第22話 いつも

少し時が遡って、昼休み入りたての時間。


屋上では、1人の少年が頭を抱えているそんな時。


先程、昼ごはんの約束をしていた部活の先輩から急遽キャンセルを食らった私は、1人食堂へと赴いていた。


『親友の命を救ってくる。』とか何とか言って走って行ったけど、よく分からない。


まぁ、約束を自分勝手に破るような先輩じゃないことは私も知っているので、言いにくい何かがあったのだろう。


……心音も今日は用事があるとか言ってたし。


いつもなら一緒にいる銀髪碧眼の友人の顔を思い浮かべながら、私は廊下を歩く。


あの子と一緒にいると、周囲から凄まじいほど視線を感じるので、たまにはこうやって人目を気にせずにのんびりできるのは、私としてもありがたい。


……とは言うものの、1人になったからって別にやりたいことがある訳じゃないけど。


先輩にフラれて、特に予定もなくなった私は、久しぶりに訪れた自由に身を持て余していた。


……たまには他クラスの友達とつるみにいこうかな。


心音と関わるようになってから、あの子とセットとして見られるようになってしまって、すっかり関わる機会の減ってしまった仲の良い友達もいる。


あの子とセットに見られることは、別に嫌な訳じゃないけど、もしかしたらそのせいで私に声をかけにくいって思ってる人がいるのかもしれない。


「藤井さん。」


そんなことを考えながら廊下を歩いていると、不意に後ろから肩を叩かれ、声をかけられる。


「ん?」


振り向くとそこには、最近流行りの韓国風の髪型とやらをした、イケメンの男子生徒が私を見下ろす形で立っていた。


「……今日は白雲さんは一緒じゃないんだね。」


ふと、今は誰も居ない私の右隣を見つめながら、目の前の男子生徒は、そう言葉を零す。


「あー、なんか用事があるみたいでね。心音に用なら私からあの子に伝えとこうか?」


「いや、大丈夫。白雲さんじゃなくて、君に用があったんだ。」


「んー?私?」


私のこととなると、正直言って話したことの無い男子に呼び止められる意味が分からなかったので首を捻る。


男子生徒は、私のその様子に苦笑しながら、キョロキョロと辺りを見渡すと、再び私の肩に手を置いて、私の耳元で囁くかのように呟いた。


「ここじゃ言いにくいことだからとりあえずさ、もし時間があるんならちょっと着いて来てくれないかな。」


顔を離しながら笑いかけてくる男子生徒。


……うーん、こういう人ちょっと苦手だなぁ。

心音が男性を好きじゃない理由がちょっと分かったかも。


心中でそう呟きながら私は、良いよ。と返事を返すのだった。


























「付き合ってくれね?」


「……うーん。」


……やっぱりか〜。


私は今、告白されていた。


場所は本館とは別の旧校舎。


常に薄暗い雰囲気が漂う廊下。


屋上へと続く階段の下で、そのやり取りは行われていた。


こんな時間に、誰も通らないような場所に連れてこられたら、基本的にはカツアゲか告白かのどっちかしか思い浮かばないので、薄々勘づいてはいたけど……


「俺、バイトしてるからなんか欲しい物とかあったら、言ってくれれば買ってあげられるよ?」


「……うーんと。」


……なんか、そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ。


そもそも、私はこの人のこと名前も知らないし、当然どんな人かも知らない。


「ごめんね。私、他に好きな人がいるんだ〜。」


とりあえず、その告白を便利な断り文句で拒否する。


どうでもいいことかもしれないが、私はあまり一目惚れというやつは好きじゃない。


人とは中身が重要だと、私は思っていたりする。


外見だけで人を判断し、内面も知らないでその人を好きになったりするのは、逆に相手に失礼だと感じるからだ。


まぁ、別にイケメンが嫌いな訳じゃないし、この人とも友達からとかでやって行けば……


そんなことを考えながら、目の前の男子の様子を伺っていると、その生徒は不意にため息を吐いた。


「……じゃあ、いくら?」


……?何が?


「うん?」


私はその男子生徒の呟きに首を傾げていると、目の前の彼は苛立ったように顔を上げて言葉を吐いた。


「だから、1発いくらでヤラせてくれんの?」


「えぇ!?そ、それって……」


流石の私もこの発言には驚いた。


気付けば、目の前の男子生徒の表情は、優しさの欠片も感じ取れないようなものになっていた。


「いいって、そういう鈍感アピール。俺の言ってること分かってんだろ?だったらさっさといくら払えばいいか言えよ。」


……こ、この人、俗に言うクズ男というやつなのでは。


頭でそんなことを考えながら、言葉を返す。


「そ、そういうのは良くないと思うよ!やっぱりちゃんとお付き合いしてから……」


「何、お前?俺の気が変わらないうちに金額言えよ。金払ってやるって言ってんだぞ。」


「いや、だから……」


再び言葉を続けようと口を開いたその時、


キーンコーンカーンコーン。


昼休み終了の5分前を知らせる予鈴が鳴った。


「……予鈴鳴ったし、とりあえず教室戻ろうよ。」


今日あったことは誰にも言わないから。


と、言い残してその場を後にしようと男子生徒に背中を向ける。


その瞬間、後ろから凄い勢いで両の肩を掴まれた。


「!?」


驚愕しながら振り向くと、そこに居たのは……


「……ッ」


過去の誰かの影だった。


『……なぁ、別に良いだろ?』


影は言う。


「……どうせ今までも色んな男に貢がせて又開いてきたんだろ?なぁ?今更だろ。」


男の言葉に、否定しようと喉を必死に震わせる。


その場から離れようと必死に膝に力を入れる。


「……そ、そ、んなこ、と」


けれど、何故か、どうしても発する声は言葉にならず、足もその場から1歩も動かなかった。


肩を掴む手には力が籠り、痛いくらいに指を食い込ませてくる。


『減るもんじゃねぇだろ?』


過去の記憶が、私の耳に纏わり付く。


「やめ、て。」


「はぁ?やめて?何言ってんだ?」


『……それくらいしか脳がなさそうなくせに。」


……あ。


その声は、その影は、その記憶は、すべて……


「なんだよ?だんまりになっちまって。やっぱり色んな男と寝たんだろ?大丈夫。今日は俺が相手になって……」


「おい。」


影が再び、私に覆いかぶさろうとしたその時、誰かの声が、暗がりの隙間から差し込んだ。


影は驚きを顕にし、声の方へと視線を向ける。


そこにはいつも……


「お前、なにやってんだ。」

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