第22話 僕の告白
赤鬼と呼ばれ全校生徒から恐れられているその人の告白は、真っ赤な頬をそっけない文面で照れ隠しをしている、普通の女の子みたいに純粋なものだった。微かに震える唇や、いつもと違って気弱に見える赤茶の瞳、それでもしっかりと僕の目を見て気持ちを伝えたいという意思がしっかりと伝わって来る。
「その。恋愛とかってよくわかんねぇんだけどさ。今まで経験無いし、ていうか他の奴に興味なかったし。だけどナオは違うって言うか、なんだろ、まだ会って間もないけどさ。かっこいい所も可愛い所も、全部いいなぁって思っちまうんだよ。あたしさ、多分滅茶苦茶ナオのこと好きなんだよな」
あぁ、この人はお嬢様でもヤンキーの赤鬼でも、マヤさんでもない。金雀枝大和という笑える程に不器用な女の子だ。そう思ってしまう。
「僕も、多分大和さんのこと好きです」
対称に、僕は自分でも驚くほど冷静で坦々とした言葉を紡いだ。
自然と出た言葉に、僕は今まで疑問だった僕自身の恋心の答えが出た気がした。
「でも、マヤさんのことも好きなんです」
過去のトラウマに囚われて自意識過剰になっていた僕の背中を押し、そして僕の世界を無理やりこじ開けるきっかけを作ってくれた二人の事が、僕は好きだ。確かに最初はマヤさんに惹かれていると思っていたけれど、二人は同じ人間で、僕が好きなのはどちらかではなくどちらもなんだとわかった。マヤさんの中にある不器用さ、大和さんの中にある優しさ、二人が存在するからこそ二人に惹かれてしまうんだ。主人格とか、副人格とか関係なく、どっちの金雀枝大和にも惹かれている自分がいることが、はっきりとわかる。
僕の言葉を聞き洩らさないように静かに頷く大和さん。こんなに近い距離なのに今は恐怖何て少しもなくて、ただ別の意味で心臓が暴れ出しそうになっているのを感じる。家族の事、学校の事や将来の事、そしてお互いの事に悩んで、がむしゃらで不安定な二人だからこそ、閉じこもっていた僕の心を動かしてくれた。
「これ、浮気になりますかね?」
「・・・はぁ?」
大和さん達を見ていると、僕は自分の周りに無意識に作り出していた壁を壊したくなった。傷つく二人を見て、自分が今まで傷つけたであろうかつての友人達の痛みに気付く事ができた。自分視点でしか見えないぐちゃぐちゃに腐った色眼鏡で見ていた敵だらけの僕の世界を、二人は壊してくれた。
「二股になっちゃうかなって、思うんですけど。どう思います?」
僕の嘘偽りない言葉に、大和さんは緊張した面持ちを崩して柔らかく口角を上げた。
「あはははっ、そーかもな」
バシッ、と肩を強く平手で叩かれる。ご機嫌にケラケラ笑いだす大和さんは、僕が二股をかけようとしているのに酷く幸せそうだ。
「ま、いーんじゃね。あいつもあたしも、ナオの事好きなんだからさ」
「いいんですか? 二股は良くないですよ」
「どっちもあたしだし・・・それに、三角関係ってやつだろ。恋愛ではよくあることだってあたし聞いたぜ?」
そりゃ三角関係なんてありふれているかもしれないけど、相手が二重人格で公認されてしまうと僕としても倫理観がよくわからない。大和さんに惹かれる自分に気付いてからこの気持ちは二人に失礼なのかもしれないと思っていたけど、こんなにも簡単に受け入れられてしまうとどうしたらいいのか。
「じゃ、じゃあさ。その。『金雀枝大和』の、恋人になってくれるか?」
大和さんだけでも、マヤさんだけでもなく、二人の合わさった一人の存在。
僕は、大和さんの手にそっと触れて、精一杯男らしく返事した。
「もちろんです。僕と付き合ってください。大和さん、マヤさん」
「ありゃ、二人分告白されちったな」
「えっと、これ。マヤさんも聞いてるんですよね・・・?」
「当然。脳内モニターで見えてるみたいな感じであたしが見ているモノ聞いているコト全部筒抜けだ」
「なんだかすごくやりにくいなぁ」
公認二股。しかもプライバシーゼロ。うっかり悪口でも言った日には全部相手にバレてしまうなんて、大変だ。
「学校では流石に無理だけど、デートは交代制にしような」
「そんなシフト組むみたいな・・・」
「あいつの方が大人しくて可愛いからってあいつにばかり優しくするなよ?」
僕からしたら大和さんも充分可愛いんだけどな。特に自分で言って照れている所とか。
「あと・・・」
「はい?」
何かを言おうとして、口をつぐんだまま周囲を警戒するように見回している。
「どうしたんですか?」
「ちなみに、感覚は共有されない」
「はぁ。身体が無いのですから痛覚とかは表に出ている方のモノってことですね」
どうしていきなりそんな話を?
「・・・でも、一応。一応な。この身体はあたしに所有権があるんだよ」
「はい。まぁ、主人格ですし、それはマヤさんもわかっているんじゃないですか?」
僕に二重人格のシステムについて説明をしてくれるのはありがたいけれど、どうもさっきまでの甘くてくすぐったい空気からの脈略が見えない。
「あー、それでな。なんていうか」
「どうしたんですか、大和さん?」
もじもじと落ち着きない様子で僕の顔を見たり眼を反らしたり、何か言いたいようだけどまだ話辛いことがあるのかな。
「あの、無理ならまた今度で・・・」
「こ、今度じゃダメっ!」
「えっ」
「今度じゃ、その、マヤにとられるかもしれないし」
「とられる? 何をですか?」
僕という彼氏は二人で共有することになった筈では。
「ナオ。あたしのこと、好きか?」
「好っ!? は、はい。僕は大和さんの事もマヤさんの事も好きです・・・」
「よし。じゃあ・・・歯ぁ食いしばれ」
「へっ!?」
怒ってるのか緊張してるのか、出会った時のような猛禽類並みの鋭い眼光が突然僕の身体をかたまらせる。
なんで、どういうこと。
「行くぞ!」
「はいっ!???」
何が飛んでくるのかわからずギュッと目をつぶる。
「んぐっ!??????」
すると、拳や頭突きの代わりに僕の唇にふにっ、という柔らかで少し冷たい感触。
「・・・・・・・・・」
「やまっ」
「うわぁ! 急に口開けるな馬鹿! それはまだ早いだろ!!」
がばっと勢いよく僕から離れた大和さんは、夕日にも髪の色にも負けないくらいにぐでんぐでんのゆでだこのように赤くなっていた。
大和さんの反応、さっきの感触。もしかして。
「あっ、えっ?」
自分の唇に指先を当ててみる。さっきと違う硬くて突っ張ったような感触だ。
「一応僕、ファーストキスだったんですけど・・・」
こんな男らしくリードされて奪われてしまった。な、情けない。
「馬鹿、あたしもだよ! だからマヤに取られたくなかったんだ!!」
もはや逆ギレに近い怒声だけど、これはどう見ても照れ隠しだ。
「あのな、あたしもマヤも大事にして欲しいけど・・・こーいうのは、あたしが先じゃないと嫌だからな!」
「は、はい・・・ありがとうございます」
何故だかお礼を言ってしまった。
「こーいうの・・・って」
恋人、ファーストキス。の次に来る初めてと言えば・・・。
「おい、何赤くなってんだ。変な事考えたな!? 考えただろ!」
「うぇあ? い、いや。別に何も考えてませんよ」
付き合って初日にこの話はちょっと刺激が強すぎます。
「言っておくけど恋人になったからって簡単にあたし達の全部を支配できると思うなよ!」
「お、思っていませんよそんなこと・・・」
結局この後、マヤさんにも改めて告白されてしまい「二番目で甘んじるつもりはないけどね」なんてドキドキする宣戦布告(?)を受けた。それでも素直に大和さんの変化を喜んでくれている辺り、なんだか姉妹みたいな関係だなと思う。それを口にしたら「身体が一つしかないから姉妹丼が出来なくて残念ね」なんてからかうのだから、マヤさんはただ大人しいだけのお嬢様じゃないと改めて思い知る。
マヤさんを見ていると大和さんよりその辺の知識が豊富そうな気がするのは、どういうことなのだろうか。
そんなわけで、個性的な二人の彼女によって凪みたいに静かで殺風景だった僕の学生生活は一瞬にしてジェットコースターに早変わりしてしまった。
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