第15話 独りぼっちの彼女

「大和さん! マヤさん!」

 屋上の扉を勢いよく開け、僕は二人分の名を叫んだ。


「・・・なんだよ、今日も来たのか」

 当然、そこにいたのは柵に寄りかかる大和さんの方だ。

「昨日はマヤが勝手に約束したから許可したけど、今日も来ていいとは言ってねぇぞ」

「大和さん!」

 僕は成り行きに流されるように大和さんの目の前まで足を進め、怪訝な顔で此方を見下している瞳を覗き込んだ。初めてしっかりと見たけれど、大和さんの瞳はこげ茶色の中にほんのりとボルドーがかかったような深みのある色をしている。

「な、何だよ急にっ」

 髪や瞳に負けずに顔が赤くなるが、もちろん突然殴りかかるようなことはしない。

「よかった、泣いてないですね」

「は? なんだよ急に」

 ほっと胸をなでおろす僕に首を傾げながら、口元を隠していた黒いマスクを外す。

「あたしが泣く分けないだろ」

「でも、昨日辛い目にあったと思って・・・」

「なっ」

 何故知っている、と言おうとしていたのだろうけど大和さんはこの学校では有名人だ。いくらぼっちの僕でも多少の噂を聞いていてもおかしくは無いと理解したのか、質問を飲み込んでかわりの言葉を吐き出した。


「別にあたしにとってはアレが普通なんだよ。まぁ、あたしに口答えしたお前の度胸に免じて一度くらい気まぐれで授業に出てみたけどよ。やっぱ無理だったわ。結局最初から不可能だって話だ。元々わかっていたことだしな」

 大和さんの言っている事は、きっと納得というより諦めに近い。

「・・・まぁ、あいつはちょっとは辛かったみたいだけどよ」

「マヤさん? マヤさんは、泣いていたんですか」

「いつものことだ。あたしと違って弱いからな」

 マヤさんが傷ついた。僕が無責任に大和さんを煽ったせいだ。事情を知らずに、頑張ればどうにかなると軽率に応援したせいだ。

「すみません。僕が何も考えずに授業に出た方がいいなんて言ったから」

「きっかけはナオだが、やると決めたのはあたしだ。言っただろ、傷ついてなんかないって。あいつだって直ぐに元気になるさ」

 僕にはそうは思えない。大和さんが平気でもマヤさんが辛い思いをしたのならそれは深刻な話だ。なんとかしてあげたい、きっと大和さんがクラスに受け入れられるようになればマヤさんだって安心する。


「・・・せめてみんなが大和さんを怖がらなきゃいいのに」

 まともな学生生活をしたいが荒々しい口調や派手な外見を変える気がない大和さん。それをヤンキーだからと言って排除しようとするクラスメイトと教員。

「出会ったばかりの僕とこんな風に普通にお話が出来るってわかれば、大和さんを怖がる必要はないって理解してくれると思うんだけど」

 残念ながら僕が大和さんの隣にいても脅されているようにしか見えない。普通に喋っているだけでいじめられてると勘違いして教師が飛んでくる可能性すらある。

 自分の外見が普通の男子よりも頼りない事がこんなにも情けない。


「僕がいくら大和さんがいい人だよって言っても、みんな言わされてるとしか思わないだろうしなぁ」

「ナオ、何さっきからブツブツ言ってるんだ。あいつらはあたしを受け入れる気が無いんだから仕方ないんだ」

 本人はそう言っているけれど、マヤさんはまだ諦めたくない筈だ。何故かわからないけれどあの人は大和さんが少しでも普通の学生になってくれることを願っているようだし。

「はぁ、あたしがあんたみたいに誰が見ても人畜無害な外見だったらすぐに好かれるだろうけどな」

「そんな、僕は別に・・・」

 今現在、その人畜無害な僕と話してくれるのはこの学校で大和さんだけなのに。


「・・・ん? ひ弱そうな僕と大和さんか」

 そこでふと、僕はとても無礼講な策を思いついてしまった。

「や、大和さん。僕のこと絶対殴らない・睨まない。怒らないって誓ってもらいたいんですけど・・・できます?」

「は?」

 誰が見てもひ弱で、女の子みたいな顔の僕なら、大和さんのイメージを覆すことができるかもしれない。



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