第43話 知る者
「……なんだ、案外早かったな。」
屋上まで続く階段を登りきったその場所に、そいつは静かに立っていた。
薄暗いこの空間で、ただ1つだけの光源である自動販売機の光に照らされたその横顔は、なんだか悲しむような、寂しそうな表情を晒している。
俺が何も言えずに立ち尽くしていると、そいつは思い出したかのように自分の手に握るスポドリに目をやって、それを俺に向けて放物線を描くように投げた。
「それはやるよ。」
スポドリをキャッチした俺に、小林はそう言葉を投げ掛ける。
「……そりゃ、どうも。」
俺はスポドリを一目確認し、小林の元まで歩み寄った。
「……で、さっきのは一体なんだったんだ?」
俺は、余計な言葉は交わさず、小林にそう尋ねる。
さっきの小林と心音のやり取りは、傍目から見ても普通ではなかった。
2人が何について話していたのかは、俺には見当もつかないが、あの険悪な雰囲気からして、あまり仲は良くないのだろう。
「というか、そもそもお前と心音って知り合いだったんだな?」
まず、根本としてそこなのだ。
小林と心音に接点があったなんて、俺との会話の中でもそんな話題は上がらなかったので、微塵も思っていなかった。
「……いや、別に直接的な知り合いって訳じゃない。顔を合わせたのも、多分今日が初めてだ。」
しかし、小林は俺のその言葉を否定する。
小林のその言い方に、少し引っかかるところがあったのだが、俺がそれについて尋ねる前に、小林は再び口を開いた。
「というか、お前こそ、あいつとは一緒に飯を食うくらい仲が良いのか?」
「……まぁ、なんちゃってそれなりには。……てところだな。」
「なんだよ、そのはっきりとしない答えは。」
「いや、俺だって最初の方は仲良くする気なんてサラサラなかったんだって。……なんだけど、別にそこまで拒絶する意味もないんじゃないか。って最近は思い始めてな。」
いや、まぁ、今も、必要以上に仲良しこよししたいとは思っていないがな?
でも、それでも、1健全な男子高校生として、美少女と少しだけでも仲良くしたいと思うのは普通のことだろ?
ましてや、俺みたいなやつはそんな機会なんて滅多に訪れないんだろうし。うん。
俺は誰に言い訳するでもなく、自分に自分でそう言い聞かせる。
そんな俺の様子に、小林は形の良い眉を寄せ、呆れたようにため息を吐いた。
「俺はたまに、お前が分かんねぇよ。」
頭を掻いて、小林はそう言葉を零す。
それが俺の取り柄だからな。と冗談っぽく笑おうと俺は口を開きかけるが、その瞬間。
「……だがな。」
小林の口から聞いたこともないような、黒い感情の籠った何かが、続く言葉と共に吐き出された。
「1つ忠告しておくと……あの女は、お前が思っているよりも、普通じゃない。狂気の沙汰だ。」
「……普通じゃない?それってどういう……」
小林の言っていることの意味がいまいち伝わってこず、俺はそう聞き返すが……
「……俺も詳しくは話せない。いや、話したところで意味が無い。」
小林にそうバッサリと言い切られていまう。
「別に、絶対にあの女と関わるなとは言わない。お前の勝手だ。だが、あいつは危険なやつだということを覚えておけ。」
小林は、極めて感情を押し殺したかのような声でそう語った。
……心音とは直接的な関わりがないと言っていたにも関わらず、どうして小林はそこまで言うのだろうか。
そんな俺の疑問を余所に、今日も昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
「……忠告はしたからな。後はお前が勝手にしろ。」
予鈴のチャイムが鳴ったと同時に、小林はそう呟き、俺に背を向けて、黙って階段を降り始めた。
「……あっ、そうだ。そのスポドリ、今だけ2本ゲットのくじ引きキャンペーンやってるから、ちゃんとラベルに記載されてる当たりハズレ見とけよ。」
最後、小林は顔だけを振り向かせてそう言い放ち、今度こそ、その場を後にする。
……キャンペーン?
俺は、小林に言われた通りスポドリのラベルに目を通した。
……何だこれ?
そのラベルには、当たりハズレの文字などは書かれておらず、本来なら親友の先程の言葉に疑問を覚えるはずだった。
しかし、そのスポドリのラベルには、明らかに上から油性ペンで文字が書き加えられていた。
その文字の内容は……
「……?『襟元にゴミが付いてる』?」
ラベルに丁寧に書かれた黒い文字を、俺は口に出してそう読み上げる。
……??直接言えば良くないか?
俺は、自分の襟を手で払いながら、頭の中を疑問符で埋めつくし、結局小林が何をしたかったのか分からず終いであった。
もちろんこの時、銀髪の少女に付けられた『とある小さな電子機器』を、俺自身の手で払い落としたことは、この先も俺が知ることはなかった。
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