第2話 ファルコン

ー翌日ー

 女がパチンコ屋の隣にあるローン無人契約機の前でウロウロしている。

 頭の中で何かと何かが戦っているかのように、上を向いたり下を向いたり、右へ行ったり左へ行ったりと、落ち着きがない様子。

 するとそこへ、別の女が話しかけてきた


「暗闇の中、提灯の火が消えて迷子になった町娘かよ」

「は?へ?は?ファ、ファルコンさん?」


 ふと我に返ったアヒルは、昨日の自助会で出会ったファルコンと偶然にも再開し、驚いた。


「アヒルちゃん。完全にギャンブルやりたいモード入ってるね」

「そ、そんな、人を大当たり直前のチャンスゾーンに入った筐体きょうたいみたいに言わないでくださいよ。・・・あ、やっぱり私の頭の中、パチンコでいっぱいだ」

「無理に止めたりはしないけど、ギャンブルする時間あったら私と少しお茶しない?」

「い、いいですけど。ファルコンさんってお金持ち歩かないんですよね?わ、私も今は自分の分くらいしか持ち合わせが、、、」

「現金を持ってないってだけで、電子マネーやクレジットカードは持ってるよ。キャッシング枠は0にしてるけどね。それにここは私がおごるよ。さ、さ、気が変わらいうちに行こう」


 そう言うと、ファルコンはアヒルの両肩を後ろから持ち、近くのカフェへ押し込むように入っていった。


 窓際の席に通された二人はアイスカフェを注文した。

 アヒルは時計を見ながら、パチンコ屋のほうをチラチラと気にしている。まだ、モードから抜け出せていないようだ。

 そんな様子を見ていたファルコンが、スマホを操作してCチューブの動画を見せてきた。


「何ですかこれ?」

「ま、ま、10分くらいで終わるから見てみてよ」


 動画の流れたスマホを受け取って覗き込むと、そこにはパチンコの実践動画を短く編集したものが流れていた。

 アヒルは、カフェ店員の持ってきたドリンクに気づくことなく、その動画を見入った。

 動画の最後は、実践の収支で締めくくられていた。アヒルは見終わったスマホをファル子へ返しながら質問した。


「これがどうしたんですか?」

「どう?少しは落ち着いた?ギャンブルやりたいモード、やわらいだ?人によって様々だからさ、私の場合はお馬さんの毛並みを見て落ち着かせているの」

「あ、確かにちょっと前まで、打つためのお金をどう工面くめんするかばかり考えていたような」

「あなたにも効果があるようね。ギャンブルをしているときは、頭の中でドーパミンっていう快楽物質がたくさん出てるんだけど、それがやがて依存症となってくると

いくら快楽物質を出しても、鈍感になった受容体が満足しきれずにどんどん欲しがってくるわけよ。

 そこでこんな動画を見て、受容体を落ち着かせるってわけ。わかりやすく例えると、白球を待ち構える高校球児に幻覚を見せて、騙してチェンジさせちゃうって感じかな。

 ただこれは、逆効果となって欲求を加速させちゃうときもあるから、見過ぎには気を付けなきゃいけないの」


 この時、アヒルは想像した。

(炎天下の中、焼けるような熱さのグランドで、頭がもうろうとしている高校球児の外野手が快楽物質を求めて、右往左往。

 さらにギャンブルをすればするほど、そんな呪われた球児が増えていく。騙してチェンジしたところで、それに気づいた球児がまた過酷なグランドへ地を這うように戻っていく。

 なんて恐ろしいスポーツなのかしら。私の頭の中で、そんな大変なことが起こっていたなんて)


「わかりやすいご説明、ありがとうございますファルコンさん」

「ところでその、『ファルコン』って呼ぶの辞めない?自助会あそこだけの名前なの。ちょっと恥ずかしいわ」

「で、では『ファル子』さんで」

「一文字減っただけじゃない。まあいいわ。せっかくだからこのままギャンブルの話から変えていきましょ。私もモードに入っちゃいそうだわ」


 確かに気をそらすことは大切だと感じたアヒルが、別の話題をファル子へ振った。


「わたし、昨日聞いた家計簿アプリをダウンロードして使ってみたんですけど、これが結構便利で使い始めてみたんです。ファル子さんもどうですか?」

「私はそういうのパス。だって難しいじゃない。スマホいじるのだって動画見るだけで精一杯なの」

「じゃあ私が設定してあげます。一緒にはじめましょうよ」

アヒルはそう言うとファル子のスマホを取り上げて設定し始めた。

「これでヨシっと。あとはここに日付と金額と科目を入れてくだけです。簡単でしょ。

 私のお姑さんなんか『あなたにお金の管理なんかできないでしょ』って言って夫の給料を全部持っていって少しのお小遣いを渡してくるだけなんですよ。

 ひどくないですか?た、確かにお金には弱いのですが・・・。このアプリで見返してあげますよ」

「アヒルちゃん。なんだかいきなりすごいこと言ってきたわね。突っ込みどころ多くて、私には受け入れきれないわ。でも、このアプリは使ってみるわ。ありがとう」


 それから二人は一杯のドリンクで2時間ほど話し続けて店を出ようとした時、

「ファル子さん、今日は私が方向を見失いそうなところを助けていただいてありがとうございました。もしよかったら連絡先交換してお友達になってくれませんか?」


 ファル子は表情を変えずにしばらくアヒルを見つめ、考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「今日は私もあなたとお話しできて楽しませてもらったわ。でも、お友達はやめておきましょう。相手の素性も名前も知らないからこそ色々話せていると思うの。この関係はお互いに良いかもしれない。もし、住んでる場所や夫の仕事の話になったら、どうしてもお互い見栄をはったり、マウントを取りたがるようになってしまって、本音で話せなくなると思うの。来週になったら、また自助会にくるでしょ?そこが終わったら、今日みたいにお茶しましょ」


「た、確かにそうかも。来週必ず自助会に行きます。ファル子さんに会いに。それまでなんとしてでもギャンブル我慢します」


 そして二人はカフェを出て、別々の方向へと帰っていった。

 家族でも友人でも同僚でもない、とりつくろう必要のない何でも話せる不思議な関係が始まった。

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