第10話 暗躍

「ねぇ、真奈、ちょっと用事ができたから先に失礼するね。」


「えぇ!?今、食堂に来たばっかりなのに!?」


現在、混み合う食堂内。


3年生の先輩から『準備ができた』との連絡が来たので、ボクは真奈に別れを告げる。


「私が脅されてまで食堂に連れてこられた意味よ!?」


「……真奈うるさい、喉切るよ?」


周囲の奇異の視線を集める真奈に、ボクはポケットから取り出したシャープペンシルを真奈に見えるように持ち、そう告げる。


「ひぃっ。」


すると、真奈は上擦った声を出して項垂れた。


……あっボクってば、つい……


取り出したシャープペンシルをポケットの中へと仕舞う。


少しやり過ぎたかなと思い、隣の真奈の顔を覗くと、真奈はこちらを向いて、はぁ、と息を零すと、ボクに笑いかけた。


「まぁ、いいや。私のことは気にせずに行ってらっしゃい。」


「うん、ありがと。それじゃ行ってくる。」


……真奈はボクの我儘を、あまり引きずらないから、いい友達。


また今度、ごはん奢ってあげようかな。


そんなことを考えながら、ボクは食堂を後にするのだった。














「すいません、遅れてしまって。」


ザーという雨の音を聞きながら、体育館裏の扉を開けてボクは開口一番にそう言う。


「……いや、全然大丈夫だよ。」


出迎えてきたのは【飯田正人いいだまさと


昨日ボクに告白してきた気持ちの悪い男である。


「すいません。こんなお願いしてしまって。

……失望しましたか?」


ボクは、この男がなんと言おうと別に興味もないが、一応可愛い後輩女子を演じる。


「失望だなんてするわけないだろ?この先も襲ってきそうな男という不安要素を消したいと願うのは、ごく当たり前のことじゃないか。」


男は至って真面目な顔でボクにそう語る。


……これは、言外に自分を消してくださいって言ってるのだろうか。


そんなことを考えながら、ボクはその男を見つめていた。


すると、男の方から話題を振ってきた。


「それにしても、別に来なくても良かったのに。君からすれば【黒池】はトラウマだろう?」


心配そうにボクの顔を覗き込み、ボクにそう言葉をかけてくる。


……彼がトラウマだなんてボクはとんだ嘘を吐いたものだ。


……ごめんなさい、せんぱい。


勝手に悪者にしちゃって。


……けれど、ボクとせんぱいの明るい未来のためなんです。


許してください。


心の中で彼にそう謝罪する。


「いえ、私はお願いした身なので、現場に立ち会った方が良いかなって。」


ボクは律儀な後輩を演じながら、そう言葉を吐く。


……ちなみに、ボクは親しくもない連中には一人称を『私』にしている。


どうやら女が『ボク』と言うのは変らしい。


そうした方が色々と無難と言ってきたのは真奈なので、間違いはないだろう。


そんなことを考えていると、不意に体育館裏の扉が開かれた。


「来るぞ。」


入ってきた先輩は、それだけ告げると他の4人が並ぶ列に戻る。


……彼が来る!


ボクは胸を高鳴らせながら急いでその先輩達に向き直り、


「すみません。私は少し離れたところに居ますね。」


そう告げて、体育館裏の別口から外へと出た。


それと体育館裏に彼の姿が現れたのはほぼ同時だった。
















ふふっ、やっぱり彼はカッコイイな。


雨の降る勢いが強まる中、体育館裏の中を覗ける窓からボクは中の様子を伺っていた。


この学校でも1番体が大きいとされる鬼塚先輩をたった2度、彼が拳を叩き込むだけで決着をつけてしまった。


……ボクも、お腹に一撃いいモノ貰いたい。


いや、一撃と言わず何回も♡


そんなことを考えながら、彼を見てしまう自分がやっぱりいた。


……あぁ、ダメダメ。またこんなこと考えてる。


今日はの意味も込めて来たんだから我慢、我慢。


ボクはキュンキュンと鳴るお腹をさすりながら、自分を落ち着かせる。


一度体育館裏から目を離し、大分落ち着きを取り戻したところで、もう一度中を覗くと、彼が他の取り巻きたちを余裕の表情で蹴散らしているのが見えた。


……うーん。なるほどな〜。


この学校の喧嘩自慢たちでも、彼には全く歯が立たないんだ。


……じゃあ、ちょっと早い気もするけど今夜にでも、しようかな。


窓の奥に映る彼を横目に、ボクはある計画を胸に、早速ある場所に電話をかけたのだった。

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