第20話 意味

朝の朗らかな光が照らす、ある教室。


「ねぇ心音、なんだか変な噂が立ってるみたいだけど大丈夫?」


2年生のとある教室とは対照的に、1年のこの教室はシンと静まり返っている。


そんな中、友達の【藤井真奈】はボクの横まで席を移動してくると、開口一番にそう声をかけてきた。


「なにが?」


「え?いや、噂話とかって、なくなるのに時間かかるでしょ?しかも心音みたいな人だったら余計に。」


「……別に、どうでもいい。」


「うわぁードライ。普通は結構気にするもんだよ。」


「普通なんて知らない。ボクを普通なんて範疇に入れないで。」


そう言うと、真奈は呆れたように息を吐きながらこう呟いた。


「……まったく、その精神の図太さは私も見習いたいよ。」


「……」


ボクがだんまりになったことで、真奈は空気を読んでくれたのか、特に何も言わずに自席へと戻って行った。


……やっぱり友達なんて、真奈がいてくれたら他に要らないや。


そんなことを考えながら、何となく教科書に目を通していると、


「……ねぇ、白雲さん。あの噂って本当なの?」


と、1人の男子生徒が声を掛けてきた。


……誰だろ。


顔を上げて見てみると、今まで1度も話したことのない男子生徒がそこに居た。


……もしかしたら話したことを、ボクが忘れているだけかもしれないけど。


「……ごめんなさい、今考えごとしてるからまた今度にして。」


ボクは、直ぐにその男子生徒から興味を無くし、教科書へと視線を落とす。


「……ひ、否定しないの?ただの噂ならそう言ってくれたら良いんだよ?」


しかし、男は何故か食い下がる。


……面倒だな。


「……また今度にして。」


男へ視線も向けずに、ボクは怒気を滲ませてそう言い放つ。


……これでどこかに行ってくれないと。


「……いや、ちゃんと話して欲しいな。」


その男は、ボクの肩へと手を伸ばし、そして……


触れた。


ば、ばかッ!と、どこからか、声を押し殺して叫ぶかのような女子の声が聞こえたが、それを他所に、ボクは肩を触れられたその瞬間に、相手の手首を掴んでいた。


「え?」


ボクの突然の行動に、素っ頓狂な声を上げる男子生徒。


ボクはそれをお構い無しに、力いっぱいに手首を捻ろうと力を込めた。


その時、


「ちょ、ちょっとストップ!」


茶色のショートボブを靡かせる少女が、両者の間に割って入り、力を入れていたボクの手を掴む。


掴まれたその手には、優しさが篭っており、一切の嫌悪感を抱かせない。


その手の感触だけで止めに入ったのが真奈だということに気付いた。


「まぁ、心音にも言いたくないこととか有るだろうし、無理に言わせなくてもいいんじゃないかな!」


「いや、で、でも。」


「ま、まぁ、心音も1人になりたそうだし、今は構わないであげて。」


真奈は、その男子生徒の背中を押しながら、優しく微笑みかける。


それに対して男は、渋々といった様子で頷いた。


やがて男子生徒を送り届けると、真奈は、ボクの元へと急いで戻り、ボクの手を引いて教室の外へと移動した。


やがて、真奈は開口一番に、こう言葉を吐いた。


「あれ以上やってたら、本当に取り返しのつかない噂が立っちゃうってば。」


「……だから、噂なんてどうでもいいって。」


先程言ったことと同じようなことを口にする。


「あなたが良くても、私が良くないの!あなたに変な噂が立っちゃたら、一緒にいる私にも影響出てくるでしょ?」


声を押し殺しながら、真奈はボクにそう叫ぶ。


「……よく分からないけど、そんなに周りから変に見られたくなければ、ボクから距離を置けば良いよ。」


「……そ、それはそうだけど。」


そこでボクは常日頃から疑問に思っていたことを目の前の少女に問うた。


「……そもそも、なんで真奈はボクと一緒に居たがるの?」


こんな、危害を加えてきそうな女と一緒に居たがる意味が分からないボクは、純粋な疑問を彼女にぶつけていた。


「え?それは心音が……」


と、何を今更といった表情で真奈が何か言いかけたその時、


「ん?お前ら2人して何やってるんだ?」


廊下の向こう側から、中年の男性教師が姿を表した。


……また邪魔が入った。


ボクが不機嫌感を丸出しにしていると、真奈はボクの様子に慌てながら、急に現れた教師に声をかける。


「ごめんなさい、先生。今すぐ戻ります!」


再びボクの手を引く真奈。


そんな彼女に、ボクは問いかける。


「今の誰?」


「えぇ!?うちの担任だよ!?」


……そうだっけ。


どうでも良すぎて、いちいち担任の顔なんて覚えてなかった。


まぁでも、噂が広がってるってことは、せんぱいはボクの物だって周囲に知らしめれたはずだし、これなら他の女もせんぱいに手を出さないはず。


……あとは。


ボクはこの後するべきことを頭の中で考え、真奈に手を引かれるまま教室へと入っていくのだった。

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