第5話 呼ぶ声

あの後、4限目の授業を終えた俺たちは、昼食を摂るために、食堂へと足を運んでいた。


道中、小林はいつもよりテンションを高めてウキウキで食堂へと向かっていた。


……本当に、何がそんなに嬉しいのか。


なんなら、女の子と食事をしにいく時よりも足取りが軽い。


かく言う俺も、久しぶりの昼飯に、ワクワクしなかったと言えば嘘になるくらいには、楽しみにしていた。


……しかし、


「……人が多いな。」


食堂内のあまりの人の多さに俺は思わず、そう呟く。


そう、今日の天気は雨。普段、外で昼飯を食べる生徒たちも、屋内での食事を余儀なくされる。


その結果、いつもの倍以上の生徒たちが食堂に押しかけて来ていたのだ。


小林もこの数の生徒を食堂で見るのは初めてなのか、呆気にとられているようだっだ。


……仕方ないな。


とは言っても、俺も小林もここに食事をするために来たのだから、このまま突っ立ていてもどうしようもない。


「ほら、こんなところでボケーとしてたらマジで俺たちの席なくなるぞ。」


そう言って、俺よりも少しだけ背の高い小林の肩を叩く。


「え?あ、ああ、そうだな。」


小林も我に返ったかのように頷いて歩を再開し始めた。


混雑する食堂の中、小林が俺を先導する形で、生徒たちの合間を縫って食堂の奥へと進んでいく。


……ってあいつ早いな。


見ると、先々と進む小林は、もう既に渋滞を抜けて食券販売機の前に辿り着いていた。


何回も人と肩をぶつけながらも、食券販売機前で待つ小林の元へと急ごうと、俺は歩を早めた。


その時、



「……せんぱい♡」



どこからか、そう声が聞こえた。


その瞬間、ゾクリと全神経が刺激されたかのように震え上がり、体中に鳥肌が浮かび上がる。


「ッ!?」


俺は思わずその場で急停止し、背後を勢いよく振り返った。


しかし、目ぼしい人間は誰も居らず、お前の空耳だと言わんばかりに、誰も俺など見ていなかった。


……?


その声は、「先輩。」としか言っていなかったが、何故か俺に向けて発せられた声だという自覚があった。


……しかしさっきの声、最近どこかで聞いたような……


あんなにドロっとした感じではなかったが、つい最近、それこそここ2、3日の記憶が蘇る。


……それにしても……先輩か。


妙に耳に纏わりつき、頭に残る声だった。

























……彼に会いたいなぁ。


現在、昼休みに入り、友人の真奈と昼食を摂るために、食堂へと赴いていた。


真奈は初め、あまり乗り気じゃなかったけど、ハサミをチラつかせながらお願いしたら、ちゃんと着いて来てくれた。


真奈のそういう素直なところ、ボクは結構好き。


だけど、外が雨降りのせいか、食堂がいつもより混んでいて、あまりの人の多さにうんざりした。


……人が多いところは嫌い。


確かにボクの容姿は、この学校では類を見ないような銀髪碧眼で、珍しいのは分かる。


だからってジロジロ見られて嬉しいものじゃないし、そもそも有象無象どもの視線なんて煩わしいだけ。


今だって、好意、羨望、嫉妬、周りから向けられる様々な視線に、鬱陶しさを感じながらも、食堂の奥へと進んでいた。


「……相変わらず、すごい注目されてるね。」


ボクの隣で歩く真奈は、恐れ多そうにそう呟く。


「……どうでもいい。」


それに対してボクは、そう淡々と言葉を返した。


辛口だなー。という彼女の言葉を無視し、ボクは購買の方へと向かう。


……彼は今頃何してるかな。


今日は、お外で昼寝ができないし、ここに来たりして、それで偶然ボクたちと会って、一緒にご飯食べれたりしないかなぁ。


そんなボクの頭の中は、彼でいっぱいだった。


「……あ。」


その時、真奈がそう言葉を零した。


真奈のその呟きで、妄想の海から引き上げられたボクは、少し見開く真奈の瞳が向かう先へと目を向ける。


そこには、ボクの淡い期待に応えるかのように、視界の隅、混み合う人混みの中に彼を見つけた。


人混みに紛れながらも、懸命に食券販売機へと向かうその姿は、とてもかわいくて、愛おしい。


食堂にいる無数の人がボクに視線を向ける中、彼だけはボクの方なんて見向きもせずに、ただただ

前だけを見ていた。


……彼にはボクを見て欲しい。


だけど、確かに悔しいけど、ボクを見ない彼もやっぱり好き。


他の有象無象どもとは違うんだって、そう思わせてくれる唯一の人。


やがて、彼は混雑する人の流れをよく見極めて、食券販売機の方へと足を早め始めた。


方向としては、ボクの真後ろ。


それでも彼はボクの存在に気付くことなく、ボクの真横を通り過ぎた。


すれ違う瞬間、



「……せんぱい♡」



彼の背中にそう声をかける。


その瞬間、ビクッと肩を震わせて、彼は勢いよく後ろを振り返った。


……あはっ。かわいい。


キョロキョロと辺りを見渡して、不思議そうな顔をする彼。


どうやら、彼は、人混みに紛れたボクの姿を見つけることはできなかったみたいだけど、かわいい彼の反応が見れてボク的には満足だった。


その時、懐に仕舞ってあった携帯端末が震える。

それは3年生の先輩からのメッセージだった。


要件は、『準備ができた。』その一言。


その文面を見て、ボクは口元に笑みを浮かべる。


……彼はボクだけのもの。


他の誰にも渡さない。


待っていてくださいね、せんぱい。


あと少しでボクの虜にしてあげます♡


そしてボクは、そのメールに『よろしくお願いします。』と返信するのだった。

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