第7話 舞台

3年生の先輩に連れてこられたのは、体育館の裏だった。


今まで連れてこられた中で1番多かったのは圧倒的に屋上だが、生憎、今日は土砂降りの雨なので2番目に多い屋根の付いた体育館裏になったのだろう。


そこに待ち受けていたのは、見るからに柄の悪そうなガタイのいい男達だった。


その数、5。


内心で、うわぁー、と声を出しながらもそいつらを見渡す。


その中に意外にも見知った顔が2つあった。


1人は、この5人の中でも一際目立った存在。


名は【鬼塚剛おにづかたけし】。


強面で身長は2mほどあり、初めて彼を見た人は怯えて震えてしまいそうな生徒である。


前述の通り、その強そうな名前に負けない見た目をしており、大抵の喧嘩はその見た目だけで圧倒できそうな程の存在感を感じさせる。


しかし、この男は過去に俺に喧嘩を申し込んできたことがあったので、その時に1度ボコボコにした。


ちょうどその辺からだろうか、登校中、昼休み、放課後、下校中、いつであろうと、何かと因縁をつけては俺に突っかかってきていた。


……まぁ、その度にフルボッコにしているが。


つまり、こいつはただ俺の名前を広めるための経験値になっている男である。


そして、もう1人は……


「あんたは昨日の……」


そう、昨日の昼休み。


俺が屋上へ昼寝に向かう最中に屋上前で見かけた男。


美少女のナンパ失敗男である。


「……不名誉な覚え方すんじゃねぇ。」


その先輩にそう指摘される。


いや、そのイメージを定着させたのは他でもないあんただろ。


「……で、俺が連れてこられた理由はなんですか?」


両手を挙げて、戦意はないという表明をする。


「んなこたぁ聞かんくても分かっとるやろ?」


その時、鬼塚が訛った関西弁で、そう言い放ちながら俺の目の前に立った。


……どうやら拳を交わすのは止められないらしい。


俺がそう結論づけたその瞬間、


鬼塚は、高校生とは思えないほどに太い二の腕で、俺の頭を鷲掴みにしようと、腕を勢いよく突き出した。


噂に聞いた話だが、鬼塚の握力はあと少しで100に到達しそうなほど強いらしい。


林檎を余裕で握り潰せるその手に1度でも捕まればゲームオーバー。


病院送りはまず避けられないだろう。


だから、その手をすんでのところで避ける。


確かにこいつの力は凄まじいが、【当たらなければ、どうということはない。】という言葉があるように、見た目の派手さはあれど、こいつの攻撃に当たらなければ別にそこまで脅威なわけじゃない。


と、若干バトル漫画のような展開になっていると自覚しつつも、隙だらけの鳩尾に1発叩き込む。


「グオッ!」


……お前は熊か。


心の中でそうツッコミながら、鳩尾を押さえて苦渋の表情に歪むその顔面にも、1発拳を叩き込んだ。


バタリ、と音を立てて倒れていく巨体。


こいつの倒れていく姿も、いったい何度見たか覚えていない。


……これで終わりか。


鬼塚が一瞬でやられたんだ。


この場にいるやつらが徒党を組んだところで、結果は変わらないということは分かっているはずだ。


そう結論付けて、元きた道を引き返そうと背を向けた、その瞬間、


「待てや!!」


ナンパ失敗男が、果敢と言うべきか無謀と言うべきか、俺に向けて拳を振り下ろしてきた。


その予想外の行動に俺は少々驚いたものの、体は上手く反応し、上体を横に逸らせることで、余裕をもってその拳を躱した。


不意を突いたはずの自分の拳が躱されたことに、目を見開いて、驚きを隠せないでいる先輩の顔を俺は無慈悲にも蹴り上げる。


体を後ろに反らせてそのまま背中からぶっ倒れる先輩。


本来ならここまでする必要はないが、他の3人に

【こうなりたくなければやめておけ】という見せつけの意味を込めて、この先輩には犠牲になってもらった。


しかし、


「よくもやりやがったな、てめぇ!!」


先輩の犠牲は無駄だった。


他の3人も俺を睨みながら拳を握って距離を詰めてきた。


……なんでこうなるんだよ。


俺は心中でそう呟きながら、そいつらを蹴散らすのだった。


だが、俺は見逃さなかった。


そいつらの膝は確かに震え、瞳には、怒り以外にも恐怖を宿していたことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る