第25話 護るもの
旧校舎の音楽室でのいざこざの後、丁度予鈴が鳴ったので、飯田先輩を1人教室に帰らせ、倒れている3人はそのまま放置という形で、ボクは部屋から退出した。
『少量の麻酔だったので、あと1時間もすれば目覚めると思います。』というのは、ボクを守ってくれた護衛の方の談である。
眠らせちゃったせいで、今から始まる授業には出席できないだろうけど、先に暴力振るおうとしてきたのは向こうだし、飯田先輩以外は、普段から碌に授業を受けていないらしいので、今更だろう。
そんなことを考えながら、本校舎に戻るために薄暗い廊下を進んでいると、不意に奥の方から人の話し声が聞こえてきた。
……?
こんな時間に、こんな場所で人が話しているとは思えず、ボクは話し声のした方向へ足を向け、声の出処を確かめようとそちらへと歩を進める。
やがて、屋上へと上がるための階段を目前にした時、同時に生徒2人の姿を視認した。
片方は女子で、もう片方は男子。
先に女子の顔を確認したボクは、その見覚えのある顔に驚きながらも、怪訝な面持ちで、ある人名を呟いていた。
「……真奈?」
光の入りにくい旧校舎の廊下でも、はっきりとその顔を認識できたのは、彼女との長年の付き合い故か、その女子とはボクの友達である【藤井真奈】その人であった。
自然と、男子生徒の方にもボクの目は行くが、生憎そちらの男子生徒には一切の覚えが無かったので、再び真奈へと視線を向ける。
……怯えてる?
ボクは、後ろから男子生徒に肩を掴まれて何事かを囁かれている真奈の顔を観察する。
……そう言えば2日前、ボクも男に肩を掴まれて無理矢理なにかされそうになっていた。
もしかして真奈も……
その考えに至った瞬間、真奈の肩を掴んでいた男が、ハッキリとボクの元にも聞こえるくらいの声量で言葉を言い放った。
「……それくらいしか、脳がなさそうなくせに。」
プツンッ。
男のその言葉が耳に入ったその時、ボクの頭の中でやけにハッキリと何かが切れる音が響いた。
同時に何故か、心の奥底でフツフツと怒りが沸き上がる。
……?なんでボクはこんなにも怒ってるんだろ。
自分が言われた訳でも無いし、聞こえてきたあの言葉だけでは、全体の文脈は見えてこないのに、
沸き上がる怒りの感情は、一向に収まる気配を見せない。
再び現場へと目を向けると、真奈はその男の言葉で、泣きそうな顔を悲痛に歪ませた。
まるで、過去のトラウマを抉られたかのように……
そう感じたその瞬間、ボクの体は自然と動いていた。
顔から表情という表情を消し、何者かに取り憑かれたかのように、自分の意志とは関係なく、足を1歩ずつ踏み出す。
やがて、柱の陰から出て、階段下に辿り着こうかというその時、全く別のところからその声は聞こえてくるのだった。
「おい……お前、なにやってんだ。」
「……クソが、覚えてやがれ。」
そう誰にも聞こえないように小さく呟きながら、柱の陰に居たボクの存在に気付かずに、真横を走り去って行った男をボクは目で追う。
いきなり第3者が現れたことに焦った男は、急いでその場から去って行ったのだ。
「……すれ違いざまにしっかりと顔は覚えたので、次に遇う時が楽しみですね。」
ボクは、ほくそ笑みながら、誰に言うでもなくそう呟いていると、その途中ではたと気付く。
……あれ?今一瞬、昔の口調に戻ってた?
意識して口調を変えたわけではなく、何故か、独り言で口調を変えた自分に驚く。
ボクは、少し前まで誰に対しても話す時に『ですます』を付けていたので、自然と独り言も『ですます』を付けることが癖になっていた。
最近になってそれもなくなったのに……
そんなことを考えながら、ボクは、先程まで真奈が迫られていた現場へと目を向ける。
そこには、真奈を除いて新たに2人の男子生徒の姿があった。
しかも、そのうちの1人は、ボクが好意を抱いているせんぱい。
きっと、屋上から教室へと戻る途中で先程の現場に遭遇したのだろう。
その場にへたりと力なく座り込んだ真奈に、少し微笑みながら飲み物を手渡している姿が目に映る。
それを見て、面白くないのがボクだ。
むぅ……ズルい。真奈だけズルい。
彼の微笑んだ顔は、未だボクに向けられたことが無い。
しかも、彼から飲み物を手渡しなんて……そんなの卑怯だ。ズルい。
……ボクも欲しい。物は要らないから、せめてボクにもその笑みを向けて欲しい。
胸の底から沸きあがる感情が爆発しそうになる。
どんどんと膨らむ嫉妬心に、意識を支配されそうになる。
……けど、その前にあっちの男だ。
ボクは息を吐きながら、真奈に迫っていた男が逃げ去った方向へと目を向ける。
全くボクには関係のない相手のはずなのに、何故かあの男に対しての怒りが未だに収まらない。
ボクは携帯を取り出し、とある相手にメールを送る。
その後、何故かせんぱいともう1人の先輩が慌てた様子でその場から走り去って行くのが見えた。
呆然とその様子を見送る真奈を横目に、ボクもその場から身を翻す。
……せんぱいに助けられたからって、変な気を起こさないようにって後で真奈に伝えとかなきゃ。
歩を進めながら、そんなことを考えていたその時、5限目の始まりを告げるチャイムが鳴る。
……もし真奈が彼に色目なんて使ったら、ボクがどうなっちゃうか分からないし。
真奈は大切な友達なんだから、ボクに手を下させないでね?
最後に心の中でそう言い残し、ボクは再び、音楽室の方へと足を向かわせるのだった。
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