第16話 仕組まれた罠

「……ただいま。」


ドアノブを捻り、誰も居ない部屋にそう声をかけながら、自宅であるアパートの玄関に上がる。


すぐ隣に付いてある照明のスイッチを入れ、部屋全体を明るくし、ベッドに直行すると、俺はそこで倒れ伏した。


……今日は色々あった。


昼休みにいきなり先輩に呼び出されるし、ほとんど初対面の女の家に上がり込んだし、それに……


白雲の家から出た後、俺は自宅への道を直行したが、実はその途中の電車の中で、ちょっとしたトラブルに巻き込まれた。


さらにそのトラブルの後、駅から出て徒歩でこのアパートを目指しているところで、チンピラに絡まれた。


……いや、チンピラというか、あれは……


俺は、その時のチンピラたちの様子を思い出しながら、懐から取り出した携帯をいじりだすのだった。























「……あー疲れた。」


俺は、自宅近くのコンビニの前を通り過ぎながらそう呟いた。


両手には沢山の紙袋を抱え、周囲の人間から奇異の視線を向けられることもしばしばあったが、もう直その時間も終わる。


俺は、体の怠さを感じながら自宅への道を歩いていると、その時、


「……」


……1、2、3、……8か。


暗がりの向こうから、おちゃらけたイケイケの男8名が、こちらへ歩いて来ているのが目に映った。


コンビニの前で溜まる予定なのだろうか。


楽しそうに談笑しながら、俺がこれから通る道を来ている。


特段、怖そうな雰囲気はないのだが、俺はその8名が手に持つ物に視線がいっていた。


……鉄パイプ?


そう、その柄の悪そうな男たちは、皆等しく鉄パイプをその手に握っていた。


……最近のヤンキーは、手に鉄パイプ握るのが流行ってるのか?


俺はそう疑問に思いながらも、そいつらの横を通り過ぎようと、道の端に寄ったが、


ドンッ!


いきなりこちらへ寄ってきた1人と、肩がぶつかった。


「……は?」


その場にいた全員が、それぞれの意味でその一言を発す。


「何?お前どこ見て歩いてんの?」


肩がぶつかった時のお決まりの台詞を、男は言い放つ。


「……いや、あんたがこっちに寄ってきたんだろ。」


俺は疲労も手伝ってか、少しイライラした感じでそう言葉を返してしまった。


「は?何?お前いい度胸してんじゃん。」


俺と男が少し言い合っているうちに、いつの間にか、俺は8人の男たちに囲まれていた。


……これはマズイ。


「まぁまぁ、ここは穏便に……」


済ませましょう、そう言いかけたその時だった。


凄い勢いで、目の前に鉄パイプが現れたのは。


「!?」


それを、神が舞い降りたかのような反射神経で躱す。


バコッ!!


俺が躱したその鉄パイプは、勢い止まらずに、横の民家の石壁に叩きつけられていた。


……本気のフルスイング。


当たるべき場所に当たれば、死んでしまうんじゃないかと思わせる程に、力の篭もったスイングだった。


「ちょっ、ちょっと、話し合い……」


俺は少し焦りを感じながら、その男たちを止めようと手を突き出す。


しかし、


「うるせぇ、死ね。」


男たちは、鉄パイプで本気の振り下ろしを、かましてきた。


しかも今度は計4つ。


「ッ!」


それを後ろに大きく飛び退くことで回避する。


次いで、地面へ硬いものを叩き付ける音が、4つ周囲に反響した。


1体1の喧嘩ならば余裕だが、複数人、しかも武器持ちなんて今まで遭遇したこともなかった状況なだけに、俺はかなり劣勢を強いられていた。


……何より。


こいつら、マジで俺を殺そうとしてきやがる。


あの鬼塚ですら、大怪我に留まらせようとしてただけに殺そうとはしてこなかったのだが、こいつらは、一切の加減も躊躇もない。


1人1人が、確実に俺を殺そうとしてくる。


肩が当たっただけで殺そうとしてくるとか、こいつらどうかしてるだろ!


心の中でそう叫ぶが、今はそんなことをしていても、どうしようもない。


俺は、瞬時に意識を切り替えてこの状況をどう打破するべきか考えていたが、


「……隆二りゅうじ、前に。さとしと並べ。」


男の1人が静かにそう呟いた。


「はい!」


すると集団の後ろから、一人の男が威勢のいい返事と共に先頭へと躍り出る。


同時に先頭の男2人が、後ろに飛び退いた俺の方へ走って距離を詰めてくると、俺の顔面へ本気のフルスイング。


「ちょっと、荷物だけでも置かせろって!」


そう叫びながら俺は、上体を後ろに反らせることでそれを回避。


顔面スレスレで真上を通っていく2本の鉄パイプを見送った後、素早く手に持った紙袋を左手に纏め、俺は並んで立つ男の1人に向けて拳を繰り出した。


しかし、


「!?」


突如、視界の左に現れた蹴り足を咄嗟に顔面のそばに添えた左腕でそれを受け止める。


次の瞬間、紙袋を突き破り、凄まじい衝撃が腕を伝って全身に響き渡った。


左側頭部上段後ろ回し蹴り!?


痺れる腕に顔を顰めながら、その見覚えのある技に驚愕する。


この技は、よく小林がやるから知っている。


だから先程も咄嗟に防げたが、この技はそう簡単に出来るような技じゃない。


……チンピラが空手経験者?そんなバカな。


それに先程のボスのような男の呼び掛けからの連携プレー。明らかにプロの動きだ。


「……あんたら、ただのチンピラじゃないだろ。」


俺は、ある1種の確信めいたものを感じながらそいつらに言葉をかける。


初めこそ肩がぶつかっただけで本気になるヤバいチンピラかと思っていたが、今の動きを見て、ただの集団でイキっている奴らとは違うことが分かった。


「なんのために動いてる?」


正直、なんか謎の組織みたいなものに命を狙われるようなことをした覚えがないし、そもそも、そんな漫画のような展開はゴメンだ。


そんなことを考えながら、俺は次の言葉を待っていると、


「……全てはお嬢様の為に。」


まるでチンピラでないことを隠さずに堂々と集団の中の1人がそう言い放った。


「……お嬢様?」


その単語に疑問を覚えたが、次の瞬間、


あかり慎介しんすけは待機。俺と隆二、聡でやつに詰める。晃太こうた健人けんと雅俊まさとしは隙ができたらそこを叩け、いいな?」


「「「「「「「了解。」」」」」」」


既に相手は各々の役割を持ち、動いていた。


……随分と気が入ってるな。


いったい俺を殺して、そのお嬢様とやらにどう繋がるんだ。


そんな疑問を感じながら、前から向かってくる男3人に注意を割く。


すると隆二、聡と呼ばれていた2人が前に出て、俺めがけて鉄パイプを思い切り振り薙いだ。


空気を捻らせながら凄い勢いで目前へと迫る鉄パイプ。


それを前に俺の心は冷静さを取り戻していた。


……これは喧嘩だ。とそう割り切ったから。


今度は難なくそれを回避、続けて2激目がくることも予想されたが、ここはゴリ押す。


鉄パイプを回避した瞬間、俺は聡と呼びれた方の懐へと潜り込む。


鉄パイプの振りにくい間合い、他の味方が俺を攻撃しようものなら、この聡も同じように攻撃を食らう。


そんな状況に陥ったその瞬間、一瞬その場の時が止まった。


そして、その場で誰よりも早く動いたのが聡だった。


「俺のことは良いんで、早くこいつを!」


そう周囲に叫んだが、それを俺が許すわけがなかった。


「フッ!」


聡の鳩尾に拳を勢いよく捩じ込ませる。


「ぐぅ!」


聡は、音にならない悲鳴を上げ、その場で倒れ伏した。


「さと……」


隆二、と呼ばれた男は倒れた者の名前を呟こうと口を開いたが、


「……」


俺は無言でそいつの頭を蹴り飛ばす。


上段蹴り。


流石に小林ほど綺麗には出来ないが、上手く決まった。


隆二の方も、体を宙に飛ばしながら数メートル先で背中から地面へと落ちた。


「……ッ!退避!」


その様子を見ながら、集団の中枢と思われる男は一旦身を引き、周囲に叫んぶ。


2つ数を減らした男たちは、少し慌てた様子で再び道の中央に集まった。


「……なんだ、大層な指示を飛ばしてたもんだから、少しは骨があるのかと思ったが、案外こんなもんなんだな。」


そこに俺は、失望したかのような口調でそう語る。


「……化け物が。」


集団の中の1人が、そう呟いたのが聞こえたが、それを華麗にスルーし、俺はやつらに手招きする。


「おら、来いよ。お前らが吹っ掛けてきた喧嘩だろ?」


あえて挑発するかのようにそう言い放つ。


端から見れば、ただのイキった高校生がチンピラにそれっぽいことを言っているだけである。


「それともなんだ?たった1人の高校生が怖くておめおめと逃げ仰せるのか?そりゃ、お嬢様も顔が立たねぇな。」


「……お嬢様を侮辱するな!」


次の瞬間、再び両者激突。


先程の邂逅かいこうで結果はほぼ分かったものだが、それでも尊敬する人間を侮辱されたのが許せなかったのか、残った6人は一矢報いてやろうと鉄パイプを振りかざす。


おかげで数分後には、計8つの倒れた人影が、たった1人の高校生によって、道路のど真ん中に積み上げられるのだった。






















……そういや、白雲に貰ったお土産が散々なことになってたな。


そう思い返しながら、視線を隣に移す。


そこには、なんとか腕に抱えて持って帰ってきたお菓子と紅茶葉が積み上げられていた。


もちろんお菓子は粉々。茶葉もティーパック式の物は破けて、今もまさにサラサラと心地の良い音を奏でながら床に茶葉を溜めていた。


……後で掃除しよ。


今日は随分と疲労が溜まった。


このまま何もせずに寝てしまえる程に。


全身の力を脱力させ、そのまま夢の世界へ旅立とうとする。


その時、


ピンポーン。


家のインターホンが鳴った。


……誰だこんな時間に。


俺は、閉じかけた重い瞼を開け時計を確認する。


時計の小さい針は、既に9の字を過ぎていた。


まさか先程倒したチンピラが、復讐のために家まで付けてきたわけではあるまい。


少し警戒しながら俺はドアを開け放つとそこには、


「……どこ行ってたの。」


何故か顔に怒りを滲ませる幼馴染の姿があった。

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