第8話 カーテンコール
「……ふぅ。」
雨の、地を打つ音が聞こえるくらいに静まり返った体育館裏。
倒れる5人の男たちを余所に、俺は無傷の体を確かめていた。
今回も目立った怪我はなく、かなり余裕で相手を無力化させることができた。
これは良かったことなのだが、今回のこの件は少し気掛かりな点がいくつかあった。
その1つ目としては、全員が俺に対して拳を振るってきたこと。
いつも通りなら、鬼塚がやられた瞬間に、取り巻き共はトンズラかくはずだが、今回ばかりは、違った。
いつもなら有り得ない事態に俺も少々焦ったが、なんとか対応できた。
しかし、これを【仲間想いのヤツらだった】で片付けるのはどうかと思う。
何せ普段、仲間の敵討ちなんて考えないやつらであるからだ。
……何か裏があるのだろうか。
それに、2つ目の違和感は、こいつらは何かに焦っていた。
……いや、怯えていたと言った方が正しいか。
確かに、俺に対しての恐怖心も少なからずあったはずだが、あいつらの目を見ていると、それ以上の何かを感じた。
使命感に駆られていた?というか、
まるで何かに踊らされていたかのような……
そう思考に耽っていると、不意にパチパチパチと拍手の音が背後から聞こえてきた。
驚いて振り返ると、そこには、つい先程食堂で別れたはずの小林の姿があった。
「いやー、さすが俺の親友だな。まさか学校1の巨漢、鬼塚を一瞬でぶっ倒すとは。」
小林は、感心したと言うような口調で俺にそう語りかける。
「……なんでここに来た。」
俺はこいつと食堂で別れる際のことを思い返しながら、小林にそう問いかけた。
「そりゃ、親友が柄の悪そうな男に連れて行かれたら、誰だって心配するだろ?だから見に来た。」
ニヤニヤと笑うその姿に、俺は少々呆れ混じりに呟いた。
「……お前、ただ見に来たかっただけだろ。」
「そうだが?」
一切の躊躇もなく、あっけからんと言い切るその姿に、もはや呆れは隠せず俺はため息を吐いた。
こいつと俺の友人関係が続いているのには、多分もう1つ理由がある。
それは、小林が極度の喧嘩好きということだ。
昔から、何かと暴力沙汰になれば、その渦中には必ず小林がいた。
小林に直接関係ないことでも小林はいた。
元はと言えば、俺たちのこの友人関係も、ガキの頃の喧嘩があったからである。
思えば、俺のこの謎に喧嘩強い体質は、あの時に発覚したのだ。
細かな原因は忘れたが、小学校の校外学習中。
ちょっとしたすれ違いから、俺と小林は喧嘩になり、暴力沙汰にまで発展した。
宿の同室のルームメイトが、すぐさま先生を呼びに行ったおかげで、そこまで激しくはならなかったが、その時に俺は小林に勝ってしまった。
小林の攻撃を全て避けて、なんとなく隙ができた箇所を殴っていただけだった。
それでもその当時、格闘技をしていた小林は衝撃を受けたのだろう。
武術のぶの字もなっていないようなやつに、自分の技が全て当たらず、なんなら俺の適当な殴りで負けてしまった自分に。
そして、喧嘩をした翌日から小林は俺に友好的に接してくるようになった。
普通なら絶縁もいいところだが、どうやら俺のことを【認めた】らしい。
当時の俺は何も嬉しくなかったが、今となれば、あの喧嘩があったおかげでいい友達を持てたと思っている。
ちなみに、小林の得意技は【飛び後ろ回し蹴り】
である。
1度、その技を中学の喧嘩中に、俺に絡んできたやつへ見舞っていたのを見たが、圧巻というしかないほどに綺麗な技であった。
……やられた方は、めちゃくちゃ痛そうだが。
「……なぁ、久しぶりに喧嘩しようぜ。」
その時、小林が口を開いた。
「……は?」
俺は素っ頓狂な声でそう聞き返す。
「いやー、お前があいつらを余裕で打ち負かしているのを見てたら、なんとなく血が滾ってきたってやつかな。」
……お前はサ〇ヤ人か。
ワクワクしてんじゃねぇよ。
心の中でそう呟いたが、こうなってしまった小林は1度ボコボコにしないと気を落ち着かせてはくれない。
俺は仕方なく真正面に、小林を見据える。
俺のその姿を見た小林は、ニヤリと口端を吊り上げて力強く1歩を踏み出した。
その時、
ガチャりと体育館裏の扉が開いた。
両者、構えたまま動きを止め、開いた扉の方へと視線を向ける。
そこには、見た目からして1年生だろうか。
角刈りの短い黒髪、見た感じお調子者臭がする生徒、【山田相馬】の姿があった。
その生徒は先ず俺たちの姿を確認し、その後に、倒れている5人の姿を確認した後、顔を青ざめさせた。
「……えっ、あっ、あっ、あっ、すみません、間違えました!!」
何を間違えたのかは分からなかったが、その生徒は慌てた様子で、扉を壊れる程の勢いで閉めていった。
数秒固まる俺たち。
やがて、
「……興が冷めた。」
そう呟いて、小林は構えを解いた。
それにならって、俺も構えを解く。
どうやら、あの生徒のおかげで今回ばかりは小林と拳を交わさずに済むらしい。
……その代わりに小林の虫の居所が悪くなってしまったが。
「……早く教室に戻ろうぜ。もう授業始まるし。」
小林はそう言って顎で頭上の時計を指し示す。
それを見ると、確かにもうそろそろで午後の授業が始まりそうな時間だった。
「……そうだな。そろそろ戻るか。」
そう言って俺は倒れている5人の方へと振り返った。
未だに、床に寝そべるその体は、起きてくる気配全くを見せず、伸びたままだった。
俺が感じていた違和感、その3つ目。
それは、
こいつらは、俺を見ていなかった。
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