第11話 悪天候

キーンコーンカーンコーン。


本日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのは、


ボー、と壇上に立つ先生の話を聞き流しながら、外を眺めていた時だった。


……もうこんな時間か。


普段ならば、一帯を明るく包み込む夕陽が空を染めているが、今日は生憎の悪天候なので時間の流れが掴みにくかった。


そう言えば、どうでもいいことだが、なぜ雨の日は悪天候なんて言うのだろうか。


もちろん、雨が降れば色々都合が悪くなる人がいるのは間違いない。


実際、俺だって雨降りの日に外に出るのは避けたいし、傘を差さなければいけない面倒さもある。


けれど、そう感じるのは俺がこの恵まれた地に生まれたからではないだろうか。


もしここが、一切の雨の降らない乾燥地帯ならば、この悪天候は、瞬時に神の恵みへと名前を変えるはずだ。


つまるところ、結局はその場所の環境によってそのものをどう感じるかは変わるし、一概にものの定義とは決められないものなんじゃないだろうか。


……というか、本当にどうでもいいこと考えてんな。


帰宅や、部活動へ行くために荷物を纏める生徒たちを横目に、俺はため息を吐いた。


「……おい、何に浸ってるのか知らんが、さっさと帰れよ。」


その時、俺の肩を叩いて、俺にそう言葉を吐いたのは、本日はやけに俺に絡んでくる小林だった。


「……仮にも親友に、『またお前かよ』みたいな顔するのってどうなの。」


小林は俺の顔を見て、苦虫を噛み潰したような表情をする。


……小林の絡みを面倒に感じているのが、どうやら顔に出ていたらしい。


「そりゃ、すまんな。ところでそんな顔してどうした?苦虫でも噛み潰したか?」


「……お前、それ色々と分かって言ってるよな?」


その後、俺たちは席を立ち上がり、軽口を交わし合いながら1階の下駄箱の並ぶ昇降口へと移動した。


「じゃ、そういうことで、俺部活だから。」


1階まで俺と着いて来ていた小林は、俺にそう告げると、校門とは別方向へと走って行こうとする。


「……部活?雨なのにあるのか?」


そんな背中に、俺は内心で思ったことを口に出して問うていた。


「……そりゃ、雨だからって休みになるような甘っちょろいもんじゃないぞ部活ってもんは。」


小学生の体育じゃねぇんだから。と、そう呟きながら小林はため息を吐く。


そう言えば、雨の日の放課後にやけに人が集団で階段を上り下りしているなと思っていたが、運動部は外が使えない時は校舎内で活動しているのか。


中学生の頃から帰宅部の俺には、全く理解できない熱意であった。


「……そうか、そりゃ大変だな。頑張れよ。」


「お前に言われなくても、分かってるって。」


小林は去り際にそう言い残し、今度こそ体育館の方へと走って行った。


……そういや、体育館裏のあの人たち、まだあそこに居んのかな。


思い出されるのは昼休憩。


いきなり俺を呼び出して喧嘩を売ってきた先輩方を、俺が全員返り討ちにした時のことである。


巨漢の鬼塚先輩は、たった2発殴っただけで終わらせたので、俺が去った10分後くらいに目覚めてるはずだが……


……まぁ、どうでもいいか。


もしあのままあの場で倒れていたら、明日の朝にはその話題が学校に出てることだろう。


そうなれば嫌でも耳に入ってくるはずだ。


そんなことを考えながら、俺は下駄箱から靴を取り出し、昇降口から雨の降る空を見上げた。


普段ならば、俺はここで雨が止むか、雨の勢いが弱まるかを1人で待っている可哀想なやつだが、今日は違う。


俺は心の中で笑みを零し、己の右手を見下ろす。


視線の先、俺の右手には、しっかりと傘が握られていた。


俺は勝ち誇った笑みを浮かべながら、昇降口から出ようと傘を開いた。



「せんぱい!!」



その声が聞こえたのは、丁度そんな時であった。

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