第15話 秘密の会談

「それで、お礼の事なんですが……」


白雲家のリビング。


この目で見るまでは、本当に実在するかも信じられなかったクリスタルのようなシャンデリアが照らす一室。


フルーティーな独特の香り高さを漂わせるダージリンティーを楽しんでいると、対面に座る銀髪の少女が口を開いた。


「……お礼?これがそのお礼ってやつじゃないの?」


俺は、隣に視線向けながらそう言葉を返す。


色々あったあの後、俺の座るソファの隣には、沢山の紙袋が積まれてあった。


軽く見ただけだが、この袋の中にはお高そうなお菓子やら、お紅茶やらが入ってあった。


お土産です。と、渡されたそれらはナンパから助けただけで頂くには、もったいない程の代物たちである。


「?違いますよ?それはただのお土産です。」


キョトンとした顔の白雲が、同じく頭上に?を浮かべる俺にそう言った。


「お、お土産?」


「ええ。我が家においでませということで。」


そう言いながら、白雲は俺に向けてニコリと笑顔を向ける。


「……じゃあ、これはお礼とはまた別物だと。」


「そういうことです。」


……随分と手厚い待遇だな。


もちろん、普段じゃ滅多にお目にかかれない高級品を頂けるというのは嬉しいことなんだが、正直に白雲が何故ここまで他人に良くしようとするのか意味が分からなかった。


「……しかしだな白雲、俺はここまでお前に手厚くされるようなことはしてないと思うんだが。」


そう、なんだか俺はこいつからヒーローみたいな扱いを受けているが、俺はこの状況はあまり本意ではない。


「昨日のナンパ現場だって、本当にたまたま居合わせただけし、ましてやお前を助けようなんて1ミリだってそんな考えはなかった。」


本人の前でここまでぶっちゃけるのはかなり失礼かもしれないが、このまま勘違いされたままズルズルと関係が続くのはもっと良くないはずだ。


ここまで良くしてもらってからこんなことを言うのは悪いと思うが、こいつとの関係を続けたくない俺としては正直、失望された方が嬉しいんが……


という気持ちで白雲の方を覗き見る。


すると白雲は、俺の顔をまじまじと見つめた後、はぁ、と深い溜息を吐いた。


「せんぱいって、よく頭が固いって言われません?」


白雲は、呆れた様子で俺にそう問いかける。


「あ、頭が固い?」


頭が固いという言葉に心当たりが無いわけでもない。確かに昔から、『偉そうに見える』とか、『融通が効かない』など色々言われてはいる。


「これはお礼とか関係なくて、私がしたいからやってることなんです。」


白雲は、そう諭すかのように俺に言った。


「……それに、せんぱいが私を助ける気があったか、無かったかなんて正直どっちでも良いんです。重要なのはせんぱいに助けられたという事実なんですから。」


白雲は微笑みを浮かべ、そう言葉を零す。


……大切なのは、過程よりも結果ってやつか?


その過程にどんなものがあろうと、結果さえ良ければなんでもいいと?


「……訳わっかんねぇ。」


後頭部を掻きながら、俺はそう呟くのだった。


























「ってもうこんな時間なんですね。」


白雲が気を見計らったように、首を上に傾ける。


部屋の柱に架けられている時計を見れば、確かに外も暗くなり始める時間だった。


「……本当だな。」


「すいません。こんな時間まで付き合わせちゃって。」


「いや、問題ない。」


「あっ、そう言えば結局お礼のことを話せてないですね。」


そう言われてみて気付く。


あの後もこいつと色々雑談しただけで、本題に触れていなかった。


……俺なんの為に家に上がったんだ。


「どうせなんで、連絡先交換しませんか?」


その時、白雲は少し緊張した面持ちでそう言った。


「……うーん。」


正直、こいつとはこれ以上関係を築きたくない。


学校の連中に2人でいるところなんて見られたら、本当に面倒なことになるからだ。


……けれど、こいつからこんな高級品貰っちまったしなぁ。


隣に積んである紙袋に視線を向ける。


本人は、お返しとか気にしなくていいお土産だと言ってはいたが、これで本当に何も返さなければ、こいつに失礼だ。


いくら自分が面倒な目にあいたくないからと言っても、恩を返せないやつにはなりたくない。


「もし良ければ、お礼をどうするかもメールで送りたいと思ってるんですけど……ダメですか?」


白雲は、少し申し訳なさそうにそう申し出る。


……連絡先くらい別に良いか。


「いや、交換しとこう。」


「本当ですか?ありがとうございます!」


俺たちはその後も色々言葉を交わし合うと、玄関まで足を向かわせる。


玄関のドアを開けると、もう既に雨は止んでいた。


……荷物が増えたからどうなるかと思ったが、何とか帰れそうだな。


俺は見送りきた白雲に別れを告げようと、後ろを振り返った。


その時、


「せんぱい!さよならのギューっです!」


白雲が急に俺の首元に腕を回し、ギュッと抱き着いてきた。


白雲の、柔らかな体の感触が全身を伝って感じられ、俺の体は緊張のせいか一瞬でガチガチになる。


「……おい、白雲。やめてくれ。」


「せんぱい、耳まで真っ赤ですよ?本当に女性慣れしてないんですね。」


白雲は俺の耳元でそう囁き、スっと体を離した。


「じゃあ、せんぱい。また今度会いましょう!」


「……お、おう。またな。」


……俺はどれだけ遊ばれれば、気が済むんだ。


俺は、体の熱が収まらないまま、白雲家を後にするのだった。
















彼がボクの家に居る。……えへへ、彼がボクの家に居る。


先程、せんぱいを家に上げた後、ボクは彼の座る位置と対面になるソファに腰掛け、煎れてきた紅茶を啜っていた。


その間、口元の笑みを隠すのに必死になりながらも、彼のことをチラチラと盗み見る。


物珍しそうに、ひっきりなしに周囲を眺め、見たこともない物に興奮を隠せないでいる彼の姿はとてもかわいい。


そんなことを考えていると、彼はボクの煎れてきたお茶に鼻を近付け、口を開いた。


「……これは、ダージリンか。」


かなり、自信有りげにそう呟く彼。


……せんぱいって紅茶に詳しいのかな。


彼の呟きは正しく、ボクの煎れてきた紅茶はダージリンティーである。


「そうです。よく分かりましたね。」


「実は紅茶に関しては、並の人よりも教養があってだな。」


その後、せんぱいは少し得意げに語り始めた。


ダージリンの茶葉はヒマラヤ山麓、標高2,000メートルを超える高地に産地がある。


ダージリンティーは3種類存在し、ボクが煎れた紅茶はその3種の中でも希少価値の高いファーストフラッシュと呼ばれ、3月から4月までの期間に採れる一番茶である。


爽やかで若々しい風味とほどよい渋みが楽しめる紅茶になっているらしい。


確かに、普通に生きていたらここまで詳しくなることはあまりない。


紅茶をよく飲むボクでも、先程の話は知らないことばかりであった。


「よくそんなにも知っていますね?」


「知り合いに、紅茶好きの人が居てな……その人から色々教わった。」


そう言いながら、せんぱいは紅茶を啜る。


……こんなにも、せんぱいが物知りだったなんてやっぱり素敵♡


誰にも盗られたくない。


監禁したい。


やっぱり、紅茶の中に睡眠薬入れるべきだったかなぁ。


……そしたら簡単に拘束できたのに。


ボクは、心の中で湧き上がる後悔を、胸に押し殺し、彼にある提案をする。


「せんぱい、良ければなんですけど、他の紅茶も貰ってくれませんか?」


「……と、言うと?」


せんぱいは首を傾げながらボクにそう聞き返す。


「実は紅茶が、家に余りに余っていまして……

親は紅茶をあまり飲まないし、ボク1人じゃ飲みきれないので、貰ってくれませんか?」


「……なるほど、そういうことか。だがお高いやつなんだろ?なんというかタダで貰うのは気が引けると言うか……うーん。」


せんぱいは、思案げに顔を俯かせる。


「……人助けだと思って、ダメですか?」


ボクは身を乗り出して、せんぱいの手をぎゅっと掴む。


こう言えば、優しいせんぱいなら頷いてくれるはず。


案の定、せんぱいは少し焦った感じで手を退かせ、頷いた。


「……分かった。」


「ありがとうございます!」


せんぱいの返事を貰えたことで、ボクはその場から立ち上がり、紅茶の葉が仕舞ってある棚へと向かう。


その棚には、溢れん程の茶葉があり、用意した沢山の紙袋の中に、それを詰めていく。


……ついでにボクのお気に入りのお菓子も、入れちゃおうかな。


隣の棚からいくつかお菓子を取り出し、袋の中に入れる。


……それにしても、せんぱいは人を信じすぎです。


ボクがただ単に紅茶を貰って欲しいなんて、そんなの嘘ですよ。


ボクは、ポケットに忍ばせた盗聴器を紙袋の中へと入れる。


……監禁はしないので、これくらいは許してくれますよね?


……それと。


ボクは携帯を開き、ある場所にメッセージを飛ばす。


『計画通りにお願い。』と。


すると、一瞬で『了解。』と書かれた文字が返信された。


ボクはそれに思わず顔をニヤケさせるが、直ぐに真顔を取り戻す。


やがて、ボクは紙袋に物を詰め終え、彼の元へと戻り、彼に紙袋を差し出した。


「……紅茶は分かるが、お菓子はどういうことだ?」


せんぱいは不思議そうにボクの顔を見る。


「……それは、お土産です。」


「お土産って……なんじゃそりゃ。」


せんぱいは、呆れた様子で笑う。


ボクもそれに笑みで返し、再びせんぱいの対面へと腰掛ける。


……けれど、袋に忍ばせてあるやつだけじゃ、

ちょっと不安だなぁ。


……帰り際に、さりげなく別のを付けようかな。


しばらく紅茶を楽しんだ後、


ボクはそんなことを考えながら、彼に言葉をかけるのだった。


「それで、お礼の事なんですが……」

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