第23話 再び
小林と屋上で言葉を交わし合ったあの後、予鈴が鳴ったので2人で急いで教室へ戻ろうと、屋上の扉を開けて、階段を駆け降りていたその時、
俺は、ある男女2人を視線の隅に捉えて、思わず足を止めてしまっていた。
「てっ、おい!黒池!」
俺のすぐ後ろを走っていた小林は、俺の急な停止に慌てたように叫ぶ。
それに構わず、俺はその視界に映った男女へと視線を向けていた。
遠目からでも分かる通り、男の方はそれなりのイケメン、そして女の方はそれなりの可愛い女の子。
「……」
やばい、既視感しかない。
ここ最近で、いったいどれほど思い出したか2日前。
屋上の扉前で、白雲が告白されていた場面に出くわした時のことだ。
今回は、俺が階段の上でナンパ現場が下と、場所は多少違えど、状況はほぼ同じ。
男の方が、女の肩を掴んでいるところなんて、そっくりそのまま再現されている。
なんて言うか……面倒くさそうだな。
この状況の中、俺はそんな感想を抱きながら、今回は厄介なことに巻き込まれないように、別の道から教室へ戻ろうと回れ右をしたのだが……
「あれ?あいつ、藤井か?」
小林が何かに気付いたように俺を押し退けて、階段下を見る。
「……知り合いか?」
「今日、昼飯の約束してた後輩の女の子。」
俺は、小林からの返答を聞きながら再び、階段下で繰り広げられているナンパ現場に目を向ける。
女子生徒が、後ろから抱き締められようとしている様は、見方によれば、カップル成立として見ることができたかもしれない。
……しかし、女の子の方、怯え方が尋常じゃないな。
それでも、どうしてもカップル成立現場に見えないのは、女子生徒の方が、この世の終わりを見ているかのような表情をしていたからであろう。
まるで、男にトラウマを見ているかのような。
「ただのナンパ……って訳じゃなさそうだよな?止めにいかないと。」
それにただならぬ雰囲気を察したのか、持ち前のイケメンっぷりを発動しようとする小林。
「……待て。」
こいつをイケメンたらしめているのは、こういうところだよなと感心しながらも、俺は小林に待ったをかけた。
「なんだよ。だべってる場合じゃないだろ?なんだかヤバそうな雰囲気だし、今すぐにでも止めに行かないと。」
「……それは分かってるけど、それなら俺が行く。」
「はぁ?どういうことだ?そもそもさっきお前、逃げようとしてたじゃねぇか。」
小林は、俺の言っていることを理解できないといった様子で困惑する。
それもそうだ。
さっきまで関わろうとしていなかったやつが、いきなり俺が代わりに止めてくるなんて言い出すものだから当然だろう。
ただ、これにはちゃんとした理由がある。
と言うのも、あの女子生徒の方は全然知らないが、ナンパ男の方は、俺は割と結構知っているのだ。
最近はマシになったが少し前、俺は学校1の巨漢である【鬼塚剛】に、場所を問わず付け狙われていた時があった。
その度に返り討ちにしていたという話をこの前したと思うが、鬼塚は俺の前に現れる時、必ず人を数名引き連れて来るのだ。
連れてくるやつは、いつも少し変わるのだが、その数名の中に必ず毎回入っている男がいた。
その男こそ、今目下でナンパしている男なのだ。
確かあの男は1年生で、鬼塚とかなり仲良くしていた覚えがあるので、あの男が小林にナンパを止められて、その話を鬼塚にされたら、子分思いの鬼塚は十中八九小林を狙う。
前々から小林は、鬼塚と喧嘩してみたいと言っていたが、実際にそれが起こってしまうと、両者とも相手が動かなくなるまで喧嘩し続けそうな性格をしているのでそれはどうしても避けたい。
それなら、今更癇癪を買うもクソもない俺が止めに行った方が賢明だろう。
という説明を今、小林にしている時間は無さそうなので、「事情は後で。」と言い放ち、俺は階段を駆け降りる。
「はぁ?ちょっ、おい。」
後ろから小林の慌てたような声が聞こえるが、それを無視し、一直線にナンパ現場へと直行する。
……あんな無理やり迫るような真似して、一体なにが楽しいんだろ。
目下で行われていることを見ながら、俺は疑問を抱く。
純粋な青春を楽しみたい俺は、こういう輩がしていることの意味が分からない。
まるで、ラブコメにでてくるヤンデレというやつみたいだ。
相手の為、相手に尽くしたい。なんて口では言っておきながら、結局自分のことしか考えていないだけじゃないか。
相手に一方的に愛を押し付けて、相手を縛って、相手の自由すらも奪う。
好かれた側としては、とんだ迷惑な話だ。
……まぁ、今は別にどうでもいいか。
「おい。」
やがて俺は、男女2人の目の前に立ち、いきなりの第3者登場に驚愕する男へと言葉を発するのだった。
「お前、なにやってんだ。」
「お、お前は……」
女子生徒へ掴みかかっていた手はダラりと下げられ、絶望の眼差しで見上げる男の視線の先には俺がいる。
「……1年。悪いことは言わないからさっさと教室に戻れ。」
少し語気を強めてそう言い放つと、男は頬を引き攣らせ、そして逃げるようにその場から走り去って行った。
……まぁ、目の前で鬼塚がぶっ倒されるところを何回も見ていたら、そりゃ逆らう気も失せるわな。
少し拍子抜けだったが、まぁ結果オーライということで良いだろう。
俺がナンパを邪魔した。と1年が鬼塚にチクったところで、俺なら大した問題でもない。
そんなこんなで、女の子の安否確認をしようと少女に目を向けたところ、もう既に小林が安否を問うている姿が目に映った。
「藤井。大丈夫か?」
「えっ?先輩?どうしてここに……」
その場に座り込んだ少女の様子は、先程までガタガタと震えていた体も、落ち着きを見せ、顔色も段々と生気を取り戻しつつあるようだった。
「なぁ小林、お前に貰ったスポドリ、その子にあげても良いか?」
「お前に買ったつもりは無いが、あげてくれ。」
……やっぱり後で俺に払わすつもりだったのかよ。
心中でそう呟きながら、女の子にスポドリを手渡す。
「あ、ありがとうございます。」
そう言って、力なく笑いながら俺からスポドリを受け取る少女。
……この子、近くで見ると可愛いな。
さっきまで遠目で確認していただけなので、顔が整ってるなぁ。くらいしか感想は無かったが、こうして近くで見てみると、白雲に負けずとも劣らない容姿をしていた。
……うん。付き合うならこういう子が理想だな。
「いや、これは小林の金だから礼なら小林に言ってくれ。」
そんな、失礼なことを頭の中で考えながらそう言うと、少女は少し焦ったように手を振り、俺の言葉を訂正する。
「あ、それもそうなんですけど、その……さっき助けて頂いたことです。」
「……あー。」
そう言えばそうだった。
白雲の時は、ただ単純に屋上に行きたかったから成り行きで助けたみたいな形になっていたが、今回は、この子を助けるという目的で動いたので、お礼を言われるということは確かに当然だ。
「……まぁ、そのことに関しては俺がしたかっただけだから別に良いよ。」
実際には、俺は一切関わろうとしていなかったが、小林が鬼塚たちに付け狙われるようになったら面倒なので、俺が代わりに動いただけなんだが……
『お前、逃げようとしてたじゃねぇか。』と言わんばかりの小林の表情から目を背け、俺はそう言葉を零す。
「そ、そうは言っても何かお礼を……」
その時、少女は今の俺にとって禁忌である言葉を発しようとしていた。
「とりあえず!何も無くて良かったね!そんなことより早く教室に戻ろうぜ!予鈴が鳴ってしばらく経ったし、もうそろそろ授業始まっちまうぞ!じゃあ解散!!」
少女が、禁忌の言葉を言い終える前に、俺は言葉を捲し立て、その場から背を向けて走り出す。
女性の口から、『お礼』という言葉をここ最近でどれだけ聞いたかはもう数えてもないが、その『お礼』が長引いたせいで、俺が今どれだけ学校で大変な目に遭っているかというのは、もう言葉にしなくても良いだろう。
「おい!黒池!?」
小林も、俺の突飛な行動に驚きつつも、少女に短く別れを告げると、俺の後に続くように走り出す。
「……」
いきなりの急展開に追い付けず、1人残された少女は、長らくポカンと口を開けていたが、やがて顔を薄く赤に染めて俯かせ、小さく言葉を呟くのだった。
「……あんな助けられ方したら、誰だって惚れちゃうよ。」
その呟きは、5限目の始まりと同時に鳴り響くチャイムの音に掻き消されたが、少女の頭の中では、しっかりとその声が響いていた。
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