第13話 親友に告白を


 大和さんといい、涼羽といい、なんでボクの好きな人を言わせたがるんだ。僕が好きなのはマヤさんなのに。


「・・・え。本気で言ってるの?」

 涼羽はピタリと足を止めて、とても怒りが静まったようには見えない神妙な顔でこちらを見た。


「ついさっき、本当についさっきなんだよ。だから別に隠していたとかじゃなくてね、涼羽に黙っていたわけじゃないんだよ、ほんと、僕もちゃんと自覚したのはさっきのお昼休みだから、ほら、隠してたとかじゃないよ」

 僕が必死で言い訳するも、それは全く届いていないのか涼羽は背筋が凍るような冷たい表情を変えてくれない。

「ごめんね涼羽・・・」

 まさか僕に好きな人がいることを黙っていただけでこんなにショックを受けるなんて、僕ばかりが涼羽を頼りにしているものだと思い込んでいたけれど涼羽もなんだかんだで僕の事を大事に思っていてくれたのかな。

「誰?」

「え、えっと」

「誰なの、その好きな人って」

 駅のある進行方向に背を向けて、僕の正面に立ち逃がさないとばかりに肩を強く掴まれる。涼羽に触れられる事は僕にとって恐怖ではない筈だけど、今だけはなんだか怖い。


「昼休み? ついさっき? 高校の人ってことだよね、もしかしてさっき教室にいたあの男子のせいなのかな。まさかあの男じゃないよね。あぁ、やっぱり直央を野放しにするのは危険だった。せっかくボクだけに依存するように仕向けてたのに、一日くらい仕方ないって目を離したせいだ。あぁ、もう。最悪。なんでこんなことになるんだ・・・」


 僕の両肩をしっかり握りながら項垂れる涼羽。今日はずっと様子がおかしいけど、益々変だ。

「す、涼羽? 急になにを言ってるの?」

 依存って、なんのことだかよくわからない。でも今の涼羽は怖い。中学時代の数々の嫌な記憶が蘇ってくるような、嫌な眼をしている。

「その人はだれ、教えてよ。ボク達親友でしょ」

「・・・あ、うん。その、金雀枝先輩。僕が好きな人」

 これでは当然大和さんの事だと思われてしまうけれど、マヤさんの秘密を他の人に漏らすわけにはいかない。

「金雀枝大和? あの、赤鬼の?」

「そ、そうなんだ。実は昨日の放課後と今日のお昼、金雀枝先輩と会っていて・・・」

「もしかして直央、脅されてるの?」

 声だけは僕を心配する優しいものだけど、未だに離さない両肩を掴む力とか、僕の方を向いているのに何処か虚空を見つめているような瞳とか、いつもの涼羽じゃないみたいだ。

 僕が秘密にしていたわけじゃないって伝えたのに、どうしてまだこんなに怒っているんだろう。

「脅されてなんかないよ。ほら、入試の時に会った先輩に憧れているって話をしたでしょ。金雀枝先輩本人と会って、自分の気持ちに気付いたんだ。これは憧れじゃなくて恋愛感情なんだって」


「ははっ・・・噓でしょ? 直央が恋? しかも赤鬼に」

 自嘲気味な笑いは、どこか大和さんを思わせる。


 まるで目の前の事実―――僕という存在を否定したような笑い方だ。


「だって、恋愛とか怖いって言ってたじゃん。中学の時のトラウマがあるって、女子も男子も怖いって言ってたじゃん」

「そ、そうだけど。でも金雀枝先輩は僕なんかをつまらない理由で蔑んだりしないし、嫉妬するほど弱い人じゃないから・・・」

 それに、今日本田君と話して改めてわかったけれど、僕のトラウマだと思っていたものは心持一つで乗り越えられるものだったんだ。劇的な何かは必要なくて、ちょっとしたキッカケがあれば僕は変わることが出来る。クラスの男子と会話するという簡単な一歩を進んでしまえば、今までどうしてこんな小さな一歩に怯えていたのか不思議に思えるくらいだった。

 人生で出会った中のほんの一握りから与えられた恐怖のせいで本当は僕の味方になってくれる人の事も敵視して、自分から勝手に避けていた。避け続けるあまりに新しい人間関係の作り方がわからなくなってしまい、より一人ぼっちになっていたけれど、一度踏み出してしまえばそれがいかに無意味で無価値な壁だったかがわかる。


「ある意味、金雀枝先輩に影響されて変わりつつあるのかな、なんて」

 入試の日に背中を押された喜びと、マヤさんに信頼されたという誇りが僕をここまで積極的にしているのかもしれない。マヤさんにとってはたいしたことじゃなくても、僕はそんな些細な好意で自分を見直すことが出来た。


「そんなのなんでわかるのさ。昨日初めてちゃんと話した相手でしょ、本当にいい人かどうかなんて直央にわかるの?」

「少なくとも、中学の頃僕を馬鹿にした奴等とは違うよ」

「そいつらだって正体を現すまでは普通に直央と仲良くやってたじゃん! ボク何度も言ってるよね、表面上いい顔してる奴は怪しいから信頼しちゃダメだって、直央を傷つけるから近づくなって。誰だって最初は平凡で人畜無害な顔をしてるけど腹の中では何考えてるかわかんないんだって」

 必死に、強くなっていく声色と口調。

「初対面の人と仲良くする時は気を付けてって、直央は鈍感で直ぐに人を信じちゃうんだから警戒しすぎるくらいが丁度いいって。ボク、何度も何度も教えたよね!?」

「・・・そうだね、僕は今まで涼羽の言う通りにして、そのおかげで以降はあまり怖い思いをしなくなったよ」

「そうでしょ? ボクが一番直央の事を理解していて、直央のことを大事にしているんだから、ボクのアドバイスを信じたおかげで今直央は安全な日常を過ごせているんだよ」


「そうだよ。涼羽の言う通りだ・・・でも、涼羽の言う通りに涼羽にだけ甘えていたら僕は一生他の誰とも関わることができないんだ。涼羽に言われた通り警戒して、なるべく信用しないように心がけた。中三の時だって男子は危ないからって殆どの人と縁を切った。女子とだって涼羽がいない場所では会話しないようにした。けど、それは本当に僕が求めている日常じゃないんだ」

 こうして、涼羽と言葉を交わすことで改めてわかることがある。涼羽は僕を大事にし過ぎていたんだ。汚い世の中に子供を触れさせたくない為に過干渉してしまう親みたいに、箱入りにして僕を守っていてくれたんだ。

 涼羽と二人きりでいる間はそれに気付く事ができなかったけれど、少しだけ外の世界に出て見て僕は初めてわかった。


 僕も涼羽も、間違っていた。

「いつも、僕のこと心配してくれていたんだよね。ありがとう」


「・・・」

「でも、もう大丈夫だから。怖いけどいろんな人と話してみるし、その、恋愛だって初めてでよくわからないけど僕なりに頑張ってみる決意が出来たんだ」

 いつもみたいに僕の決心を茶化したり応援してくれることはなく、涼羽はただただ僕の言葉を聞いていた。段々と両肩に向けられた力が弱まっていく。

「涼羽さえよければ、これからもずっと親友でいて欲しいな。ほら、女友達なんて当分できないだろうから恋愛相談とかしたいし」

「・・・親友?」

「僕はそう思っているんだけど、駄目かな」

 涼羽は答えなかった。そのまま両手を離し、反対方向へと歩き出そうとする。

「す、涼羽!?」

「ごめん直央。ついて来ないで」

 こちらに背を向けていたけど、その声は上ずっていた。本当は追いかけたかったけど、もし泣いているなら僕に見られるのを涼羽は嫌がる。でも、どうして。

「・・・わかった、また明日ね」

 やはり返事をしてくれない。そのままトボトボと、下校する生徒たちの群れを逆走して見えなくなっていく涼羽の背中。僕は彼女の気持ちがわからず暫くその場に立ち尽くしていたけれど、結局涼羽が帰って来るわけもないので、そのまま駅に向かった。


「―――好きになるまで、ボクを好きになるまでずっと待っていたのに。ずっとずっとずっとずっとずっと待ってたのに。直央が恋をする準備ができるまで、ボクだけが傍でそれを待ち望んでいたのに。どうして、どうして他の女が」



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