第48話 底まで
「……で?お前はいつまでうちに居座る気だ?」
「え?」
「ん?」
心音の作ってくれたオムライスを欠片も残さず食べ尽くした俺は、台所でその食器を洗いながら、俺の安っぽいベッドの上でくつろぐ心音に、そう声を掛ける。
「今日はせんぱいの家に泊まる気で来たんですよ?」
「そうか、俺はそんな気は全くなかったから帰っていいぞ。」
「そんな冷たいこと言わないで下さいよ〜。」
「いや、普通に迷惑なんだよなぁ。」
「あっ、そういえば、さっきお風呂入れておきましたよ。」
「あぁ、ありがとう。……って、なに勝手に
「えへへ〜。」
「えへへ〜。じゃないんだよなぁ。」
俺のベッドの上で気持ち良さそうにゴロゴロする心音の姿を眺めながら、俺はため息を零した。
心音が俺にオムライスを作ってくれた後、少しばかし世間話をして、それで解散かと勝手に思っていたのだが、心音はいつまで経っても一向に帰る気配を見せず、「せんぱいのお布団にダイブ!」とか言って俺のベッドでゴロゴロし始めてようやく、俺は冒頭にある言葉を、心音に向けて発したのだ。
「別に良いじゃないですかー。何ですか?そんなにボクがせんぱいの家に居るのが、気に食わないんですか?」
「いや、別にそうは言ってないが……だってほらお前着替え持ってないし。」
俺は、心音の寝そべる姿を見て、そう言葉を吐く。
俺は学校から帰ってきて直ぐ、部屋着に着替えたので別に問題ないのだが、心音は学校から帰って来たそのままの姿なので、制服のままだ。
泊まるにしても、流石に制服姿のままで寝るのはどうなのだろう。
……というか、そもそも付き合ってもいない男の家に泊まるなんて、どういう神経をしているのか。
これに関しては、人それぞれ感覚が違うので一概にはなんとも言えないのだが、あくまで俺の基準で言うに、心音の行動はかなり変だ。
小林が俺に言ってきた『【白雲心音】は変なやつだ。』みたいな発言も、これらのことを指しているかのように感じる。……まぁ、違うんだろうが。
「……前々から気になってたことなんだが、お前って見た感じ大人しそうな雰囲気あるけど、実はそうでもないよな?」
学校では、『綺麗、大人しい、清楚、上品、高嶺の花、結婚したい』などという声の多かった心音だが、なんだか実際に接してみたらそうでもなく、どちらかと言うと、まだ少し幼い女の子みたいな雰囲気に近い。
「最後ライナー居ませんでした?」
「……分かる人にしか分からんネタにツッコむな。」
そう考えると上記のイメージ(『結婚したい』を除く)は、同じ三大美少女とかいう枠組みに区分けされている3年の【青名端玲奈】という先輩の方が合っているかもしれない。
たまに学校で見かける凛としたあの姿は、まさに輝く高嶺の花。
……とか言って、関わってみると案外そうじゃなかったりするのかもしれないけど。
心音がそうであったかのように、人というのは、接することで見えてくる裏側があったりする。
表面上しか知らない段階で、人を一概に判断するのは賢いとは言えないだろう。
……まぁ、人のイメージなんて、だいたいは第一印象でほとんど決まるんだがな。
「……むぅ、せんぱい、今、違う女の人のこと考えてそうな顔してる。」
「……どんな顔だよ。」
ベッドの上からジト目で見つめてくる心音の視線を躱しながら、俺は洗い物を済ませ、着替えである寝間着を用意する。
「じゃあ、せっかく風呂の湯を湧かしてくれたんなら、今日は風呂に浸かるとするわ。」
気持ち良さそうに俺のベッドで安らぐ心音にそう声を掛けながら、俺は部屋を後にする。
「せんぱい、お背中流してあげましょうか?」
「……………………アホ抜かせ。」
「……随分間が空きましたね?」
去り際、悪戯っぽく笑う心音に遊ばれたが、俺は無事、風呂場に辿り着くのだった。
それにしても、まったくもってけしからん。
少年の純情な心を弄ぶとは……
「あ〜、お風呂気持ち良かったです。」
「おう、そうか。……って、なに勝手にちゃっかりと風呂頂いてんだよ!」
「まぁ、まぁ、そう怒鳴らないで下さい。」
「いや、おかしいだろ!んで、何で俺の服をお前が着てんだよ!」
「すみません、パジャマとして着れそうな服がこれしかなくて……」
「いや、そういう問題じゃないって!」
何?これって俺がおかしいのか?最近の高校生の男女ってこれくらいが普通なのか?
俺の、ありとあらゆる経験が少なすぎるのか?
俺が風呂に入った後、まだベッドの上でゴロゴロしていた心音を横目に、俺は勉強道具を広げていた。
しばらくしてから、心音が急にベッドから立ち上がったかと思うと、そのままリビングから出て行ったのだ。
トイレだろうか?と呑気に思っていた俺だったが、「いい湯でした〜。」とかほざきながら、ホカホカと体から湯気を立ち昇らせ、俺の部屋着に身を包んだ心音がつい先程、この部屋に戻ってきたのだ。
紺色の少し大きめな俺の部屋着を身に纏った心音は、なんだか機嫌良さそうにしている。
……まぁ、もういいや。
なんだか、ごちゃごちゃ言うのが馬鹿らしく感じて、俺は全てがどうでもよくなり始めていた。
「せんぱい!ここに来てください!」
気付けば、心音は再び俺のベッドへと戻り、その隣をぽんぽんと叩いている。
多分、そこに来いという意味なのだろう。
「分かった、分かった。」
俺は心の中でため息を吐きながら、心音のすぐ傍まで移動する。
「えい♡」
「は?」
すると、心音はいきなり、俺の体をベッドへと押し倒してきた。
「……ッおい、どういうつもり……」
驚きながらも、心音にその行動の意味を問いただそうと口を開くが……
「ギュ〜♡」
可愛らしい声と共に、俺は心音に抱き締められた。
突如、色々と柔らかな女の子の感触が、布越しに伝わってきて、俺は軽いパニックを起こす。
「お、おい!や、やめ……」
しかし、その言葉も途中で、心音の人差し指によって遮られてしまった。
「……せんぱい、今日はこのままお休みしましょう♡」
心音はそう言うと、俺の首筋近くへと鼻を持っていき、スンッと鳴らす。
「ひぃぃッ!」
「えへへ♡いい匂い。」
俺の情けない声が部屋に響くが、心音はお構いなしだ。
何度も何度もスンッと鼻を鳴らし、俺の首を舐めるように顔を動かす。
その度に、耐性の無い俺はビクビク震えることしかできない。
「あはっ♡せんぱい可愛いですね。ビクって震えて……やっぱりこういう経験無いんだ。」
「う、うるせぇ、だいたい、いきなり何すんだよ!こういうのって恋人同士がやるようなことだろ!俺たちには無縁の……ッ!?」
その瞬間だった。
唇に柔らかい感触が押し付けられる。
仄かに濡れたそれは、お互いの間から、チュッという音を鳴らし、やがて、何が起こったのか理解できたその時には、もう引き下がれないことを意味していた。
「お、お、お、まえ……」
「せんぱいのお口がうるさいので、唇奪っちゃいました♡」
……キス。
嘘だろ?初めてなんだが?今のが初めてなんだが?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?
なんか、もっとこう、ドラマチックな展開でファーストキスってするもんじゃないの?こんなにあっさり?嘘だろ?
「……せんぱいがどんな初めてを妄想していたかは知りませんが、実際はこんなもんですよ。」
俺のファーストキスへの想いが粉々に砕け散っていく音を聞きながら、俺は心音へと視線を向ける。
「……次はもっと、激しいのでいきますね♡」
そして、心音は薄らと顔を朱に染めながら妖しく微笑んだ。
「ま、待て待て待て待て待て待て待てって!」
「い・や〜♡」
チュッ、と再び、重なり合う唇。
今度は、舌も使って、長い時間2人は繋がる。
やがて、嫌らしい音をたてながら唇を離した2人の間には、銀色の線が伸びていた。
お互いの熱い吐息が、2人の体温をゆっくりと上げる。
……な、何が起きて……
この時、俺の脳はもう殆ど機能していなかった。
「どうです?せんぱい、気持ち良いですか?」
「……あ……う、ん。」
「……そうですか、それは良かったです♡」
すると、俺の意思とは無関係に、俺の2の腕が、上に乗る心音の腰へと回る。
「……?せんぱい?」
心音も、これには不思議そうな顔をしたが……
「……あっ、そういうことですね?せんぱい積極的。エッチですね♡」
心音は何かを察した風に、ニヤリと口角を釣り上げ俺へとそう言葉を掛ける。
「ですが、今は何も無しじゃ赤ちゃんができてしまうので、ダメです。」
心音は、子供をあやすかのように、優しくそう言って、俺の耳元へと口を近付ける、
そして……
「ですが……それ以外なら、今日はせんぱいが満足するまでお付き合いしますよ♡」
囁くように、甘く、俺にそう告げた。
その後のことは、正直あまり覚えていない。
だが、きっとその時から、俺の行く末は既に決まっていたのだろう。
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