第14話 独りぼっちの昼休み


「ついに、来てしまった」

 ざわめきだす教室の中央後ろから二列目の席で、僕は小さくそう呟いた。


「昼休み・・・どうしよう」

 昨日涼羽を怒らせてしまってから、何度か僕の方から連絡をしているのだけれど一向に反応は無い。既読はついているのでブロックされているわけじゃないのは幸いだが、少なくとも今日一緒にお昼を食べることは出来ない。

 そして今、僕は高校入学して初のぼっち飯の危機にさらされていた。

 唯一声をかけられるクラスメイトの本田君は既に教室の前のあたりで六人ほどのグループになって机を向かい合わせている。しかもうち二人は女子だ。流石にあそこに入っていく度胸は無い。


「しまった、せめて前の休み時間に声をかけておくべきだった」

 涼羽に頼っていては成長できないと昨日改めて確認できたにも関わらず、僕は未だにこの平和な教室で足踏みをしていた。駄目だ、いきなりお昼一緒に食べようはハードルが高い。せめて移動教室の時に軽く会話をしてその流れで頼むべきだ。

 僕は愚かにも何も行動しなかった午前中の自分を恨みながら、財布だけ持って一先ず購買へと足を運ぶ。涼羽の事が気になって夜なかなか寝付けず、今日は弁当を作る余裕がなかったのだ。



 一年生の教室は購買から遠い事もあり、僕が到着した頃には人気商品は大抵売り切れていた。適当なパンを二つ買って直ぐ傍の自販機に並んでいると、目の前の上級生が耳慣れた単語を口にした。

「昨日はマジでびびったよな。赤鬼が急に来るんだから」

 赤鬼。節分の話をしているわけでないならそう呼ばれるのは大和さんしかいない。悪いと思いつつも僕は視線だけ外にずらし、聞き耳を立てた。


「突然授業受けだして何事かと思ったわ。俺隣の席だから気が気じゃなかったんだけど」

「はははっ、あん時のお前の顔マジ笑ったわ」

「笑いごとじゃねぇよ! あんなのが隣にいたら全然集中出来ないって」

 授業?

 もしかして大和さん、昨日あの後教室に行ったのか。

「まぁ、改めて注意したしもう来ないだろ。昨日の六限だってどっか消えたし」

「はー、本当勘弁してほしいよ」

「俺が鬼退治してやったんだから、感謝しろよー」

「おうおう、桃太郎って呼んでやるわ」

「馬鹿にしてんだろ、おい!」

 なんだか嫌な予感がして、僕は手に持った焼きそばパンに無意識に力を込めた。

「しかし赤鬼の気まぐれにも困るよな。うちのクラスにいられると迷惑だって、今度こそ理解してくれてるといいんだけどな。三年になって急に気まぐれで現れるとか簡便してほしいわ、ほんと」

 な、なんだそれ。


「あ、あの!」

 咄嗟に声が出た。既に手の中のパンはぎゅっと潰されていたけど、それに気遣う余裕もない。

「ん? なんだ、一年生か。知り合い?」

「いや、知らないけど」

 目の前に立つのは三年生の男子生徒二人。多分大和さんのクラスメイトだ。

「・・・今言っていた赤鬼って、金雀枝先輩の事ですよね」

 先輩方は聞き耳を立てられた事に怪訝な顔をするが、直ぐに僕の立場を察したのかへらへらとした笑顔になる。

「そうそう、金雀枝大和。もしかしてキミ、赤鬼にいじめられた?」

「カツアゲとか、暴力とか、なんか酷い事されたんでしょ」

 僕を赤鬼の被害者だと誤解したのか、鬼の首を取ろうと急に僕にすり寄って来る。

「実は俺達も困ってるんだよね、赤鬼がクラスに居て」

「去年一度暴力沙汰を起こしたんだけど、ちょっと謹慎するだけで直ぐに戻ってきちゃったんだよ。やっぱ家が金持ちだからそういうの優遇されてんのかな。今でも威圧感振りかざして俺達のこと脅してて、クラス全員迷惑してるんだよなぁ」


 暴力沙汰?

 大和さんもマヤさんも、そんなこと僕には教えてくれなかった。でも、少なくとも今の大和さんは真面目に授業を受ける気がある。更生する気があるんだ。

「もし赤鬼に何か酷い事されたんだったら、俺達に相談してよ。今度は学年全員で署名でもするからさ、金雀枝大和を退学にしろ。親が金持ちだからって贔屓するなって」

「さすがに下級生いじめてる事実がバレたら、他の親達も黙ってないだろうしなぁ?」

 三年生から見たらより一層か弱く見える一年生の僕を都合のいい被害者だと思っているのだろう、僕のいじめられた証拠を突き付けて大和さんを学校から追い出そうとしている。

 なんでそんなことをするんだ。やり直したいと思っている人を受け入れる気がこの人たちには全く無いのか。

「昨日も五限目に突然現れてさ、もうクラス中ビビっちゃって、ほぼ学級崩壊だったよ。先生なんか足ガクガクでさ。まぁ、俺達とあと数人の奴らが仕方なくクラスの総意を代表して言ってやったけどね「このクラスにお前の居場所はない、ヤンキーがいると迷惑だから俺達に関わらないでくれ」・・・って」


「・・・・・・その話、本当ですか」

「あぁ。やっぱクラスの平和のためには勇気ある行動が必要だって思ったからね。正直めちゃくちゃ怖かったけど俺は言ってやったよ」

 まるで武勇伝を語るみたいに自慢気に話す先輩が酷く醜く見える。今の話がすべて本当なら大和さんは今頃、どれほど傷ついているだろう。

「ごめんなさい、僕もう行きます。教えてくれてありがとう」

「えっ、おい。赤鬼にいじめられてるんじゃないのか!」


 先輩達の動揺を無視して、僕は雑に頭を下げると飲み物も買わずに一目散にB棟屋上へと向かった。


 こんなにも大和さんが傷つく姿を想像してしまうのは、その裏にいるマヤさんも同じ気持ちを共有しているかもしれないからだろうか。大和さんとマヤさん、どちらを心配しているのか、それともどちらも心配しているのか僕にはわからないけれど、とにかく今は金雀枝大和先輩の元へ一刻も早くたどり着きたかった。

 人をかき分けながら廊下を走る。道中に僕は、過去に自分がしてきた過ちを思い出していた。してもいない罪で勝手に避けていた元友達のみんなの事。


 僕がやっていた事は、あの先輩達と一緒だ。全部決めつけて、触れられたくない、親しくなりたくない、心を許したくない、って一方的に避けて傷つけていた。僕にはあの人たちを責める筋合いはないかもしれない。身勝手な自意識で作られた壁にはじかれた人がどれだけ理不尽で辛いか、今まで考えていなかった。

 だから僕が今走っているのは、ただの罪滅ぼしなのかもしれない。




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