第17話 幼馴染

現在、幼馴染である加賀美貴音かがみたかねを家に迎え入れ、狭い部屋に設置されているテーブルを挟んで、両者対面していた。


と言うのも、いきなり玄関先に現れた貴音が、有無を言わさずに俺の部屋へと押し入り、部屋の椅子へと腰掛けたからだ。


これには俺も驚いたが、なんだか機嫌が悪そうだったので、特に何を言うでもなく彼女の対面へと座ったのがつい先程である。


そして今、この瞬間は何故かなんとも言えない空気が漂い、両者一向に口を開く気配を見せない。


その間も、部屋の隅に置いてそのままの破けた紙袋からは、茶葉が零れ落ちていく。


サラサラと音を立てるそれだけが、決して時間が停止しているわけではないということを証明していた。


「……ねぇ、この妙に子気味のいい音どうにかならない?」


やがて、沈黙に耐えかねてか貴音は何か諦めたかのように息を吐くと、そう言葉を発した。


「……え?あ、あぁ。」


俺はそう曖昧な返事を返しつつ、一度席を立ち、部屋の隅へと向かう。


押し入れから簡単な掃除用具を取り出し、床に溜まったそれらを処理していく。


……白雲にどう事情を説明しよう。とそんなことを考えていると、不意に背中に声を掛けられた。


「……というか、それ何?」


彼女が訝しげに見つめる先には、ちょうど今俺が箒で掃いている高級茶葉があった。


「……これは知り合いに貰った物だ。」


なんて答えようか一瞬迷った挙句、咄嗟に口をついて出てきたのは、そんな当たり障りのない言葉。


「知り合い?……ふーん。そう答えるってことは、誰って聞いても答えてくれないんでしょ?」


……こいつめ、俺の性格をよく知っている。だてに俺の幼馴染を名乗っていない。


「まぁ、そういうことだ。深追いはしてくれるな。」


「はいはい。聞いてもどうせ答えてくれないならこれ以上聞かないってば。」


そんなこんなで床の掃除を終えた俺は、再び貴音と対面の椅子に腰を下ろす。


……というかこいつ、何しに俺の家に来たんだっけ?


「……で?私が玄関で聞いたことに対して、まだなんにも言及されてないんだけど?」


すると貴音は、彼氏の浮気を問い詰める彼女のような鋭い面持ちでそう切り出した。


……あー、確かになんか言ってたな。


この時間までどこへ行っていたうんたらかんたら。


しかし俺がどこに行ってようと、こいつに一切関係なくないか?


付き合ってるならまだしも、こいつと俺から幼馴染という部分を除けば、ほぼ他人みたいなもんなんだが。


「……いや別に、ただの散歩。」


色々と説明が面倒なので、正直に言う必要も無いだろうと、とりあえずの御託を並べたが、言ってから流石に安直すぎたかもしれないと思った俺である。


証拠に、それを聞いた貴音は肘で頬をつきながら俺を半目で睨む。


やがて貴音は呆れたように息を吐き、俺にこう言葉を返した。


「……自覚は無いかもしれないけど、あなたが嘘を吐く時とか、何か誤魔化そうとしてる時は、いつも目を逸らして左手で後頭部を掻くのよね。」


そう言われてみて気付く。


確かに今俺は貴音の目を見てないし、左手はご丁寧に後頭部へ添えられていた。


「……なに?そんなに隠したいことなの?」


ジトっという音が付きそうな目で貴音は俺を見る。


「いや、別にそういうわけじゃ……」


「……幼馴染にも言えないこと?」


一瞬、貴音が目尻を下げ少し悲しそうな表情をしたかと思えば次の瞬間、


顔をバッと上げて、席を蹴って立ち上がり声を荒げた。


「まさか変な薬の売買に関わってるとか!?さっき掃除してた粉も、もしかして!?」


貴音はどうやら、変な結論に辿り着いたらしい。


「……落ち着けって。俺がそういうことするやつじゃないって分かってるだろ。」


「で、でも!頑なに言いたがらないのは、何か後ろめたいことがあるからでしょ!?」


「……とりあえず、こんな時間に叫ぶのは近所迷惑だから止めてくれ。」


その後、なんとか貴音を落ち着かせて、今日のことをある程度事実に沿って話したところ、納得したのか、その後は特に追及してこなかった。


貴音は噂を流すようなやつではないので不要だったかもしれないが、白雲の立場を最近できた仲の良い友達ということにした。


ただ貴音が、その友達は男か女か何故か執拗に聞いてきたので、とりあえず男にしておいたが別に問題はないだろう。


「……それならそうと初めから言ってくれれば良いのに。」


まったくもう。と言いながら貴音は、椅子にどさりと座り直す。


「いや、わざわざ説明するのが面倒だったんだって。」


「……そこ面倒くさがると、後々もっと面倒くさくなるって分からないかな!」


貴音は少し頬を赤らめながら声を大きくしてそう言い放った。


本人も、危ない薬の話辺りから先走りすぎたと感じていたようで、落ち着きを取り戻してすぐにそこを謝ってきた。


まぁ、その点に関しては説明を怠った俺も悪かったのかもしれんが。


ここで俺は、貴音が俺の部屋に入ってきた時から感じていた疑問を、彼女にぶつけてみた。


「……というかさ、逆に気になったこと聞いていいか?」


「……え?まぁ、どうぞ。」


俺から質問を投げかけられるとは思ってなかったのか、少し驚きながらも貴音は俺の言葉を待つ。


そして俺は、普通の人なら当たり前に感じる疑問を口にした。


「……お前、なんで俺がこの時間に帰ってきたの知ってるの?」


「ふぇ!?」


予期していなかった不意打ちを食らったかのような奇声を上げる貴音。


やがて貴音は、なんだか挙動がしどろもどろになりながら、言葉を並べていく。


「いや、これは、その、家が近所だから!そう!家が近所だから!私が学校の帰りにこのアパートの前を通り過ぎる時は、あなたの部屋はいつも電気付いてるのに、今日は電気付いてないなーって思って、それで……その、何かあったのかなー、とか思って!ちょっと心配になって、でも携帯の番号とか知らないし、何もできないから家の窓から時々あなたの部屋を覗いたりしてただけで、決してストーカーみたいなことしてないから!」


「お、おう。」


あまりの剣幕に戦きながら俺はふと思い出す。


そういやこいつが言葉を口早に並べる時は、なにか隠し事をしてる時だった。


まぁ、別にここで深く追求したところでこいつも素直に吐かないことは知っているので、また別の質問を貴音に問いかける。


「……というか、お前こそこんな時間に外出たら咲真さくまに心配かけるだろ?」


「……咲真?あー。あの子は今家に居ないの。」


「家に居ない?そっちもそっちで心配だな。」


「あの子、仕事で海外まで行ってるから。」


ちなみに今、俺たちの話題に出ている咲真という人物は貴音の住むシェアハウスの同居人である。


俺もそいつとはかなりの仲であり、かれこれ貴音とほぼ同程度の付き合いとなる。


あまり詳しくは知らないが貴音と咲真は、拾い子らしく、血縁関係もなかったが幼い頃から家族然と暮らしてきたらしい。


だからか、物心ついた時から俺たち3人はいつも一緒で、咲真は俺のことをお兄さん、お兄さんと慕った様子で後を付いて来ていたのが印象的だった。


「仕事?俺たちよりも年下なのに、もう仕事してんの?」


そんな咲真は、今や手に職をつけているらしい。


しかもさっき海外とか言ったか?


「……まぁ、私もあんまり詳しくは知らないんだけどね。」


貴音はなんだかバツが悪そうに目を逸らしながら、そう呟く。


その挙動に少し疑問を感じたが、特に気にせずに俺は言葉を続ける。


「しかしあいつまだ12だろ?海外って大丈夫なのか?中学も退学したのか?」


本来なら咲真は中学生になっているくらいの年齢である。


そんな年齢なのに、仕事なんてあるのか?


と疑問に思うが、こいつらの親みたいな人がちょっと特殊なので、何かしら事情があるのかもしれない。


しかし、小学校を卒業した後は、普通に中学校に上がったと聞いていたんだが。


「……うーん一応、籍は置いてるみたいだけど、中学には行かないし、進学する気は多分ないと思う。」


本当は高校にも行って欲しいんだけど。と、貴音は悩む素振りを見せながら、そう言葉を零す。


その後も話を聞くと、どうやら咲真が仕事をしている理由には自分が関わってると貴音は話していた。


いわく、私を楽にさせるために学校に行かず仕事をしだした、と。


確かに、心優しいあいつのことだから、今まで貴音に迷惑かけてた分、自分が頑張らなくちゃいけないとか思ったのかもしれない。


そこは確かに賛否両論だが、俺も、咲真にはちゃんとした学校生活を送って欲しいと思うところがあった。


「それにしても海外か……しばらく会ってなかったから久しぶりに会いたかったんだがな。」


俺は、咲真の顔を思い出しながら、久しく会っていない弟のような存在を思い浮かべる。


「……言っとくけど、誰かさんに似てめっちゃ生意気になっちゃったから。」


すると、対面の彼女は顔を顰めさせながらそう言葉を吐いた。


「誰かさん?誰だ?」


「……さぁ?誰でしょう?」


俺の顔をじっと見つめながらそう言葉を返す貴音。


……え?俺?


そんなこんなで、一頻り話し終えた俺たちはお開きとなった。


時計を見てみると、もう少しすれば日を跨ぐくらいの時間だったが、結局何をしに貴音がここに来たのかは、分からず終いであった。


ただ、最近は貴音ともあまり話せていなかったので、たまにはこういう日があっても良いのかもしれないと思った俺である。

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