第21話 深い関係

そんなこんなでやってきた昼休み。


俺は教室から逃げ出すようにその場を離れ、足早に屋上へと向かう。


その間も俺の顔を見ては、ヒソヒソと口を寄せ合う生徒たちの姿が目に映るが、気にせず、すぐさま通り過ぎる。


やがて、屋上へと続く階段を上り終え、目の前の屋上に面す扉を開けた。


……誰も居ないな。


目前に広がる開放的な空間を、素早く視線でひと舐めし、人の気配がないことを確認する。


普段から誰かが来るような場所でもないが、稀にカップルがここで昼食を食べていたりすることもあるのだ。


「……はぁ、何でこんなことに。」


俺は、屋上の端まで行き、落下防止用の柵にもたれ掛かりながらその場に座り込んだ。


……だいたい、最近の若いヤツらは男女で一緒にいるだけで付き合ってるだとか、恋人だとか騒ぎたてるヤツらばかりだ。


うんざりする。


そんな変な憶測でものを喋って、いったい誰が得をするのだろうか。


俺が頭を抱えながらそう唸っていると、不意に、屋上の扉の開く音が周囲に響いた。


顔を上げると、そこに居たのは……


「……今日は部活の後輩とランチタイムとか言ってなかったか?」


「いや、お前の様子が気になったから、今日は止めにした。」


またしても小林だった。


その手には、スポドリが2本携えられており、スポーツマン系のイケメンな小林には、よく似合った姿だった。


「……それはそれは、ご心配をおかけしてしまったようで、大変申し訳ございませんなぁ。」


「ホントだぞ?頭がおかしくなって、教室から出た勢いで、屋上から飛び降りるのかと思った。」


そう冗談っぽく笑いながら、小林は持っていた2本のスポドリのうちの1本を放物線を描くように俺に投げ、すぐ隣まで移動してきた。


「残念だが、俺はそこまで豆腐メンタルでやってない。」


「分かってるって、俺ら親友だぜ?お前のことはよく知ってる。」


そう言いながら、小林は俺の隣に腰を下ろし、手にしていたスポドリを開けてゴクゴクと飲み始める。


俺は、小林から受け取ったスポドリを自分の横に置き、1拍の間を開けて、そいつに問いかけた。


「……で、なんの用だ。」


俺のその問いかけに、小林はキョトンとした表情をしたが、ペットボトルの飲み口から口を離し、言った。


「別に?用なんていう用はないぞ?」


「……じゃあ、お前は1本のスポドリを俺に奢るために、予め約束していた後輩との食事を捨てたと。」


「誰も奢るなんて言ってないが、その点を除けばそうなる。」


……こいつ、自分で勝手に買っといて後で支払わせるのかよ。


とは心の中での呟きである。


「……用が無いなら放っておいてくれないか。」


「お前なんかが1人でいったい何を考えることがあるんだよ?」


俺の言葉も無視して会話を続けようとする小林。


こうなった小林はしつこいので、俺はこいつをこの場から立ち去らせることは諦め、どうせなら愚痴を聞いてもらおうと口を開いた。


「……分かってるだろ?どうすれば、俺の平和な学校生活を取り戻せるかだよ。このままだと、俺の学校での居場所がマジでなくなっちまう。」


「あるじゃん、ここ。」


「うるせぇ、茶化すな。……教室でも孤立して、学校終了まで誰とも話せなくなっちまうかもしれない。」


「いるじゃん、俺。」


「何が悲しくて野郎とよろしくやってなきゃいけねぇんだよ。俺は青春がしたいんだって!」


「……なにも、女子と仲良くすることだけが青春じゃないと思うがな。」


ため息を吐きながら、そう言葉を零す小林。


……クソッ、話してみたはいいものの、こいつは俺と違って、光り輝く陽の者だから俺の言っていることをいまいち理解できていない。


平和な学生生活を送りたい俺としては、今回の件で騒がれるのは、割と死活問題なのだ。


「……じゃあ、お前はどうしたいんだよ?」


呆れたような目で、俺の顔を覗き込む隣の男。


今の小林のポジションが可愛い女の子ならば、俺はまだ救われていたのかもしれない。


しかし、現実は非情だ。


世界はどうしても俺に地獄とやらを見せたいらしい。


「……あのさ、さっきから人の顔見て非情やら地獄とか考えんのやめてくんね?」


「どうしたいも何も、さっさと変な噂を消したいんだよ!」


小林の呟きをスルーしつつ、1つ前の小林の問いかけに答える。


すると小林は一瞬、うーん、と考える素振りを見せた後、驚くべきことを口にした。


「なら1回マジであの子と付き合っちまえば?」


「はぁ??」


当然、俺は小林の言いたいことが分からず、首を捻る。


『あの子』とは十中八九【白雲心音】のことだろう。


「いや、だってお前が永遠にあの後輩の子との関係を否定し続けるから、変な噂が広がるんだろ?それならマジで付き合ったらいいじゃん。」


振られれば、その子との関係はそこで終われば良いし。


と、付け足しながら小林は言う。


「もちろん、白雲ちゃんだっけ?あの子を好きな男子は多いし、付き合い始めたては、そりゃ恨まれるかもしれないけど、そのうち認めてくれるだろ。そうすりゃ、お前の学校での居場所ってやつは守られるんじゃないか?」


……まぁ、確かに言ってることの筋は通ってる。


「……ただそれは、前提として男の方がそれなりのイケメンに限るだろ。」


突然変な話をするが、うちの学校には校則で定められている決まり以外にも、生徒内で暗黙の了解として存在する決まりがある。


例えば、昼の購買にある調理パンは、先輩に先に譲らなければいけない。しかし、その先輩よりも後輩の方が顔面偏差値的に上の場合は、先輩は身の程を弁えなければいけない。


とか、人気の先生に媚びを売って良いのは、学校内でも、絶対的な人気を誇る生徒だけだとか。


そして今回の決まりに触れるのは、『校内カースト下位の者が、安易に美男美女である上位の生徒に近付いてはいけない。』というものである。


こんな決まりが存在するのも、『学生時代に甘々なラブコメを築けるのは、校内カーストの中でも上位に位置する者だけだと相場が決まっている。』みたいな風潮がある為である。


自分の顔に自惚れたヤツらが、面白がって勝手につくったルールだと言うのに、いつの間にやら学校内でも絶対的ルールとして君臨するようになったらしい。


……まぁ、悲しいことに、顔が良いやつが優遇されるというのは世間一般的に見ても当たり前のことであるため、実際には、うちの学校は社会の縮図のような形なんだが。


そんな風に考えていると、小林は不思議そうな表情をし、口を開いた。


「お前ってそういう変なルールは気にしないやつだと思ってた。……だって、ほら、本来なら立ち入り禁止の屋上に、毎日のように平気な顔して上がってるやつだぜ?」


「……それについて俺は悪くない。鍵を掛けていない学校が悪い。」


集団で生活する上で、絶対的ルールというものは必要だと思うが、よく分からない変なルールはいらないと俺は考えている。


例えば、この屋上だって特に理由もなく立ち入り禁止だ。


1度、教師に立ち入り禁止の理由を問うたこともあったが、とにかく危ないからとか意味の分からないことを言っていた。


意味がわからない。この屋上には柵があるのだ。


それも、うっかり程度じゃ落ちられないほどの高さの柵だ。


危険な要素なんて1ミリだってありゃしない。


そんな、意味もなく一方的に突き付けられた決まりに黙って従う必要はないのだ。


「そんなんだから、お前はどの教師にも嫌われてんだぞ。」


呆れたように小林は俺に言葉を吐いたが、


「……別に好かれようとしてないし、どうでもいい。」


俺が心底どうでも良さそうに吐き捨てると、


「……お前って本当に分からないやつだよな。」


まぁ、それが面白いんだが。とニヤニヤ口元をニヤけさせながら小林は呟いた。


「まぁ、とにかく大丈夫だって。お前、顔のパーツは全然揃ってるんだし、髪型だってちょっと工夫すれば今より良くなる。……具体的に言うと、自分の顔カッコイイとか変に勘違いしてるヤツらを見下せるくらいには良くなる。」


「……なんだ、その絶妙に嬉しくない評価。」


「そうか?まぁ、とりあえずお前は陰キャなんじゃなくて、ただ物静かなだけだって。」


「……それを陰キャって言うんじゃないのか?」


「いや、陰キャと物静かなやつは違うだろ。」


小林はそう言うと、一瞬考える素振りをし、再び口を開く。


「だって、その証拠に『どうしてお前みたいな陰キャがあんな可愛い子と……』なんて誰もお前に言ってこないじゃん。」


つまり、誰もお前のことを陰キャだって見下してるやつはいないってことだよ。と言いながら小林は、再びスポドリに口を付ける。


……まぁ、確かに言われてみれば、午前中も俺と白雲の関係性を問われるばかりで、小言を言ってくるやつはいなかったな。


……ただ単純に言ってこなかっただけだろうが。


そう考えた俺は、ため息を吐きながら呟く。


「……わざわざ言ってこないだけで、思ってるだろ。」


「……まったく。お前って本当に自己肯定感の低いやつだな。」


スポドリを全て飲み干して、ペットボトルの飲み口から口を離した小林が呆れたように、俺にそう呟く。


「……まぁ、どうでもいいや。陰キャとか陽キャとか気にしてるほうが馬鹿らしい。」


いつの間にやら話が拗れて、俺が陰キャかそうでないかの話になっていた。


軌道修正を図るため、俺は小林の言っていたことを思い出し、呟く。


「白雲と付き合う……か。」


「おう、朝っぱらからあんなにボディタッチしてたんだから、あの子もお前に対して多かれ少なかれ好意はあるだろ。」


それに、と、またもや嫌らしい笑みを浮かべて小林は言葉を続ける。


「もしかしたら、あの可愛い後輩の子とヤレるかもよ?」


「……そういうのには興味無い。」


これについては嘘だ。


めちゃくちゃ興味はある。


当たり前だ、俺ほどの年頃の男がそういうのに全く興味なかったら、そいつは人間じゃない。


ただ白雲じゃなくて良いと思うのは本当である。


「嘘付け。本当に興味無いやつは『ヤレるかもよ?』って言われた後に、『何を?』って聞き返してくるやつだ。」


「……あっそ。それはお前の偏見な。」


「はいはい。」


負け惜しみのようなことを言う俺に、小林は笑みで返す。


なんとなく言い返したくなった俺は、周囲を見渡し、小林の持ってきたスポドリに目を向けた。


「……というか、何でスポドリなんだよ。まだ真夏でもないし、俺ら運動もしてないだろ。」


「いや、だって俺、汗かいてるし。」


小林は、そう言いながら汗で体に張り付いたカッターシャツを指でつまみながら、マンガのように歯をきらめかせ、俺に言い放った。


「『汗も滴る良い男』とは、よく言うだろ?」


……確かに言うが、梅雨入り前にその汗の量は、もはやただの汗かきでは?


そんな俺のツッコミは、ちょうど鳴り始めた予鈴の音にかき消されるのだった。

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