第51話 孤毒

「もうすぐテストだから、そろそろちゃんと勉強するように。赤点とったヤツは覚悟しとけよ……特に小林!」


「なんで俺なんですか!?」


「『なんで俺なんですか!?』じゃねぇよ!日頃の小テストの結果を振り返ってみろ!」


灰色の雲の下、パラパラと小雨の降る音が窓の外から微かに聞こえてくる昼過ぎの学校の一室。


賑やかな雰囲気にクスクスと小さく笑うクラスメイトたちが大勢いる中、今日の授業は終わりを告げた。


「じゃあ、そういうことだからな。冗談抜きに勉強しとけよ。今日は会議があるからこのまま解散!それじゃ、また明日!」


担任の先生は、口早にそう言うと、そのまま勢いよく扉を開け放ち、教室を去って行った。


……帰るか。


特にこれといった用事もないので、俺はいつものように帰宅の準備を済まし、我先にと教室を出る。


去り際、何となく後ろを振り返ると、楽しそうに男友達と喋っている小林の姿が、目に映ったのだった。



















「……はぁ。」


弱い雨を、差している傘に感じながら、俺は帰り道をただ歩く。


自然と口から漏れた溜息にも気付かぬまま、また溜息を繰り返す。


無気力に、無造作に、無意味に、踏み出された足が地を踏み締め、また前に前にとそれを繰り返す。


つまらない当たり前。くだらない当然。おもしろくもない日常。


……退屈な人生。


「……笑えるな。」


1人でハッと鼻を鳴らし、小馬鹿にするように、そう呟く。


何も、1人でいるのが嫌いなわけじゃない。


気楽で良いと感じる時もあるし、俺の性分はこちらの方が合っているのだろう。


……それでも、それでも何か、物足りない。


小林といる時の方が楽しいし、貴音といる時の方が面白い。


……『あの子』といるような、刺激がない。


ふと、銀色の背中を頭に思い浮かべる。


流麗な銀髪、整った容姿に、お出掛けで見た、無邪気で子供のような表情に、昨夜の妖艶な雰囲気。


彼女の全部が、鮮明に脳に焼き付いている。


その姿がどんどん頭の中で大きくなる。


……空っぽだった脳内が、一気に抑えられない熱のようなものに侵されていく。


「ッ!?」


そこで、俺はハッと我に帰った。


これ以上は抗えない何かに溺れてしまいそうで、無意識的にセーブを掛けたのか、寸でのところで思考の海から脱出した。


肩で息をしながら、周りを見渡す。


そこには……何も変わらない風景が当然のように並んでいた。


……そういや、今日は心音を一度も見ていないな。


今も、頭の片隅で誇張されるその存在に応えるように、俺はふと、今日1日を振り返り、その存在がなかったことに気付く。


いつも何処と無く現れて、俺に絡んでくる心音。


初めて会ったその日から、学校で顔を見合わせない日は殆どなかった。


それだけに、こうやって、1人で何もせずに淡々と帰路を辿っているのが、なんだか、


無性に、
























……寂しかった。























その姿が視界の隅に入ったのは、偶然だった。


「……あれ?晋道?」


やけに暗い顔をして、覇気がない様子で歩いている、1人の男子高校生が見える。


……いや、まぁ、覇気がないのはいつものことなんだけど。


私、こと加賀美貴音は、今日の部活がoffだったこともあり、いつもより早めに帰路を辿っていた。


そして、彼を見かけたのが、帰宅途中に寄ったコンビニの駐車場からだった。


重そうな足取りで1人歩くその姿は、見るものが見れば、歩く屍と見間違えるかもしれないような、不安定なものだった。


……何かあったのかな。


普段、学校ではあまり関わらないので、彼がどんな学校生活を送っているのか、詳しくは知らない。


……もしかして、あの無愛想な性格故に、学校で虐められてる。とか?


彼が虐められるような質か?と問われればそんな気はしないのだが、かと言って可能性はゼロではない。


……本人に聞いてみようかな。


少し気になったので、その背中を追いかけようと歩き出した。


その時……


「すみません。あなたが【加賀美貴音】さんですか?」


背後から、そのように声を掛けられた。


「……え?」


驚いて後ろを振り返ってみると、そこには、私と同じ制服を着た、女子高生。


「……少し、お時間よろしいですか?」


綺麗な銀色を靡かせた、宝石の目を持つ女の子が微笑みながら、そこに立っていた。

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