第42話 またの機会に

「先日は危ないところを助けて頂いて本当にありがとうございました……」


「ああ、いや、別に大したことはしていないし、大丈夫そうで良かった。」


…………


「どうお礼を尽くせば良いか、休みの日も考えていたのですが……」


「いやいや、気にすることじゃないって。」


…………


「やっぱり何かお礼を……」


「いや……お礼は本当に大丈夫だから。」


…………


現在、真奈と食堂に来たボクは、目の前で繰り広げられる、せんぱいと真奈の2人のやり取りを無言で眺めていた。


友達と一緒に食堂に行く。とせんぱいに仕掛けた盗聴器から聞こえてきたので、今日は食堂まで赴いて、せんぱいと会うことができ、共に卓を囲んだのだが、正直、ボクは今、全然面白くなかった。


隣に腰掛けている真奈へと目をやるが、ボクの視線に気付かないどころか、なんだか少しだけ、ボクと話す時より楽しそうにしている。


……なんか、真奈だけずるい。


ボクがせんぱいと話すために食堂まで来たのに、これじゃあせんぱいは今、真奈のことしか考えてない。


まるでボクなんて眼中になくて、ボクが蚊帳の外に置いてかれているような気分だ。


……そんなの嫌だ。嫌、許さない。


嫉妬心と似たような感情が働き、ボクは懐から『とある物』を取り出して、周りにいる誰にも悟られないよう、それを真奈の腰あたりに突き立てる。


いきなり横から突き立てられた『それ』の感触に驚いたのか、真奈はビクッと肩を跳ねさせ、恐る恐る自分の腰の位置にある感触を確かめた。


『それ』は、ボクの手の中で妖しく、鋭い輝きを放つ刃物。


ボクの常備しているポケットナイフだ。


もちろん、本気で刺す気は今のところないし、ただの格好だけだけど、真奈なら色々と察してくれるだろう。


「……どうかしたか?」


「え!?あ、いや、あはは。」


冷や汗を流しながら顔を引き攣らせる真奈の様子に、せんぱいは目敏く反応して声を掛けるが、真奈は下手くそな笑みを浮かべながら言葉を濁した。


「……ところでせんぱい、今日はどんな物を食べているんですか?」


そこですかさず、ボクがそう言葉を挟む。


ボクに声をかけられたせんぱいは、少し真奈のことを気にしながらも、ボクの質問に答えた。


「どんな物って……普通に唐揚げだな。」


「2人とも、覚えておけよ。こいつは唐揚げが大好物なんだぜ。特にレモンがあれば尚更だ。」


と、そこで、今までせんぱいの隣でただニヤニヤしていただけの男子生徒が話に割り込んできた。


確か、名前は【小林一茶】とかいったかな。


所謂、イケメンと呼ばれる顔立ちで、ボクの苦手そうなタイプ。


……まぁ、イケメン度合いで言うとせんぱいの足元にも及ばないんだけど。


せんぱいとは纏う雰囲気が全然違うくて、何故この2人の仲が良いのか、純粋に気になるところである。


……それにしても【小林一茶】。彼の偉人を除いても、この名前を昔どこかで聞いたことがあるような気が……


「……お前がなんで勝手に俺の食の好みを話してるんだよ。」


「味噌汁はわかめオンリー、豆腐はギリセーフ。それ以外の具材を味噌汁に入れるのは、黒池的にはアウトらしい。」


「……小林、少し黙れ。」


「サラダはいつも、バカみたいに塩辛くなるまで塩ダレ付けるよな。」


「……そうじゃないと食えないんだ。悪いか?」


……ふーん、そうなんだ。良いこと聞いちゃった。


ボクが少し考えごとをしている内に、いつの間にかせんぱいの食の好みの話になっていたようだ。


少し不貞腐れたかのような表情を浮かべるせんぱいを横目に、これはせんぱいのことをもっと知れる良い機会かもしれないと思い、ボクは更に追い討ちを掛ける。


「せんぱいって、お肉料理で好きなのは唐揚げだけなんですか?」


「……は?いや、別にそういう訳じゃ……」


「実はな、黒池は唐揚げの他にもハンバーグが好きだという説もあるんだ。」


「……おい。」


「しかもチーズインだ!チーズイン!チーズオンでも可だ!」


「……お前、そろそろいい加減にしとけよ?」


「おっと……黒池がピキってる。これ以上は本気で俺の命が危なそうだ。」


「……あはは。」


目の前で繰り広げられる2人の言葉の応酬に、真奈は若干置いてけぼりを食らっているようだ。


……まぁ、真奈はあまり賑やかな雰囲気に慣れ親しんでこなかったし、仕方がないとは思う。


かく言うボクも、あんまり賑やかなのは得意じゃないけど。


せんぱいはチーズハンバーグが好きだという情報を脳に叩き込みながら、ボクは食堂で買ったペペロンチーノを口に運ぶ。


その後も、しばらくは楽しい空気が流れる中で、ボクたちの談笑が続くのだった。


……【小林一茶】の発した『とある発言』から、ボクが違和感を覚えるその時まで。





















「あいつ、一体いきなりどうしたんだ?」


せんぱいが、食堂の出入り口付近へと目線をやりながら、訝しむような声でそう呟く。


先程、【小林一茶】はボクと少し『お話し』し、ボクを警戒した様子でこの場から去って行った。


……まぁ、それも仕方がないことかもしれない。


何せ、誰も知らないはずのを知っている人間に会ったのだから。


……それを言うなら、ボクもあまり知られたくないことを、あの人に知られていたみたいだけど。


けれど、【小林一茶】は、それをせんぱいに話すほど野暮なことはしないだろう。と、ボクは確信する。


そもそも、今のせんぱいに話したところで、せんぱいには何一つとして理解出来ることはない。


せいぜい、ボクとはあまり親しくしない方がいいと注意することくらいだ。


……これからせんぱいと沢山の思い出を作っていこうとしている矢先に、面倒な人が現れた。


流石のボクでも【小林一茶】をことはできない。


「……彼の邪魔が入らないように色々と工作しないと。」


「……?何か言ったか?」


「いえいえ、何も。ところでせんぱい、先程小林先輩に呼ばれていませんでした?ボクたちのことは気にせず行ってください。」


【小林一茶】を追いかけたかったのか、うずうずしていたせんぱいに、ボクはそう声を掛ける。


「……!!そうか、そりゃすまん。ちょっとあいつを追いかけてくる。」


「はい、それではまたお会いしましょう。」


ボクがそう言い終わる前に、せんぱいは背を向けてその場から走り出す。


……むむむ。ちょっと妬いちゃうな。


ボクもいつか、せんぱいにあそこまで追いかけられるような存在になりたいものである。


「……良いの?心音。あれは誰にも知られたくないことなんじゃ……」


そこで、ようやく隣に居た真奈が口を開いた。


横に視線をやると、心配そうな表情を浮かべた真奈の姿が目に映る。


そんな親友の様子に苦笑しながら、ボクはこう言葉を返すのだった。


「大丈夫。彼が『黒猫』に憑かれているうちは、勝手なことはできないだろうから。」


……と。

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