第24話 内緒話

またまた時が遡って、昼休み入りたての時間。


屋上では1人の少年が頭を抱え、とある廊下では1人の少女が暇を持て余しているそんな時。


いつも一緒にいる友達に、今日の昼は予定があると伝えたボクは、人気のない薄暗い旧校舎まで赴き、今は使われていない音楽室の1席に腰を下ろしていた。


ひとえに、とある人達と待ち合わせをしている為である。


待ち合わせ相手はナンパ失敗男もとい、飯田先輩率いる3年生の先輩方。


昨日の夜、せんぱいの制服の襟元に付けた盗聴器から発せられる信号を受信し、聞こえてくる音を楽しんでいると、不意に携帯にメールが入った。


メールの差出人は【飯田正人】。


その差出人の名前で、その日の昼休みに3年生の先輩を彼に喧嘩へと向かわせたことを思い出したボクは、届いたメッセージを開いた。


内容は、『明日の昼休みに旧校舎の音楽室まで1人で来て欲しい。』との事だった。


面倒だなと思ったボクだったが、一応学校では物静かな後輩として名が通っているため、特に予定も無かったボクは、足を運ばない訳にはいかなかった。


……今思えば、適当な理由を作って断ることもできたのに。


まぁ、来てしまった分にはさっさと終わらせて帰ればいいか。


そんな風に考えながら、暇すぎてうたた寝しそうになる目を擦っていると、ガラガラッ!と音楽室の扉が勢いよく開け放たれた。


そちらに目を向けると、そこには予想していた通り、飯田先輩が率いる3年生が4人居たのだが、先頭の飯田先輩がドカドカと足を力強く踏み鳴らし、あっという間にボクとの距離を詰めると、いきなりボクの両肩を掴んできた。


……??


流石のボクも、この先輩の突飛な行動には驚きを隠せずにいたが、ある1つの予想が頭を過ぎる。


次の瞬間、飯田先輩はボクの顔の目の前で叫んだ。


「あの噂って本当なのか!?」


……やっぱり。


ボクが頭の中で描いた予想を肯定するかのような先輩の言葉に、ボクは落ち着きを取り戻す。


ここで、一芝居して噂を否定しても良いのだが、正直言って、これ以上この先輩たちと関わるつもりも無いのでボクは、両肩を掴んでくる先輩の手を払い除け、極力冷えた声で先輩たちに言い放った。


「だったら何ですか?」


ボクのその行動と言葉に今度は目の前の男が驚愕した。


まぁ、確かにボクは普段学校ではこんなに乱暴はしないから、当たり前と言えば当たり前だ。


「じゃ、じゃあ昨日のやつは何だったんだ!?」


『昨日のやつ』とは、ボクが一昨日頼んだ喧嘩のことで間違いない。


ボクは一昨日、この先輩たちに泣きつくように彼に喧嘩を吹っ掛けさせることができたので、あの時の喧嘩にはどういう意味があったのか教えろということだろう。


……けど、別に教える必要はない。


頭でそう考え、そのことを口にする。


「それはもう気にしなくて良いです。確かめたいことは確かめられたので。」


「……確かめたいこと?どういうことだ!?」


……質問が多いなぁ。


一言余計に言っちゃったかもしれないと思った直後に、そこを突っ込んでくる。


早く帰りたいという気持ちが強くなってきたボクは、色々面倒になって、はぁ、とため息を吐いた後、ニコリと微笑みを浮かべ、この場にいる3年生の先輩方全員に聞こえるように言った。


「とりあえず、2年生の後輩に負けるような弱いあなた方は、もう用済みということです。」


一瞬、その場の時が止まる。


最初、先輩方は自分たちが何を言われたのか理解できないといった表情をしていたが、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていき、次の瞬間、爆発した。


「さっきから黙って聞いてりゃ、好き放題言ってくれるじゃねぇかこのアマッ!」


「顔がちょっと整ってるからって調子こいてんじゃねぇぞこのガキがッ!」


「もう我慢ならねぇ、おい飯田!4人ならいけんだろ!そこのガキに分からせてやんぞッ!」


特に、飯田先輩を除く3人は、今にもボクに掴みかかって来そうな勢いで、怒り狂っていた。


そんな先輩方に、ボクは再び言葉をかける。


「できるものなら、口だけじゃなくて実際にやってみればどうですか?」


再度止まる時間。


しかし、今回は先程よりも早くボクの言った言葉を飲み込めたようで、一瞬後には、飯田先輩の後ろに控えていた先輩3人は、ボク目掛けて走り出していた。


「「「このガキがッ!!!」」」


一斉に振り下ろされる3つの拳。


しかし……


その拳がボクに当たることは無かった。


代わりに、計3つの体がバタンッと音を立てて、その場に倒れ伏す。


「……は?」


その呟きは、その光景を一部始終見ていた飯田先輩のものであり、彼の目には、ボクとその周りを取り囲む、4つの影が見えているはずである。


「……知りませんでしたか?ボクの家は結構お金持ちで、用心棒なんて雇えちゃうんです。」


ボクがそう言いながら左腕を上げると、4つの影はスっと消えるようにその場から姿を消した。


「……は、は?」


未だ状況を掴めずにいる飯田先輩にボクは構わず、倒れた3人の先輩のうちの1人に近付く。


「大丈夫です。首元に麻酔針撃ち込んだだけですから、命に別状は無いです。」


麻酔の量も大したこと無いです。と付け足しながら、ボクは飯田先輩に向き直り、彼が気になっているであろうことを告げた。


「1人で来いとは言われましたが、予め護衛を配置してはいけないとまでは、言われてませんでしたので。」


「ふ、不法侵入じゃん。」


「いえ、さっきの護衛の方たちは、皆実際にこの学校で働いてますよ?」


例えば、清掃員や教師。


本職はボクの護衛だけど、ボクのこの学校への入学が決まったその日から、予め学校に潜入してもらっていたのだ。


「だ、だからって、他の生徒に危害を加えるなんて……狂ってる。何でそんなことを。」


……先に危害を加えてこようとしたのはあなた方なんですけど。と心の中で呟きながら、飯田先輩の呟きに回答する。


「何でってそれは……」


今日もきっと屋上に居るだろう彼のことを思い出し、頬を緩めながらボクは告げた。


「……どうしても、手に入れたいものがあるからです。」


その回答に、より一層困惑の色を強める目の前の先輩。


「なので……」


そんな彼に近付き、彼の唇に人差し指を添えながら、耳元でボクは囁いた。


「このことは、誰にもシーですよ?」

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