第12話 僕と涼羽


 帰り道、僕は涼羽に返す予定の教科書を持って三組の教室へと向かった。

「あれ、涼羽いないな」

 教室にはまだ半分くらい人がいるのに、涼羽の姿が見えない。教科書を返したいと連絡を入れたので先に帰っていることは無い筈だけど、どこに行ってしまったのだろう。


「あらー? これはこれは、裏切り者の直央ちゃんじゃないですかぁ」

 教室の入口から中を覗き込んでいた僕の真後ろから、そんな風に声をかけてくる女子は一人しかいない。

「涼羽!」

「本当はこのまま置き去りにして淋しい思いさせてやろっかなーって思ったけど、直央ちゃんがあんまりにも可哀そうで泣いちゃうかもしれないから辞めてあげたよ」

 涼羽が僕のことをちゃん付で呼ぶのは僕をからかいたいか怒っているかの二択。

 当然今は後者だろう。

「ボクは誰かさんと違って? 約束したのに連絡もせずに放置プレイするような鬼畜外道じゃないからね。そんなことはしませんよ」

「ご、ごめんね涼羽」

 僕が教科書を差し出すと涼羽はそれを受け取り、スクールバックに押し込む。

「いくらボクだって知ってる人のいない教室に行くのは緊張したんだからね?」

「本当にごめんね。ちょっと色々あって忘れてて・・・」

「忘れてた? 僕の事を?」

「いや、涼羽のことというか、全部」

 大和さんと過ごした時間が濃すぎて数学の教科書の事もクラスの事もすっぽり抜けていたのだから言い訳のしようがない。

「さーて、そんな忘れっぽい直央には、何をご馳走してもらおうかなぁ?」

「お、お手柔らかにお願いします」

 その後、帰り道にあるコンビニのホットスナックで許してくれたので涼羽は結構いいやつなのかもしれない。




 カリカリに揚がったチキンをご機嫌に食べ歩きする涼羽はお魚を加えた猫みたいだ。涼羽とは小学生の頃からの付き合いであまり考えたことがなかったけれど、もしかしたら結構可愛い方なのかもしれないな。

「なんだぁ? そんなに見てもあげないよー」

「別に欲しくないよ」

 僕と涼羽は、家は比較的近いが学区の関係で小学校は別々だった。よく遊んでいる公園が同じだった為、いつのまにか一緒に遊ぶようになったという子供にありがちな他校の友達だ。

 そして、大変愉快な頃にそのころの僕達はお互いにとんでもない勘違いをしていたのだ。

「じゃあなんで見詰めてるの、もしかして今更ボクの可愛さに気付いちゃった?」

「そんなわけないでしょ。ただ、いつのまにか女子っぽくなったなぁって」

 なんと子供の頃の僕達はお互いを同性の友達だと勘違いしていたのだ。僕も涼羽も性別特有の成長が遅く、服装や喋り方のせいもあって僕は涼羽を男の子だと、涼羽は僕を女の子だと勝手に勘違いしていたのだ。

 付き合いが長いせいでお互いわざわざ確認する事もなく月日が経ち、僕達が本当の性別に気が付いたのはなんと中学に入学してお互いの制服姿を見た時だから、我ながら間抜けなエピソードだ。


「まぁボクは直央と違ってちゃんと成長期してるし?」

 胸は相変わらずあまりないようだけど、と軽口を叩くのはやめておこう。今日は僕の立場が悪い日だ。

「僕だって、一応それなりに成長はしているんだよ」

 身長は伸びないけれど、毎日の筋トレの甲斐もあって微妙に身体つきは男っぽくなっている筈なんだ。たぶん。

「ほんとかなぁ。ちょっと脱いでみてよ、げへへ」

「へ、へんたいっ」

 僕がそういうネタ苦手なの知ってるくせに、わざとセクハラおじさんみたいなニヤケ顔でそういう事言ってくるときの涼羽はちょっと嫌いだ。でも、こんな冗談を冗談で済ませられる相手は涼羽くらいだ。


「そんな事ばっかり言ってると、せっかく涼羽のこといいなって思ってる人がいても中身知られて逃げられちゃうんじゃない?」

「へー、そんな人がいるの?」

「・・・まぁ、いないとも言えないじゃん」

 さて、僕はさり気なく本田君の話をしなくてはいけない。彼はどうやら本気で涼羽のことが気になっているようだし、仲良くなりたいと思っている。話してみたところそんなに悪い人じゃないみたいだし、涼羽の反応次第では本当に仲を取り持ってあげるのもやぶさかではないと思っている。。


「ていうか涼羽ってさ、す、好きな人とかいないの?」

「へぇっ!? な、なにさ急に、恋バナ?」

 しまった、ちょっと急過ぎたか。

「いや、そういう話あんまりしないじゃん、僕達」

 白々しい言い訳でなんとか誤魔化してみる。

「確かにそうだね、まぁボク等にはまだ早いんじゃない?」

 僕等、か。

「でも、もし直央に好きな人ができたら教えてよね。悪い女に騙されていないかボクがちゃんとチェックしてあげるよ」

「えっ」

 涼羽の恋愛事情を探ろうと思っていたのに、僕の話になって思わず素の反応が出てしまう。何せちょうどついさっきの昼休みに僕はしっかりと自分の恋愛感情を自覚してしまったのだから。


「チェックは必要ないんじゃないかな」

「え、なに? まさか本当に好きな人がいるの?」

 あれ、なんか怒ってる? チキン食べる音がいつのまにか獰猛だ。

「いつ? ボクの知ってる人なのかな」

 もしかして僕が黙っていたから怒ってるのかな。まともに恋をしたのが初めてで知らなかったけれどこういうのって親友には直ぐに報告するのが普通なのだろうか。

「えっと、涼羽。そんなに怒らないで」

「はぁぁ? 怒る? 別にボク怒ってないけど」


 それで隠しているつもりなのかとツッコミを入れたくなるくらいに眼が怖い。百人に聞けば百人が怒っていると感じる程にギラついた眼をしている。


「なんでボクが怒らないといけないのかな、まぁ、もしも、万が一、直央がボクにそんな隠し事をしようって言うならがっかりはするけどね。これでもボク達付き合い長いし、大分仲良しだと思ってたんだけど、そう思ってたのは、ボクだけだったのかなって、所詮、直央にとって僕はその程度の知り合いだったんだなって」

 区切り区切りの言葉遣いに鋭い苛立ちを感じる。

「え、えっとその・・・」

 駄目だ、怒っている。恥ずかしくて言いたくないし、そもそもマヤさんの説明をするには二重人格の事を話さないといけないから自然と嘘をつくことになってしまうので、黙っているつもりだった。


 けど、涼羽がこんなに取り乱すなんて滅多にないし、僕に隠し事をされるのが相当辛いのだろう。これ以上涼羽の信頼を失うのも嫌だ。マヤさんの事は流石にバラすわけにはいかないけど、先輩を好きになった事くらいは、仕方ないので暴露してしまおう。


「ついさっきなんだけど、僕。好きな人ができた・・・かも」

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