第17話 僕にできること


「いや、被害者はいないけど・・・そいつは突然教室で暴れ出したんだ。机とか蹴とばして、クラスメイトに怪我はなかったとかで大した罰を受けなかったが、あれは絶対親の力だ。俺は二年の時それと同じクラスだったからしっかりと見た。金雀枝大和は気に入らない事があれば暴力に訴えるとんでもない奴だ」

「今の大和さんはそんなこと出来ない。万が一何かしようとしたなら、僕が絶対に止めます」

 と、僕が自信満々に言い放った所で今まで静観していた先輩方の様子が徐々に揺らいできているのがわかる。


「あの一年、赤鬼のパシリかと思ったけどやたら偉そうだな」

「変だぞ、赤鬼の方もなんだか素直に頷いてる。聞いた話だとちょっと気に入らないと直ぐ手が出る乱暴者だって話なのに」

「なんであんなに大人しいんだ、凄い弱みを握られているとか?」

「もしかして彼氏だったりして。だから言う事聞くのかも」

「ってことはあの男の子が見張ってれば赤鬼はうちらに何もしてこないってこと?」

「嘘だろ。だってあんな小さくて女みたいな顔の奴が彼氏だなんて・・・」


 思った通り、見るからにひ弱そうな僕に従う大和さんを不審に思っている。彼氏だと勘違いされているのはちょっと想定外だけど、この流れならうまくやれそうだ。

「このクラスに大和さんがいることに反対している方は誰なんですか」

 ぐるり、と教室をゆっくり見渡して全員の顔を見る。先輩方はお互いの顔を見合わせたり他の人の様子を探ったり、つまりは空気を読もうとしている。

 やっぱりそうだ。クラス全員が大和さんを追い出そうとしているなんて最初からおかしな話だと思った。

 もちろん本気でそう思っている人もいるだろうけれど、多くは声の大きな一部の人間に乗せられて同調しているだけでどうでも良いと思っている傍観者。この様子では大和さんの暴力事件も大きな問題じゃないのに、誰かの意見に流されてまるで大和さんが排除すべき悪者のような印象をつけられていただけ。


「怖がらなくていいです、正直に教えてください」

 改めてそう尋ねると、既に僕の前に立っていた数人と、彼らと同じグループの男子生徒だけが立ち上がった。中には自販機の前で会ったあの二人もいる。

「怖がらなくていい? そんなこと言っても怖いもんは怖いんだよ。後で報復されるかもしれないっていうのに手を挙げる奴なんていないだろ」

「キミ、さっき自販機のところで話した一年だよね。赤鬼にいじめられてるんじゃないの? もしかして、これも全部言わされてる?」

 この期に及んでまだそんなことを言ってくるのか。

「いじめられている、というのは先輩が勝手に勘違いしただけです。僕は一言もそんな話していません。大体、大和さんが誰かをいじめたりパシリにしているという証拠でもあるんですか?」

 ここで僕が言い負かされてしまったら、大和さんはよりいっそうこのクラスに戻り辛くなってしまう。


 気合いを入れろ、頭を動かせ僕。今だけでいいから男らしい僕になってくれ。


「いじめというのなら、貴方たちが大和さんにしていることは違うんですか?」

「は? 何言ってるんだよ一年。調子に乗るなよ」

「受講の意思がある一人の女子生徒を寄ってたかって排除し、クラスに居場所がないと面と向かって言うのはいじめじゃないんですか」

「だってそいつは不良だから・・・」

「髪が赤いのも態度が悪いのも、注意するのは教師の仕事だ。貴方達が自分勝手にクラスから追い出していい理由にはならない!」

 ぎゅっ、と拳に力を籠める。気が付くと大和さんは僕の制服の裾を摘まんでいた。


「貴方達からしたら勇者気取りで悪者を排除したと思っているんでしょうけど、やってることはただのいじめだ。より受験に影響するのは一体どっちですかね!!」


「・・・っ!」

 力いっぱい、勇気を込めて放った僕の理論は感情的だし穴だらけだ。でも、大和さんと深くかかわりたくないと思って軽い気持ちで彼女を仲間外れにしていた人達が相手なら十分に引く理由になる。相手が不良生徒とはいえ、いじめの主犯格になるというリスクは大和さんが授業に出る根拠のない恐怖というリスクを大きく上回る。


「お願いします。僕が絶対に問題を起こさせないと誓います。大和さんをクラスの一員として認めてください!」

 先輩たちに向けて僕が頭を下げる。

 僕の姿を見た大和さんも立ち上がり、少しオロオロしながら一緒に頭を下げた。

「あ、あたしも、もう一度真面目に授業受けたいんだ。邪魔になるような事は絶対しねぇって約束する」

 無防備に晒された赤髪を前に、先輩は見なくてもわかるほどに困惑している。


「赤鬼が頭を下げたぞ」

「もしかして本気で言ってるのか?」

「あの一年が赤鬼を改心させたってこと?」

「ていうかいじめって、そんな話になるなんて俺聞いてない。推薦入試狙ってるのにそういうのは困るんだけど」

「いや、お前だって賛成して・・・」

「最初に言い出したの誰だよ。俺は別にいじめとかしてないから」

 勇気ある被害者だと思っていたところを急に加害者代表として矢面に立たされたことで、彼らの頭には無関係でありたいという思考が芽生えるだろう。

「俺は別に、大人しくするなら居てもいいと思うけど」

「は? 俺だって別にみんなが言うから流されていただけだし」

 いち早く抜けることで首謀者の名に上がらないようにする。そうやって一人、また一人と自称正義の味方達が降りていく。

「いじめてるつもりとか無かったから」

「そうそう。静かにしていてくれるなら最初からそう言ってくれればさ」

「別に真面目に授業受けてくれるなら嫌な理由も無いし」


 そしてたどり着く結論。

「・・・許してくれるんですね?」

 ここで顔を上げて、しっかりと目の前にいた先輩の目を見る。


「ゆ、許すっていうか。俺は最初から何もしないなら居てもいいと思ってたから」

「ありがとうございます!」

 ちょっとだけ大袈裟に喜ぶ僕に、遠巻きに見ていた生徒たちも同調する。ここで反対するほどに大和さんを嫌っている人間なんて最初からいないんだ。

 これはいじめと同じ、ただ目立つからと理由もなく始まってイメージだけで悪に仕立て上げられていただけ。冷静に無害だと説得すればもう誰も大和さんに手出しは出来ない。


「ほら、大和さん。皆さん許してくれるって」

 あえて「許す」という言葉を使うのはもちろん牽制の為だ。本来授業を受ける権利は全ての生徒にあるし、他の生徒が授業に出る事を阻止するなんてそれこそ許される事ではない。だからこそ、一生徒の分際でその権利を奪おうとする行為がいかに外道で自分勝手な事だと理解させるためだ。

「・・・ありがとう」

 不愛想に俯きながら、ほぼ睨んでいるような状態だったけれど大和さんはぼそりとお礼を言った。

 もう誰もそれを茶化したり無駄に怯える事は無い。出る杭でいないことが大事だと学んでしまったのだから。


「先輩」

 もうそろそろ昼休みは終わるし、僕はまだ昼飯を食べていないのでお暇する必要があるけれど最後に二人に向き直る。最初に自販機の所で話した先輩達だ。

「僕の事心配してくれたのに、こんな奇襲みたいなことしてごめんなさい。それでは失礼しました」

 あらためて頭を下げて、もう僕の役目はおしまい。あとは大和さんの努力次第だけど、彼女ならきっと大丈夫だ。最初はギクシャクするだろうけど、大和さんに更生の意思がある限り、ゆっくりだけどあの教室は正しい形に戻っていくだろう。


 初めて出会った時から脅してきたり威圧することはあっても、暴力を振るわなかった。それに、足で踏み消されたタバコには吸った跡もなかった。最初に此方を振り向いた時、マスクをつけたままだったし。


「大和さんは多分・・・似非ヤンキーってやつだ」

 そうじゃなきゃ、マヤさんみたいな二重人格が生まれたりしないだろう。

 どんな理由で大和さんが今の金雀枝大和になっているのかはまだ教えてもらえていないけれど、僕にとって十分に信頼したいと思える人。



「・・・それにしても、緊張したぁ」

 三年生の教室から離れて誰もいない階段の踊り場にたどり着いたところで、僕は全身の力が抜けてその場にへたり込んでしまったのだから情けない。

 この姿をマヤさんに見られなくて良かったと思う。せっかく上がったであろう株が元通りに暴落してしまうから。



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