第26話 繋がり
「おい黒池!お前、昼休憩どこ行ってたんだよ!」
「……どっか。」
「白雲さんも昼休憩の時にどっか行ってたらしいぞ!」
「へぇー、そうなんだ。」
「白状しろよ!2人で会ってたんだろ!」
「さぁな……」
5限目終わりの休み時間、俺はまたもや教室にいる男子諸君らに質問攻めパーリーに遭っていた。
もう、こいつらに何を言っても通じないことは分かっているので、俺も
必死になって弁明すればするだけ、逆効果なことが分かったからである。
「ちゃんと答えろよ!」
「……そんなことより、次の数学の授業に小テストがあるから復習しておいた方が良いんじゃねえか。」
「はぁ?露骨に話を変えようとすんなよ!」
「……はいはい。」
……そもそも俺はこいつらと会話している気なんて一切無かったが。
俺は、抑揚のない声で飛び交う言葉全てを叩き落とす。
それでも尚引き下がらないのだから、ここまでくれば、そのしつこさぶりにも脱帽を禁じ得ない。
どうかその執念を、違うところで発揮して頂きたいところである。
そんなことを考えながら、数学の教科書に目を通していると、突如教室の扉が開かれる。
同時に、学校中にチャイムの音が鳴り響いた。
皆が急いで自席へと向かう中、6限目の始まりと共に、扉の向こうから現れたのは男性教師。
しかし、次の授業を担当する先生ではない。
皆、不思議に思い、ドカドカと足を踏み鳴らしながら教壇の元へと向かう教師の動向を見守っていた。
やがて、教壇の前に立つや否や、周囲から一身に注目を集めた先生は口を開いた。
「このクラスの6限目の授業である数学科を担当されている【
壇上の先生がそう言った瞬間、とある生徒が声を上げる。
「え〜!隆二先生休みなんすか?何でなんすか?」
先生は、その声のした方向に目を向け、深刻な面持ちで語り出した。
「どうやら昨日の夜に、頭を強く打って怪我をしたらしい。医者からもしばらく安静にとのことだ。」
「頭の怪我すか?そりゃ大変っすね……」
質問した生徒は、先生の説明に思案げな顔で呟く。
【前田隆二】先生。
数学科の先生であり、歳もまだ若く、生徒からの人望も厚い。
頭の固い保守派の中年教師が多いこの学校で、随一の柔軟な思考をしており、生徒たちにも砕けた態度で接し、親しみ易さで言えばこの学校で群を抜いている。
俺も1度、屋上へ上がる時に前田先生に見つかったことがあったが、一応の注意を受けただけで見逃してくれたっけな。
この学校で唯一俺の信用を置いている先生だが、今日は怪我で休みらしい。
いつも大変そうにしているから注意散漫にでもなっていたのだろうか。
……教師も色々あるんだなぁ。
小テストがなくなってラッキーだとか、前田先生大丈夫なのかとか、周囲から色々な声が聞こえてくる中、俺は1人机に突っ伏すのだった。
「なぁ、黒池。お前部活とか入らねぇの?」
現在、全ての授業が終わり、教室からそそくさと出てきたところで、後ろから小林にそう声をかけられた。
「……今のところは考えてない。」
教室にいる男子の視線がこちらを向く前に、さっさとその場から歩き出す。
小林は、俺の返答に納得のいっていなさそうな表情で、後に続いた。
「お前さ、青春したいとかほざく割にはそういうことしないよな。」
「……ほっとけ。」
「部活とか青春の最たる例だぞ?」
「……」
部活に所属している小林が言うのだから、そうなのだろう。
ただ、俺はあの熱気的な雰囲気というか空気というか、集団で何かをしようというのが苦手なのだ。
「なんか、お前って何に対しても食わず嫌いが多いけど、お前みたいなやつはやってみたら案外直ぐに馴染めるもんだと思うけど。」
「それは……どうだろうな。」
「それに、部活って何も運動部だけじゃなくて文化部とかもあるわけだし。」
と、何故か熱心に部活を勧めてくる小林。
……俺がこの学校で生きやすいように、こいつなりに色々考えてくれているのだろうか。
もしそうなら、適当にこいつの言葉を聞き流すことはできない。
それもそうで、俺と違って小林には、友達と呼べる人間が沢山いる。
ここ最近はよく俺とつるみに来るが、本来なら俺なんかに時間を使っていいほど暇なやつではないのだ。
今日だって、昼休みは部活の後輩の子と約束していたと言っていたが、わざわざそれを断ってまで屋上に来た。
きっと、色々な生徒から質問攻めに遭う俺を見て、心配してくれたのだろう。
「……まぁ、考えとく。」
「本当か?部活入ったら俺に真っ先に言えよ?」
……お前は俺のおかんか。
そう心の中でツッコミながらも、きっと俺のことを思っての発言だろうから、ここは素直に頷いておくことにした。
「……分かった。」
そんなこんなで、本校舎1階の昇降口へと移動する。
「じゃ、俺部活だから。」
やがて、小林は軽い調子でそう言うと、体育館の方へと足を向けた。
「おう、じゃあまた明日。」
「……明日は土曜日だぞ。俺たち休日に一緒にお出かけするような仲じゃねぇだろ。」
小林はハッと鼻を鳴らし、俺にそう言い残すと、そのまま去って行った。
……あれ?そうだっけ?
1人残された俺は首を捻り、携帯を取り出して現在の日時曜日を確認する。
……確かに金曜日だ。
どうやら最近は色々あって、曜日感覚を失っていたらしい。
これまで、特に刺激のない灰色の日々を送ってきた俺にとって、曜日なんて週末以外は大して関係が無かったので、当然と言えば当然である。
「……本当に退屈なやつだな。」
改めて己の何も無さを感じ、自嘲の笑みを浮かべながら、そう呟く。
昇降口から出て、校門を通り、帰路に着く。
……明日は何しようか。
きっと明日もどこかでは、生徒同士で集まって遊んだりする人たちもいるのだろう。
何もそれが羨ましいという訳では無いが、楽しそうだなと思う。
そんなことを感じながら、1人でしばらく歩いていると、ふと目の先に、見覚えのある背中が見えた。
夕陽に照らされた道の先、とある公園の入口付近に、腰まで伸ばした銀髪を揺らす少女が膝を屈ませ、座り込んでいた。
……あいつ、今日は1人なんだな。
別に、誰かと一緒にいる所を見た訳じゃ無いが、学校ではかなりの有名人なので、いつでも友達に囲まれているイメージがあった。
……それにしても、あんなところで何をしているのだろうか。
公園の入口付近でじっと動かない背中を見つめながら、心中でそう声を漏らす。
不思議には思ったが、彼女の姿を見ていると、やがて先程とは違う考えが頭に浮かび上がる。
……そういや、今日学校で男子陣から質問攻めに遭った原因はあいつなんだった。
そう思い出したその時、昼に交わした小林との会話がフラッシュバックした。
『なら1回マジであの子と付き合っちまえば?』
……なるほど、告白か。
……やってみるか?
そう考えた俺は、彼女の方へと足を向け、声を掛けていた。
「えーと、白雲?」
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