第46話 布石

「……ただいま、っと。」


どこか寂れた雰囲気を漂わせる、ぼろアパートの一室。


ギィィと金属の軋む音を上げる玄関の扉を開け、俺は自室へと帰宅した。


「お邪魔します。」


1人の客人を連れて。


「靴は揃えて脱げよ。あと、部屋に入る前に洗面所で手を洗ってこい。」


「はーい。あっ、そうだせんぱい、タオルとか有りますか?右肩が雨でちょっと濡れちゃって。」


「タオル?小さいので良いならそこに新品のやつ掛けてあるから、それ使え。」


「わっ、本当だ。せんぱい準備が良いですね!」


「……まぁ。」


そんなこんなで、心音を家に招き入れた俺は、内心複雑な思いを抱きながら、2人分の紅茶を準備する。


客人に茶を出すのは、現時代では常識らしい。


……面倒だな。


やかんで湯を沸かしながら、俺は心中でそう呟く。


いや、まぁ、客にお茶を淹れるとか、こういうちょっとした気遣いを面倒に思ってしまうから、俺にはまともな友達が居ないのだろう。


しかし、今日心音が家に来なかったら、俺は今湯を沸かすという手間を掛けていないし、なんなら夕飯もコンビニ弁当でさっさと済ませられたはずだ。


……そう考えたら、俺に青春は向いてないのかもな。


今だって、女子を家に招き入れている。という、いかにもラブコメでありそうなドキドキ展開なのに、俺は『面倒』の一言を吐いた。


……もしかすると俺は本質的に、人と関わるということに向いていないのかもしれない。


そんなことを考えながら、沸いた湯を茶葉入りのティーポットへ注ぎ、数分待つ。


その間、「せんぱいのおうち、せんぱいおうち〜。」とか言いながら、俺の部屋に無断で入って行った心音の姿を見つけ、自然とため息が出た。


やがて、お茶が出来上がり、いつの間にか俺の部屋から戻ってきていた心音の元まで、ティーカップを運ぶ。


ちなみに、何故俺の家にティーポットやティーカップなんていう洒落た物が有るのかという問いについてだが、紅茶のことが大好きな知人がいるため、たまにこの家で会う度に、一式を置いていくからである。


お陰様で、茶葉さえあれば、この家では最高の状態で紅茶をおもてなしできると言えよう。


まぁ、俺が紅茶なんて滅多に飲まないから普段はただの鑑賞物なんだがな。


「あれ?せんぱい?お茶菓子は無いんですか?」


俺が淹れてきた紅茶をテーブルの上に置いたのとほぼ同時だった。心音の口からそんな言葉が発せられた。


「……お前って見た目にそぐわず図々しいよな。」


「えへへ、よく言われます。」


「じゃあ、直せよ……」


というか、えへへ、って何だよ。別に褒めた訳じゃないからな?


時には図々しさも必要なんですよ〜。と、心音はニッコリ微笑みながら、紅茶の入ったカップに口を付ける。


「あっ!これってボクが、せんぱいにあげた茶葉じゃないですか?」


「ん?あー、まぁ、そうだな。」


ちなみに俺が淹れた紅茶は、この前、心音にお土産として貰った高いやつである。


お菓子は全て粉々に砕け散ってダメだったが、茶葉の方は、なんとか生き残りを見つけて保存しておいた。


……まぁ、その生き残りも数少ないんだが。


「そういえば、お土産のお菓子どうでした?口に合いました?」


「え?あぁ。まぁ……それなりにはな。」


大嘘である。一口も口を付けていない。


「そうですか!それは良かったです。」


俺の嘘で嬉しそうに笑う心音の表情に、後ろめたいものを感じながら、俺は話題を変えるため、わざとらしく咳払いして心音に声を掛ける。


「ところで、さっき俺の部屋で何してたんだ?」


「あっ……バレてました?上手く隠れてたと思うんですけど。」


いや、バレバレでしたけど?なんなら堂々として部屋に入って行ったのが見えましたけど?


思わず心の中でそうツッコミながらも、心音の返答を待つ。


心音は、うーん。と顎に人差し指を添えて、何やら思案げな顔をしていたが、 やがて俺を真正面から見据えこう言った。


「あれはですねぇ、せんぱいの部屋からとある物を探してたんですよ。」


「……とある物?」


「……はい。」


「……?何だそれ?」


とある物って何だ?俺って心音に関する物で何か持ってたか?


ここ最近は物の貸し借りなんてしていないし、心音が気になるような物も、俺の部屋には置いていないだろう。


というか、俺の部屋には物自体あまり多くを置かないので、貴音に「ここに住んでるって本当?何だか監獄みたい。」と言われる始末である。


「そんなの決まってるじゃないですか。」


そんなことを考えていると、心音は、はぁ、と小さく息を吐いて、呆れたようにそう口を開く。


本気で何か分からない俺は、疑問符を頭に浮かべながら、心音の続く言葉を静かに待った。


「エッチな本です。」


「……は?」


「いや、だからエッチな本ですよ。男の人は、皆持ってるって聞いたことがあるので、せんぱいも

そうなのかなと思いまして。」


……こいつは何を言っているんだ?聞き間違いか?いや、でもガッツリ、エッチな本って言ったしな。


「……でも、せんぱいの部屋にはそれらしき物はありませんでした。ベッドの下にもです。何だか肩透かしを食らったというか、拍子抜けしたというか、興醒めです。」


再び、ため息を吐きながら心音は肩を落とす。


……いや、何でそんなことで落胆してんの?


というか、初めて来る男の家で最初にすることがエロ本探しとか、狂ってるって……


「……いや、今どきエロ本なんて買ってるやついないだろ。最近は電子化も進んでるし……」


あっ、余計なこと言った。


「……ん?今、聞き捨てならない単語が聞こえた気がします。電子化?」


「……まぁ、まぁ!もうやめようぜこの話題!振ったの俺だけど、なんか生々しくなりそうだし!もっと学生らしい会話しようぜ!そういや白雲!今日は天気がいいなぁ!」


「……せんぱい、話題のすり替え、絶望的に下手くそすぎじゃないですか?」


その後も、俺の会話デッキを駆使し、なんとか話をめちゃくちゃにしようと奮闘、その結果、最終的には、ゴーヤとヘチマ、どっちの緑色の方が深いかの話にまで持っていった。


最後の方はただのノリで話していたが、その間の会話は、実はかなり楽しめたので、これはこれで

ありだったかもしれないと、そう思う。


アパートの屋根を打つ雨の音が強まった┈┈┈┈

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