第6話 始まり
ガヤガヤと、大勢の生徒たちで賑わう食堂内。
俺たちは、あの後、2人してなんとか食堂の席へとありつけていた。
と言うのも、小林の友達が食堂で迷える俺たちに、席を譲ってくれたおかげである。
自分は教室で友達と食べることにする、と言い残して、去っていくその後ろ姿は、男でも思わず惚れてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
……しかし、この世には友達とその友達にまで自分の席を譲るようなやつが存在するんだな。
俺はいくら友達であろうが、自分の席は自分の席。他を探してくれ。という考えしかできないので、そんな人間がいるということに素直に驚きである。
……世界って広いんだな。
「……おい黒池、なんか大丈夫か?」
そんなことを考えながら、味噌汁を啜っていると、不意に隣の小林に、そう声をかけられた。
「……何がだ?」
「いや、なんと言うか……お前今なんか若干顔色が悪いぞ。」
……顔色が悪い、か。
その原因に実は俺も心当たりがある。
いや、心当たりしかない。
先程、食券販売機に向かう途中、誰かに声をかけられた。「先輩。」と。
なんと言うか、その声が未だに頭から離れなくて頭の片隅では、先程からずっとそのことばかり考えていた。
ただ「先輩。」と声をかけられただけなら、ここまで考えることはなかっただろうが、俺はあの声に何故か、恐怖を抱いていた。
確かに、声がした方向に、誰も居なかったということも恐怖を煽る材料だが、それだけじゃなくて、なんというかもっとこう……あの声に色々と意味が込められていたような。
「気分でも悪いのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
俺は一瞬、先程のことを小林に話そうかどうか迷ったが、こいつの意見も聞いてみたいので話してみることにした。
話している最中、小林は神妙な面持ちだったが、
語り終えると、なんだか脱力したように呟いた。
「ふーん?なるほどね。空耳とか?」
「……なぜ初めに俺の耳を疑う。」
こいつからしたら、俺の耳は信頼できないとでも言いたいのだろうか。
「いや、だってお前に【先輩】だなんて誰が声かけるよ。部活もしてないじゃんお前。」
……確かに。声掛けるだけなら、「ねぇ、」とか「あの、」とかでもいいよな。
しかも、声を掛けるだけかけて、その後何もしないってところも怖いんだよな。
……ただ空耳ではなかったはずだ。
「やっぱお前、守護霊に取り憑かれてんだよ。」
「……いや、どういう意味だ?」
「だってそれしかありえないだろ?守護霊がお前を驚かすためにお前のことを呼んだんだって。」
「……いや、守護霊なら驚かさずに俺を守れよ。」
うんうん。と納得したように頷く小林に、俺はそうツッコミをいれる。
そういう霊の類は信じていないという話は、前にもしたと思うが、そもそも守護霊が俺を「先輩。」と呼ぶ理由が見当たらない。
人間と幽霊との恋愛ラブコメでも聞いたことがない。
恋愛をしたいとは言ったが、見えない守護霊との恋愛なんて断じて望んでないぞ。
悲しいだけだからな。
「……なぁ、お前【黒池】だろ?」
その時、俺の頭上から野太い声が降り注いだ。
唐揚げに伸ばしていた箸を止め、声がした方に視線を向ける。
そこには、少し厳つい体つきをした、見たところ3年生の先輩が俺を見下ろしていた。
「ちょっとツラ貸せよ。」
その先輩が俺にそう告げる。
……こういうやつは、だいたい俺の噂を知ってるやつだ。
【自分がこいつの名声に泥をかけてやる。】とかいうどうでもいい理由でこういう輩が湧いてくるのだ。
つまり、今から始まろうとしているのは、まったく意味のない喧嘩である。
「モテモテじゃんかよ、黒池。」
茶化すように隣の小林が俺の顔を覗いてくる。
それに対して俺はため息を返し、席を立ち上がって小林に告げた。
「……その唐揚げ、良ければ食っといてくれ。」
「俺も行こうか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言う小林に、俺は淡々と言葉を返す。
「……来んな。」
それだけ言い残して、俺は3年生の先輩の後に続くのだった。
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