第52話 邪魔者

「ええっ!?昨日の夜、黒池先輩の家に泊まった!?」


「泊まった。って言っても用事があったから日を跨いで直ぐに帰ったし、それと真奈うるさい。」


「あ……あー、ごめん。つい。」


学校でのお昼休憩、食堂で、私お気に入りのペペロンチーノを口に運びながら、私は思わず大声を出した。


ため息を吐きながら、「静かにして。」と心音に呆れられる。


私はとりあえず謝罪の言葉を吐き、心音にその先の話を促した。


「……で、で?どうなったの?」


「どうなったって何が?」


「いや、ほらあるじゃん。男女が同じ屋根の下で一夜を共にして、何も無いわけがないみたいな。」


「……あー。」


何せ、心音は、黒池先輩のことを相当好いていた様子だった。


今の心音は、寝込みを襲うとか、平気でするかもしれない。


「……襲ったとして、それを真奈に言うことでもないでしょ。」


「そ、それもそっか。というか、心を読まないでよ。」


「……まぁ、昨日はちょっとお楽しみするだけに留めといたよ。半ば強引みたいになっちゃったし。それに、昨日のメインはあくまでせんぱいの家に盗聴器を仕掛けることだったから。」


「後半、さらっと凄いこと言うじゃん……」


心音は頬を少し赤らめて、口元を緩めながら、そう零す。


いや、そんな乙女のような顔されましても……


「……それに、そういうことは、せんぱいの方からしてきて欲しいかな。ボクって、求めるより求められたい派だから。」


「……そ、そうなんだ。初耳。」


心音は、一見大人しそうに見えるのだが、その実はそうでもない。


ずっと一緒にいる私でさえも、恐ろしい何かを心音から感じるのだ。


もし今ここで、心音の気分を害するようなことをすれば、冗談抜きで殺されてしまう可能性すら存在する。


よくそんな子と、今も友人関係を続けられるな。と言われれば、確かにそうなのだが、昔は……


「……なに?」


私が、心の中でぶつぶつと呟いていたその瞬間、たった2文字と共に、凄まじい圧が隣から発せられた。


「ひっ、、、」


口から思わず漏れ出た声は、まるで獰猛な獣と相対した無力な小動物が発したかのような情けないもので、心音はため息を吐く。


「……真奈って、必要以上にボクのこと怖がり過ぎじゃない?ボク真奈に何かしたっけ?」


怖がられる理由が思いつかない。と言うふうに首を傾げてみせる心音。


事ある毎に、鋭利なハサミを突き付けてくるその所業だけでも、恐れられるには充分なものだと思うけど、それを抜きにしても発言がなかなか普通じゃない。


私と居る時もよく物騒なことを口にするし、他人の前でそれをよく隠し通せているなと思う。


「……まぁ、いいや。真奈にどう思われていようと、ボクには関係ないことだし。」


やがて、心音はどうでも良さそうに言葉を零し、食堂の席を立った。


「もう行くの?まだ休み時間終わらないけど。」


「うん。クラスにいた【山田】とかいう男に昼休み、会いに来て欲しいって言われたから。」


「……へぇ、珍しい。」


珍しいというのは、心音が男子に呼び出されたことがではなくて、その呼び出しに、心音が応えることがだ。


この間なんて、机の中に入れられていたラブレターを1目通して、その場で破り捨てたくらいだ。


教室の隅で、膝から崩れ落ちた男子生徒をこの目で見た時は、心音には人の心など持ち合わせていないのだと確信した。


「……手紙でしか、呼び出すことが出来ない小胆に、割いてあげる時間はない。」というのは本人の談である。


……まぁ、言いたいことは分からないでもないけど、流石に心音は極端というか、なんというか。


「じゃあ、そういうことだから。また後で。」


「……うん。また後でね。」


やがて、短く言葉を交わした後、心音はその場から去っていく。


……わざわざ呼び出すってことは告白、だよね?でも、山田相馬くんが心音を好きそうな素振りなんて、なかったんだけどなぁ。


心音が男子生徒に呼び出される理由は、その殆どが告白なので、今回もその節なのだろうかと思ったが、なんだかどうも腑に落ちない。


「……うーん。」


……まぁ、私が知らないだけで、あの2人にも仲があるのかもしれない。


そう思うようにして、細かいことを考えるのを止めた私は、ペペロンチーノを美味しく頂くのであった。





















「……せんぱいに会いたいなぁ。」


はぁ……と、重いため息を吐きながら、ボクはそう呟く。


現在、弱い雨の音を傘越しに聞きながら、ボクは帰路を辿っていた。


……今日は一度も会えていないし、早く会いたいなぁ。


心の中で、彼に対する想いが日に日に強まっていくのを感じる。


彼を手に入れたい。彼を離したくない。


……彼を誰にも渡したくない。


エスカレートしていくその気持ちは、それと同時に、それ以上に強まっていく、別の思いも生み出してしまう。


それは……


……邪魔なやつを早く消したいな。


惚気のような薄紅色の感情と共に湧いてくるのは、執拗な黒い感情。


それは、第1にボクの体を突き動かす。


……1番厄介だった【小林一茶】はどうにかなりそうだし、あとは……あの女。


何度かこの目で見た女。


確か、登校中にせんぱいと一緒に居たり、休日にお出掛けに行ったりしていたあの女。


せんぱいの幼馴染だかなんだか知らないけど、ボクのせんぱいに馴れ馴れしく関わろうなんて許せない。


……あの女だけは許せない。


ふつふつと、黒い感情を煮え滾らせ、あの女をどうしようか考えていたその時。


見つけてしまったのだ。


ボクのせんぱいを、目で追っているあの憎たらし女を。


「アハッ……アハハハハ。」


なんてボクは運が良いんだろう。あの女をどうにかするチャンスじゃないか。


迷いなく、ボクはその女に接近する。


あちらはボクに気付いていないようで、ずっと彼の姿を目で追っている。


……せんぱいのことを見て良いのはボクだけだ。


お前は見るな。


目でもくり抜いてやろうか。


それとも、もっと地獄を見せてあげようか。


ボクの中の真っ黒が歓喜する。


……今すぐにでも息の根を止めてやりたいところだけれど、もう少し我慢しようかな。


顔に笑顔を貼り付けて、準備は完了。


出だしから警戒されると面倒だし、極力和やかな雰囲気を纏うのが良いだろう。


そして、全ての準備を整えたボクは、その女へと言葉を掛けるのだった。


「すみません。あなたが【加賀美貴音】さんですか?」

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