第40話 『白狼』と『黒猫』
「ど、どうぞ良ければこの席使ってください!」
騒々しい食堂の中、突然そう叫んだのは俺と小林の対面に座っていた1年生と思わしき2人組だった。
「え?良いの?」
それはどうやら、先程俺たちの目の前に現れた白雲に向けられた言葉のようで、白雲は少々困惑した様子でそう聞き返す。
「は、はい!もちろん!それでは!」
それに1年生2人は、どこか焦った様子で口早にそう告げ、その場から逃げるように去っていった。
……なんだ?こいつ怖がられてんの?
今の1年生の反応を見るに、善意で席を譲ったということでもないだろう。
学校で女王様ムーブでもかましてんのか?と思ってしまうが、こいつの性格上そんなことはしないような気がする。
「……それじゃ、遠慮なく使わせて貰おうかな。」
席を譲られた当の本人はと言うと、特に気にしている訳でもないのか、「正面失礼しますね。」と俺たちに断りながら手に持っていたお盆をテーブルの上に置いた。
「……真奈?どうしたの?」
やがて席に着いた彼女だが、何やら不思議そうに後ろを振り向く。
それに続いて俺たちもそちらに目を向けると、そこに居たのは……
「……あ、あはは。こんにちは。」
どこか見覚えのある女子生徒だった。
「……」
「……」
「……」
「……」
席に向かい合う4人全員が無言を貫く。
小林と心音に至っては、飯にすら手を付けない。
ここだけ世界から切り離されてしまったのかと錯覚してしまう程に静まり返った空間で、俺の味噌汁を啜る音だけが響き渡る。
すれ違う人々が思わず目を逸らしたくなるほど何とも言えない空間に、俺は今、身を置いていた。
……なんだこれ?めっちゃ気まずいんだが。
ほんの数分前まで和気あいあいとした雰囲気だったというのに、いつからか、お通夜さながらといった空気感に早変わりしていた。
……誰か助けてくれ。という切実な想いを胸に、辺りを見渡すが、誰もこちらには気付いていない。というより、関わらないように視界にすら入れようとしない。
なんだよクソ!と心の中で台パンをかまし、どうしようかと頭を悩ませていたその時だった。
「……そういや聞いた話だが、」
突然、小林が口を開いた。
世間話でもしてこの重苦しい雰囲気をかき消す気だな!と俺は小林に、でかした!と賞賛を送ろうと小林の顔を覗き込むが……小林は、いつになく真剣な面持ちで、正面の心音だけをじっと見つめて語り出す。
「……最近よく山で『狼』を見るって言う友人がいてな、なんでも、その『狼』は群れで行動せずに、いつも1匹で怪しい動きをしているとかなんとかってな。」
と、小林はよく分からないことを口にした。
当然、俺は頭の中に疑問符を浮かべ、何かのなぞなぞか?と呑気なことを考えながら正面に座る美少女2人の様子を見る。
心音は、無表情というか何を考えているのかよく分からない顔を小林に向けており、一方で【藤井真奈】という女子生徒は、何やら瞳を驚愕に染め、見る見るうちに顔を青ざめさせていく。
……??
2人の反応で、余計に意味が分からなくなった俺は、どういうことか小林に尋ねようと口を開きかけたが……
「……へぇ、そうなんですね……そういえば私も小耳に挟んだ程度ですが、最近よく、近くの海岸で『黒猫』を見るという話がありましてね。なんでも、その『黒猫』は人に飛び付いて人を襲うらしいですよ。恐しいですね、最近の野良猫は。」
と、今度は心音が、小林に似たり寄ったりな変なことを言葉にした。
それを聞いて、小林の表情がより険しいものとなる。
心音も、やんわりと微笑みを浮かべてはいるが、目は全く笑っていない。
2人の間で交わされる不思議なやり取りを、横から緊張した面持ちで見守る藤井真奈は、何となく状況を掴めているようだった。
しかし……俺は今、目の前で行われていることが何なのか、全くもって理解できていない。
とりあえず、小林と心音はあまり仲が良くなさそうなことだけは分かった。
先程よりも、もっとややこしくなりつつあるこの場をどうしようかと悩んでいたところ、小林が静かに席を立った。
「……小林?」
俺は、小林のその突然の行動に疑問の声を漏らすが、小林は俺の方を一瞥すると、静かにこう呟いた。
「……ここじゃ、ちょっと面倒くさい。後で屋上まで来てくれ。」
何が面倒くさいのだろうか。疑問に思った俺だったが、有無を言わさず小林はその場から立ち去る。
食堂から出ていく最後、こちらをチラリと伺った小林は、キッ!と睨むようにその目を細める。
それは、今も綺麗な微笑みを浮かべる心音に向けられたものなのだろうか。
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