしての人生という選択を取ったとしても、親に反発しなかった事を後悔して大和さんの人格が生まれていたかもしれない。

 それくらいに、金雀枝大和の人生はままならない。


「マヤさんが現れて、ご両親はなんと言ってるんですか?」

「んー。反省してるよ。あの子の気が狂ったと思っているからね・・・と言っても、私達がおかしくなっちゃっているのは確かだから。二重人格なんて、普通じゃないし」

「普通ではないかもしれませんが、別におかしいことじゃないです。大きな決断に悔やんで、もしも別の方を選んでいたら・・・なんて、誰だって考える事です。その問題と悩みが特別大きかっただけです」

「あはは、ナオ君はいつも私達のこと肯定的してくれるよね。もしかして惚れてくれていたりする?」

「へっ!?」

 な、なんだ急に。これは冗談のやつか?


「―――もしそうだとしたら、それは私に、かな、あの子にかな」


 マヤさんです。と、昨日の僕なら勢いに任せて即答していたかもしれない。

 けれどその告白が二人に嫌な思いをさせてしまう事は僕にだって理解できる。それに、僕が好きなのは本当にマヤさんただ一人なのだろうか、という疑問だってある。

 大和さんもマヤさんも、元は一人の金雀枝大和という女の子であり、二人は一見正反対の性格に見えるけど根本的にはきっと同じ人間なんだ。二重人格の副人格だけが好きだなんて、そんなことあり得るのかな。


 それに今ならわかる。あの入試の日に僕を励ましてくれたのがマヤさんだとしても、大和さんだって同じことを考えてくれていた。二人の意見は曖昧に擦り合わさって一人の金雀枝大和を生成している。もしかしたら僕に声をかけるためにわざわざマヤさんに代わってくれたのかも、なんて想像すらしている。まぁ、大和さん達に問いただしても正直に答えてくれる気はしないから謎のままだけど。


「・・・そんなに黙り込むってことは、真剣に考えてくれているのかな?」

 下から覗き込むような上目遣いは背の高い彼女には少し違和感がある。彼女の赤茶色を帯びた瞳に真剣な表情で汗をかく僕が映っていた。

「えっ、あ、その」

 やっぱり僕はマヤさんの大人しそうに見えて飄々と僕をからかってくる所が好きだ。けれど、大和さんの不愛想に見えて相手の事を優先してしまう不器用な部分にも惹かれる。


「ねぇ。最初に会った時に頼んだこと覚えてるかな」

「忘れられるわけないじゃないですか」

 金雀枝大和を更生させたい。それは一歩前進したし、僕に出来ることはもうあまりない。あとは大和さんが自分自身や家、学校とどう向き合っていくのかの問題だ。

 そしてもう一つは、金雀枝大和の恋人になる事。

「どうしてキミに恋人になって欲しいとお願いしたか、わかった?」

「いえ、正直未だに見当もつきません」


「それはね、いつか私が消えてしまう時の為にあの子の傍にいて欲しかったからなの」

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