第27話 きおくのほんとう

「……あっ。」


西にしずんでいく夕日が、空にある雲を赤くそめている。


そんな中、おれはその子に声をかけていた。


「……大丈夫?」



























「えっ?……せんぱい?」


沈みゆく夕日に照らされた夕焼け雲が赤々とまばらに染まる空の下、俺はそいつに声を掛けていた。


「……こんなところで何してんだ。」


俺が声を掛けた人物は、特徴的な銀髪の通り、当たり前だが白雲心音であり、身を屈ませて動かない彼女の目の前に立つ形で、俺は制止した。


そして白雲だが、いきなり俺が声を掛けてきたことが予想外だったのか、呆けた顔で俺のことを見上げていたかと思うと、一瞬、ハッと目を見開き、俺から何かを隠すかのように、左手を自分の体の後ろに回した。


……?


その奇行に、思わず怪訝な表情を浮かべている俺に目を向けると、白雲は力なく笑った。


「え〜と……あはは。」


……何やってんだこいつ。


明らかに、俺から何かを隠すかのような行動だ。


まぁ、白雲が何を隠そうが、俺は大して興味も無いので別に深く追求はしないが。


……それにしても、らしくない。


たった数日の仲だが、こいつの人間性から考えると、今のこいつの様子はかなり珍しいものだろう。


いや、そりゃもちろん公園の入口で膝を屈めてじっとしている女子高生は珍しいが、この少女が、誰の目から見ても意味不明な行動を取っているのは珍しいことだろう。


「まぁ、少し寄り道をですね。」


と、若干焦りを感じさせながら、言い訳がましくそう述べる白雲。


……寄り道、ね。


この公園は、俺の通う学校から延びる1本の太道の最終地点。


左に曲がって駅方面に進むか、右に曲がって高級住宅街に入るかの分かれ道を、左に曲がった場合に、少し歩いていると見えてくる公園だ。


この付近は、このボロ公園以外に何も無いし、もっと駅に近いところに大きな公園が有るので、そちらの方が人も多いし、楽しめる物も沢山ある。


普通行くならそっちへ行くだろうが……何か事情でもあるのだろうか。


「……ところで珍しいですね?せんぱいから声を掛けてきてくださるなんて。」


そんなことを考えていると、調子を取り戻した様子の白雲にそう声を掛けられる。


「……あ〜。」


そう言われたことで、俺がこいつに近付いた理由を思い出した。


……告白。


全くこいつに恋愛感情は無いが、かと言ってこれまで女性との付き合いが無かった俺からすれば、簡単に「付き合って」なんて言える訳が無い。


それなのに勢いでここまで来てしまったことを、俺は今更ながらに後悔していた。


俺はこいつからなるべく距離を取る為に今、近付いたというのに、告白することで、逆にお互いの距離が近くなってしまわないだろうか


いや、付き合った後に別れるまでが噂を消すための一通りの考えだから、それはそれで良いのか?


もう、何がなんだか分からなくなってきた。


ここまでこいつを意識してしまうのも、白雲が妙に美少女すぎるのが面倒くさいのだ。


「ま、まぁな。」


「……?なんだかせんぱい焦ってます?」


少々キョドりながら返答してしまったせいだろうか、早々に白雲に心情を読み取られてしまう。


「……いいや、別に何も。」


努めて冷静にそう言葉を返すと、「ふーん?」と声を漏らし、白雲はその場で立ち上がった。


「せんぱいってこれから帰るんですよね?」


確認するようにそう尋ねてくる白雲。


「ん?ああ。そうだけど……」


された質問の意図が分からず、言いあぐねながらも言葉を返すと、白雲はニコリと微笑み、俺に言った。


「それなら、駅まで着いて行っても良いですか?」


「……は?」


それは……どうなんだ?


恐らく駅には同じ学校の生徒がいるだろう。


つまり、もし噂好きのヤツらに俺が白雲と一緒にいるところなんて見られたら、余計に噂に拍車がかかり、歯止めが効かなくなるのでは?


「いや、それは……だな。」


「あれ?『却下だ。』とか言わないんですね?」


俺が回答に逡巡しゅんじゅんした様子でグズグズしていると、白雲は不思議そうにそう言った。


「ちょっと前までのせんぱいって、そういうことは即答で返してきたのに。」


「……」


確かにそうだ。


こいつに言われて気付いた。


何で俺はこんなにも弱気になっているんだ?


俺が何か悪いことでもしたか?


否。俺は普段通りの俺で、明るくない、愛想がない、覇気がない、の三拍子。通常運転だ。


空気も読めないし、(空気は吸うもんだしな。)間が悪いし、気遣いもできない。


それが俺だ。


誇りに思うことなんて一切無いが、自信を持って生きている。


自分が自分を愛せないで、一体誰が愛してくれるというのだろうか。


と、今言ったことはこれからすることにほとんど関係ないが、俺は意を決して目の前にいる少女に声をかける。


「……白雲、大事な話がある。」


「え?はい。なんですか?」


『大事な話』と伝えた上でも、特に身構えた様子もない白雲に、俺は無遠慮にドンドン近付き、やがて目の前に立つと、彼女の両肩を勢いよく掴む。


白雲も、さすがにこれには驚いたようで、ビクッと体を震わせたが、焦った表情を浮かべながらも、俺から発せられるであろう次の言葉を待っていた。


「……」


「……」


止まる時間。


実際に時が止まっている訳では無いが、そう錯覚させられるほどに、辺りから一切の音が消える。


絡み合う視線。


大きく開かれた透き通ったライトブルーの瞳には、顔を真っ赤にする男の姿が映っていた。


……付き合ってくれ。


たった一言。その言葉を言うだけだ。


こいつには一切の恋愛感情など無い。


当たり前だ。


たった数日前に出会ったばかりの、特に知りもしない人間を好きになるなんて、そんなことある訳が無い。


付き合って一瞬で別れれば、それで終わり。


一切感情の篭っていない言葉だ。


今まで、どれだけ気持ちの入っていない言葉を言ってきたか、今回もそれと同じだ。



……それなのに。



それなのに、俺の口は音を発さずに開くだけで、喉を震わすことが出来なかった。


「……もしかして。」


その間、1度も目を逸らさなかった少女が口を開いた。


「……告白しよう。とか考えてます?」


「……え?」


少し悪戯っぽく笑いながら、肩を掴んでいた俺の両手を、優しい手つきで下ろさせる。


やがて俺の目を見ながら、白雲は静かに言い放った。


「……ダメです。」


「……え?ダ……メ?」


「たとえせんぱいが完璧な形で告白をしてきたとしても、私はそれを受け入れません。」


「……そ、そうなのか?」


「逆に何でいけると思ったんですか。」


白雲は困ったように呟きながらふふっと笑う。


……なんだこれ?超恥ずかしいんだが。


告白もしてないのに振られたんだが。


というか、俺もなんで初めっから告白が受け入れられる前提で話を進めてるんだよ。


今日、自分で言っていたじゃねぇか。『俺が白雲に釣り合うわけないだろ。』って。


「……ホントにびっくりしましたよ?いきなり肩を掴まれるんですから。」


はぁ、と息を吐きながら、そう呟く白雲。


その呟きを聞きながら、俺はふと先程の自分の行動を思い返していた。


……人って熱くなると、無意識に相手の肩でも掴むのか?


そこで思い出すのは、俺が過去に見た、ナンパ失敗男ワン・ツー。


2人とも顔を赤くし、興奮しながら女子の肩を掴んでいた。


……こりゃ、あいつらのことバカに出来ねぇや。


ガクッと頭を垂れながら、先程の自分の行動を恥じていると、突然、ひょこっと横から俺の顔を覗き込むような形で白雲の顔が現れ、口元をニヤっと上げると、俺にギリギリ聞こえるくらいの声量で、呟いた。


「……でも、必死に告白しようと頑張るせんぱいとっても可愛かったですよ?」


「……勘弁してくれ。」


再び熱が頬に集まっていくのを感じながら、顔を背けると、白雲はまたもやふふっと笑いながら俺から離れる。


……もう二度と告白なんてしない。


心にそう誓いながら、チラリと白雲の顔を盗み見ると……


……彼女の頬もまた、薄く朱色に染まっているような、そんな気がした。

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