第47話 Let'sクッキング!

「さて、せんぱい!今日は美味しい料理を食べさせてあげますので、覚悟しておいてくださいね?」


「……あぁ、まぁ、そのことなんだけど、俺はやらないだけで普通に料理できる……」


「じゃあ、早速ですが、冷蔵庫の中を拝見させて頂きますね?」


「いや、俺もでき……」


「い・い・で・す・ね?」


「お、おう。」


「はい!ありがとうございます。」


「…………」


現在、「そろそろ夕飯を作りますね!」と心音が台所へと向かい、色々と準備している姿がすぐそこに見える。


「せんぱいが手伝うのは無しです。」と言われたので、特に何もすることがない俺は、台所に立つ心音を、リビングの椅子に腰掛けながら、ぼーと眺めていた。


……ポニーテールも似合ってるな。


髪が邪魔になるという理由で長い髪を後ろで纏め、所謂ポニーテールという髪型にした心音の姿を見つめながら、俺は求められてもいない感想を心中で述べる。


腰まで伸ばした艶やかな銀髪を1括りにして、細いうなじを露にしているその様は、なんだかいつもに増して、女の子の可憐さを引き出しているようにも見える。


というか純粋な疑問なんだが、なんで女の子のうなじってあんなにもセクシーに見えるんだろうなな?


ふと、そんなことが気になったのだが、俺には色々と知識が無さすぎて、残念ながらその問いの答えを自ら導き出すことは出来なかった。


……ちょっと待て、今ここだけ切り取られれば、ただ女子高生をいやらしい目で眺める、気持ちの悪い男子高校生という構図が出来上がってしまう。


俺は、ハッとして今まで頭の中で考えていた事を忘れようと一度、かぶりを振る。


そして深呼吸して、再び目を開けたその時、視界の隅で愕然としている心音の姿が目に映った。


「ん?どうかしたか?」


不思議に思い、俺はその横顔へと声を掛ける。


すると……


「……せんぱい、なんですか。この食材の少なさは……」


信じられないものを見たかのような表情でそう呟き、心音は俺へと顔を向けてきた。


……確かに、見なくとも分かる。


それもそうだ。俺は料理なんて面倒でしないので、食材なんて買う必要がない。


つまり、料理を作るも何も、食材なんて元々この家に無いのだ。


有るとするなら、それは母親がたまに送ってくる仕送りに入っていた物だろう。


と言っても、仕送りなんて、出来上がった料理が大半で、調理前の物なんて極わずかなものだったはずだ。


そんなことを考えていると、うーん。と冷蔵庫の中を覗き見ながら頭を捻らせていた心音が、静かに言葉を零す。


「……オムライスならワンチャン?いや、でもピーマン無いし……どうしよう。」


どうやらオムライスならワンチャンあるらしい。


極端な話、今から買いに行くこともできるのだが、雨も降っているし、正直言って面倒なので、外に出たくないというのが本音である。


心音もそれは同じなのか、どうにかこの家にある物でやりくりしようとしているしな。


「今ある物で作れそうなの作ってくれ。オムライスができるなら材料が多少なくとも、全然大丈夫だからさ。」


「……うーん。せっかくならせんぱいには完璧な料理を振る舞いたいんですが……仕方ないですね。それは次の機会にしましょう。ところでせんぱい、調味料は一式揃ってますか?」


……次の機会?え?次もあんの?今回限りじゃないの?


俺は、心音の口から突如出てきた、次の機会という発言に引っかかりを覚えながらも、とりあえず一旦それは置いておいて、心音の質問に答える。


「えーと、多分な。基本的なやつはだいたいあると思う。」


これでも数ヶ月前までは、まともに料理をしていた人間だ。


まだ栓も開けていない調味料だって沢山ある。


たかがオムライスごとき作れないような調味料不足ではないはずだ。……食材は知らん。


「うん。調味料の方は大丈夫ですね。全部あります。それでは今から料理開始です。」


心音は必要な材料を台所に並べて、手際良くオムライスを作り始めた。


俺は手伝ってはいけないらしいので、心音が料理している様をただ横から眺めるだけなのだが……


「へ?もう玉ねぎ切ったのか?」


「ん?調味料いつ入れた?」


「は?卵巻くの上手すぎじゃないか?」


「はい!完成です!」


「……もう完成したのか?」


「はい!ボクの愛情たっぷり。美味しいオムライスです♡」


「……嘘だろ、、、」


たった10分程で完成してしまった。


だと言うのに、見た感じとても美味しそうに出来ている。


俺の中で、オムライスは割と好きの部類に入る料理なので、好んで自分で作って食っていた時期もあったくらいだ。


ただ、俺は料理に関して言えば、かなり要領が悪い。


1品作るのに、1時間近く時間を掛けていた時もあった。


それも、俺が料理を作らなくなった理由の1つでもあるのだが、心音は常に手を動かし、流れるようにササッと料理を終わらせてみせた。


それでいて見た目も完璧なのだ。今から実際に食べてみて味を確かめるのだが、これで文句なしで美味かったら素直に凄いと思う。


「じゃあ、頂きます。」


「はい♡」


「……それ、やめてくれ。」


「えへへ♡すいません。」


「……もう、ツッコまんからな。」


そして俺は、目の前の美味しそうなオムライスをスプーンで掬う。


仄かな湯気が立ち昇り、鼻を近付けただけでケチャップと卵の匂いが鼻腔をくすぐる。


久しぶりの手作り料理を前にした俺は、思わず、おぉー、と感嘆の声が漏れてしまうが、それはそうと、スプーンで掬ったオムライスを1口、俺は口の中にしっかりと運んだ。


瞬間、広がるケチャップとハムの旨み。ふわっとした卵の食感。どこか甘さも感じるそれは、蜂蜜だろうか。


とにかく、今まで食べてきたどのオムライスよりも心音の作った物は、断然美味かった。


「……う、美味い。めちゃくちゃ美味いぞ。」


「本当ですか!良かったです!」


「あ、あぁ。本当に、できるなら毎日食いたいくらいだ。」


「え〜?せんぱい、それってもしかして誘ってます?」


「……いや、本当に毎日来られたら困るけど。」


それでも、そう思ってしまう程には美味い。


それにこの味、どこか懐かしさを感じる。


まるで、都会の暮らしに疲れた男が、久しぶりに実家へと帰省し、親に暖かく迎えられ、安心感に浸っている最中、優しい母が作ってくれるオムライス。それの感覚。


……母か。


ふと、自分の母親の姿を思い出す。


ぼんやりとした記憶だが、優しくて、思いやりがあって、美しい女性だった気がする。


……久しぶりに母さんの手料理が食べたくなってきたな。


最近は両親も忙しいのか、仕送りの回数は減り、段々とコンビニ弁当やカップ麺にお世話になる日が増えてきていた。


叶うなら、母さんの作りたての料理を食べてみたいところである。


「それにしても美味いな。あんな短時間でここまでの物を作れるのは、素直に尊敬するぞ。」


「えへへ、ありがとうございます。パックご飯があって助かりました。」


俺は、スプーンの掬う手を止めることなく、心音にそう言葉を掛ける。


心音は、俺を優しい眼差しで見つめながら、そう静かに笑った。


また、雨の勢いが強まった┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

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