第87話 心の中の名前

 私の一連のダンジョン特権無効化を目にした美女が驚愕する。


「そっそんなバカな!? ダンジョンの力を無理矢理ねじ伏せるなんて…」

「世の中は広いんですよ、このくらい訳ありませんね」


 そんな美女にむかって私は魔法を発動する。

「……絶対土下座グラビティフォール」

「!?」


 要は重力魔法である、敵さんは物凄い重力を襲われ強制的に頭を地面に擦りつける土下座(にも見えなくもない姿)を晒す事になるという中々にえげつない魔法だ。


 当然食らえば逃れる術は無し、美女は頑張って耐えていたが十数秒程で膝をついて直ぐに頭を地面に伏した。


 端から見ると完全に私の方が悪役な光景である。

 さっきまで遠慮なく美女に攻撃しまくっていた就活軍団も引いてるのが分かる、君等が不甲斐ないからこの心優しきドラゴンさんが前に出たと言うのに本当なんなの~?


「ぐっ…お、おのれ! まさかこれ程の魔法を、貴様は何者ですか!?」

「まあこの就活軍団のまとめ役ですね」


「なっまさか貴方も無職だと言うの?」

「断じて違います、ただのお節介でこの場にいるだけですよ」


 よもや就活ドラゴンだと間違われるとは最悪である、私は数多の職業を転々とするジョブホッパー。

 つまり常に働いているので無職だった時などどっかの山の山頂でゴロゴロしていた時期しかないのだ!


 しかしそうなると、働いてる期間よりも無職だった期間が遥かに長い事に……私は別の事を考える事にした。


「貴女はダンジョンの幹部ですね? しかし幾ら不採用だとしても言い方と言うのがあると思いますよ?」


「言っても聞かない連中の相手はストレスですからね、一々優しくしてあげるメリットもありませんので時間の無駄なのですよ?」


 地面から顔をなんとか上げて話す美女、とてもツラそうだ。しかしそんな彼女に憤慨する者達がいる。


「ふざけるな! そもそもダンジョンにはモンスターとして表に出ない仕事もあるはずだ、男のモンスターだから不採用とか意味が分からん!」


「それがダンジョンマスターの方針なんです、必要のない人材を雇うダンジョンなんて裏の世界にもあるわけがないじゃないですか?」

「キッキサマーーー!」


 再び起こる簀巻きコール。しかし美女の言い分間違ってはいない、ただ余計な一言が多すぎるのだ。


 日本にもわりといるだろう、そんな言う必要のない言葉を付け足して自然と社員を煽って来るヤツ。

 私が務めていた会社じゃその自覚なき煽りにキレた社員が退職届をそのバカ上司に叩きつけるなんてイベントも一度あった。


 小一時間以上も聞く価値のない話をされて所々にイラッとする煽りまで入れられたら、キレる人間も普通にいるよ。その手前の時点でトラブルがあってストレスマックスの状態だったら尚更だ。


 知らないのは面倒事を丸投げしてばかりの上司だけである。何故にその社員が辞めたのか、彼は最期まで理解出来なかったのだろう。親の庇護下で五十年以上ぬくぬくと生きてきたアラフィフ七光りはオツムの次元が違った。


 懐かしき日本での小劇場を思い出しながら私は美女に提案する。


「ダンジョンモンスターの雇用についてはダンジョンマスターの管轄ですよね? 幾ら幹部だとしてもダンジョンマスターに何もなしで拒否はないのでは? 一応求人は出ていた訳ですし」


「それはそうですが、これだけのしかも勝手に押し寄せたモンスター達の面接をする程ダンジョンマスターは暇じゃないんですけどね…」


「ならばせめてダンジョンの探索を認めてくれませんか? 彼らの実力を見た上でダンジョンマスターが下した判断なら彼らも納得すると思うのですけど…」


「…………………分かりました」

 本当に分かったのだろうか、女性は阿呆な男よりも嘘が上手そうだからな。

 取り敢えず魔法を使っておくか、私が人差し指を美女に向けると彼女の身体が微かに光った。


「あの、いつまで魔法で自由を奪っているんですか? って今何か魔法を私に使いましたよね!?」

「念の為ですよ、別に命に関わる魔法ではありませんので」


 私が使ったのは彼女が余計な真似をしないか監視する魔法である、後こちらがその気になればいつでも強制転移で召喚出来るようにしとこうかな。


 いつでも呼び出せる女性か、さながらデリヘルのようだ。彼女事を心の中での呼び名はデリヘルピンクにしようかな。


「それでは話も決まったので私達はダンジョンを進みましょうか」

「さっきの魔法について説明してくれませんか!?」


 デリヘルピンクがぎゃんぎゃん五月蝿いが無視して魔法でダンジョンの何処かに転移させた、就活軍団も毒気を抜かれたのかデリヘルピンクへの簀巻き案件は何処かへと消えてしまったので問題ないだろう。


 それでは改めて、就活軍団前進である。


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