第12話 傘があれば
「せんぱい!!」
明かりのない薄暗い昇降口。
そこから外に出ようと、傘を開いたその時だった。
後ろからそう女子生徒の声がした。
声を聞くだけで分かる。
……外見は絶対に良い。
そう思わせるような、澄んで綺麗な声だった。
……まぁ、俺には関係ないことだな。
当然だが、俺の女子との交流は幼馴染である貴音
に留まっているので、あいつ以外の女子生徒に呼び止められることはありえない。
自分で言っていて悲しいが、これが現実なのだ。
自分の中でそう結論付けて、そのまま足を進めた。
「あ、ちょっと待ってください!せんぱい!!」
後ろの少女が、慌てたようにそう叫ぶ。
俺が歩き出すと同時にそう声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
俺は振り返らずに、雨の打ち付ける衝撃を右手の傘で感じながら、そのまま歩き、校門をくぐって校外へと出た。
その時、
「……もう、待ってくださいってば。」
突如、ガシッと俺の左手が何者かに掴まれた。
その感触は、つい最近同じように女子に手を掴まれた記憶を俺に思い出させた。
「!?」
俺は、いきなりのことに驚愕しながらも後ろを振り返る。
そこに居たのは……
「……やっと、こっち見てくれましたね。」
いつぞやで見た、銀髪碧眼の美少女だった。
……こいつは。
思い出されるのは、昨日の昼休み。
俺が昼休みに屋上へ昼寝をしに行こうとしていた途中で、ナンパ現場に遭遇した時のことである。
その時に、この女はナンパに遭っていたやつだ。
そういや、あの時はこいつらのせいで睡眠時間がちょっと削れたんだっけな。
まぁ、悪気とかそんなんは一切なかったから別に気にしてないが。
……そんなことよりも。
俺の左手を掴んで離さない目の前の少女に目をやる。
驚くべきことに、この少女は傘を持っていなかった。
つまり、雨に打たれながらも俺の元まで走ってきたということだ。
……何を考えてるんだ。
俺は、頭では思考を休めずにいたが、実際はこの状況を全く呑み込めずにその場で固まっていた。
数秒の間、2人の間には雨の振りつける音だけが響く。
少女も一切口を開かずに、まるで俺からの言葉を待っているかのように、濡れた顔を伏せるだけだった。
「……とりあえず。」
俺はそう言って、彼女を傘の中へと誘い込む。
少女は大人しくそれに従い、1つの傘の中に2人の人間がキツキツで入る形となった。
所謂、『相合傘』と言うやつだ。
相手は学校の超絶美少女なので、もしこの光景を他の誰かに見られた時は噂だとか色々と面倒だろう。
面倒なことには極力関わりたくない俺からすれば、今はかなりしんどい状況である。
ただ、目の前でびしょ濡れの女子をそのままにしておくのは、なんだか男として違う気がしただけだ。
「……せんぱい、ありがとうございます。」
「……別にお礼を言われるようなことはしてない。」
それとも、まだ昨日のことを引きずっているのだろうか。
それから少女は、何故か少し頬を赤らめながら、口を開いた。
「……すいません、いきなり呼び止めて。ただ、どうしても昨日のお礼がしたくて、気付けば飛び出していました。」
手を後ろに組んでモジモジとするその姿は、普通の男子ならば一瞬でハートを撃ち抜かれてもおかしくはない程の破壊力だった。
ただ、その可愛らしい仕草で思わず流されそうになるが、言っていることはかなりヤバいやつである。
「……いや、だからお礼はいいって昨日も言っただろ?」
「いいえ、なにかお礼をしないと、ボ……私の気が済まないんです。なので、お願いします!」
一瞬、少女は何か言い淀んだが、直ぐに言葉を続ける。
その少女の瞳からは、昨日見たそれとは違い、絶対に折れることのない強い信念のようなものを感じた。
「……もういいよ。じゃあ、なんでも好きにしてくれ。」
俺は少し面倒になったので投げやりに彼女にそう伝える。
俺のこの酷い態度で、お礼をしなければいけないなんていう決心が変わってくれやしないかと思ったが、
「本当ですか!ありがとうございます!」
少女はその場で勢いよく深々と頭を下げた。
体が傘の外へ出て、雨に濡れようと、お構い無しに。
「……顔上げてくれって。なんも大したことしてないから。」
俺は諦めて、彼女へそう告げる。
やがて、彼女は上体を上げて俺の顔を覗くと、小さく笑った。
「ふふっ。」
顔を再び俯ける少女。
俺の顔になんか付いてるのか?
触って確かめてみるが、特におかしなところはない。
……何がそんなに面白いのか。
目の前の少女を不思議に思いながらも、とりあえず、このままここに突っ立ていたところで無駄な時間を過ごすだけなので、俺は、ここから少し移動しよう、と少女に提案するのだった。
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