第18話 マヤさんの事情1
「きりーつ、きょーつけ、れー」
日直のやる気のない号令を合図にSHRが終わり、一年五組のみんなは統率から解放されてそれぞれ友人の元に自然と集まっていく。当然僕の元にやって来てくれる人なんていないと普段なら言うところだけど、教室の外から遠慮気に此方を除く赤髪が少し前から気になっていた。
派手な見た目のせいで微塵も隠密出来ていない大和さんの方を見ると嬉しそうに手招きをしている。当然クラスの他の人達も悪目立ちした上級生が気になるようで遠巻きに僕等の様子をうかがっている。
「どうしたんですか、大和さん」
「あ、えっと、この後用事とか無い、か?」
一年五組における僕の印象は物静かなコミュ障。そしてぼっち。三年生の先輩同様にパシリ問題を心配してくれている人もいたのだろうけれど、僕達が自然に会話を始めたので周囲のざわめきは別の色に変わる。
「特に無いですよ。一緒に帰ります?」
クラスでは冴えない僕が学校一のヤンキーを誘っている姿なんて信じられないだろうけれど、この視線は先程の昼休みでのいざこざでなれたものだ。
「ちょっと一緒に来て欲しい所があるんだけど。いい?」
「もちろんです、行きましょうか」
それにしてもわざわざ僕のクラスに呼びに来るなんて、何の用事だろう。
「裏門に車停めてあるから、そっちから出よう」
車ってまさか、送迎車?
忘れていたけど大和さんは金雀枝自動車の社長令嬢だった。通学に送り迎えが付くほどのお嬢様なのか。
「ところで・・・」
校舎を出てから裏門の方面へと向かう。最寄り駅に近い正門と違って裏門は学校近くに住んでいる生徒か、自転車通学の生徒が利用するだけなので基本的に人は少ない。周囲に人がいないことを確認してから僕はちょっとした賭けに出てみる。
「マヤさん、ですよね?」
喋り方のぎこちなさ。あと歩き方がやけに丁寧で気になった。それに、まだSHRが終わっていない僕の教室をおずおずと隠れながら覗き込む姿が大和さんらしくない。
「よ、よくわかったね」
どうやら賭けには勝ったみたいだ。
「なんとなくそんな気がしたので」
しかし疑問だ、学校ではマヤさんが出てくることは基本的に無いと聞いている。
「ナオ君は鋭いんだね。どうしても直接お礼が言いたかったの」
「お礼?」
「うん、お昼休みの事。あの子がクラスにいられるようにしてくれてありがとう。まさかこんな直ぐに解決してくれるなんて思ってなかったから驚いちゃった」
「荒療治というか、かなり目立つやり方になってしまいましたけど、上手くいきそうなら良かったです」
マヤさんの時の金雀枝大和さんは何となく表情が朗らかで、笑顔が可愛い。黒マスクを取っている事もあり顔が良く見えてなんだかドキドキする。
「本当にありがとうね。私、ナオ君にお願いして良かった」
思った以上に喜んでもらえていて浮かれてしまうな。やっぱりマヤさんにとって大和さんが学校に馴染むことはかなり重要な事なのだろう。
「それでね、ナオ君には私達のことを話そうと思って」
「マヤさん達のこと?」
「うん。別に大した秘密ではないのだけれど、貴方に知っていて欲しくて」
「僕なんかに話して良いなら・・・」
と、言ったところで裏門の脇に止められた黒塗りの高級車が目に入る。
「えっ!?」
期待を裏切らないお嬢様装備が堂々と待ち構えており、僕等が車に近付くと運転席から初老の男性が出てきた。
「お疲れ様です、お嬢様」
ピッシリと無駄な皺ひとつない高級感漂う黒スーツに白い手袋。もしやこれは漫画でよく見るセバスチャンではないだろうか。
「五十嵐、遅くなってごめんなさいね。この方も一緒に乗るから」
「お嬢様のご学友ですか。どうぞこちらへ」
セバスチャンでは無いみたいだし多分執事じゃなくて運転手だった。
「お、おじゃまします」
広々とした車内を僕とマヤさんが場所を持て余し贅沢な空間。腰掛けているソファーだってなんだか高そうな皮でできている。
「誰にも聞かれない所で話がしたいの。暫く適当に走らせておいて」
「かしこまりました」
静かなエンジン音と共に車が走り出す。乗り心地は既に快適だ。
「黒塗りの窓って外の景色見えるんだ・・・」
なんて馬鹿な事を言いながらそわそわしていると、マヤさんは僕の肩をトントンとつつく。
「ナオ君。こっち向いて」
「は、はいっ」
急に可愛い事をされるものだから声が裏返った、恥ずかしい。
「これ見て」
そう言ってマヤさんが取り出したのは生徒手帳。そこには一枚の小さな写真が入っていた。
「わぁ・・・凄く綺麗な方、ですね」
写真には長い黒髪が綺麗な美しい女の子が写っている。年齢は僕達と同じくらいだろうか。
生徒手帳自体は金雀枝大和と書かれており、大和さんのド派手な写真が印刷されているがこっちの写真の美少女は誰だろう。
「ふふっ、ありがと」
え、その反応はまさか。
「もしかしてこれ、マヤさ・・・大和さんですか」
運転席に座る五十嵐さんの存在を思い出し、慌てて軌道修正をする。
「大丈夫。五十嵐を含めた家の者は金雀枝大和の二重人格を知っているから」
「あれ? この前バラしたのは僕が初めてだって」
「自分からバラしたのはね。最初に私が生まれた時はまだ制御ができなかったものだからその時に知られているの。といっても癇癪とか精神病という扱いでね。それに、私を一人の女の子として扱ってくれているのはナオ君だけだよ」
そっか。僕は大和さんとナオさんほぼ同時に出会ったけれどご両親からしたら突然娘の性格が変わって見えたのか。そりゃ心配だろうな。
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