第18話 追憶【1】

「もう、大丈夫です。でも暫くは安静にしていて下さいね。」


「はい。先生・・ありがとうございました。」


意識を取り戻した葵は大切な人達を見て言った。


「みんな、ありがとう。」


「・・・葵が助かったのはあいつのお陰だ。出血が酷くて血液が足りなかったんだがあいつが輸血してくれたんだ。」


司は光明を見て言った。


「光明。」


葵は光明に手を伸ばした。

光明は葵の手を握る


「紗羅・・本当に良かった。俺のせいでごめん。」


涙ぐみながら言った。


「光明が助けてくれたんだね?ありがとう。ふふっ。何て顔してるの?光明のせいじゃない。光明が無事で本当に良かった。」


葵は優しい手つきで光明の涙を拭った。


「二人っきにりしてあげよう。」


司はそう言うと、樹と神野を促した。

三人は病室を後にした。





葵は順調に回復していった。

医師の許可を貰い、病院の屋上に出てきていた。

春の暖かな風が頬をなでる。柔らかな陽射しがとても心地いい。

葵は大きく深呼吸をした。


「外の空気はいいね。」


車椅子を押していた司に言う。


「寒くないか?」


「大丈夫だよ。ありがとう。」


近くにあったベンチに座ると樹がやってきた。


「これ、温かい飲み物。」


「ありがと。」


三人で麗らかな春の一時を過ごす。


「幸せだな。司と樹とこうやってお茶して、のんびり日向ぼっこ出来るなんて。」


葵が微笑む。


「あの時、私は真っ暗な所に居て・・もうこのまま眠ってしまおうって思ったんだ。」


「・・・。」


「でもね、両親と竜が言うんだ。大切な人達が待っているから行きなさいって・・・。」


「そうか・・・両親と竜さんが。」


葵は何か考え込んでいたが口を開いた。


「『紗羅』光明が私の事そう呼んでたでしょ?」


「ああ。」


「その名前も私の名前なんだ。『倉橋紗羅』」


懐かしむ様に言った。


「勿論、『世良葵』も私の名前。両方とも両親がちゃんと付けてくれた名前なの。」


司と樹を見て笑った。


「どういう事って思うよね?私は10歳まで日本で暮らしてた。でもあの日、私達家族は父の仕事の関係で飛行機に乗ってた。・・・・その飛行機が墜落したの、私と光明はその飛行機事故の生き残りだったのよ。」


「そんな事って・・・。」


司も樹も絶句していた。


「私は奇跡的に大きな怪我もなく無事だった。周りは言葉に出来ない位凄惨な状態でその中を両親を探した。両親を見付けた時、母はもう亡くなっていたけど父はかろうじて息があったわ。そこで父から一通の手紙を受け取った。手紙を渡すと安心した様に息を引き取ったの。」


葵はもう一度深呼吸をした。

蒼く澄みわたった空を見上げた。


「葵、無理しなくていい。」


司が葵を気遣って言った。


「大丈夫。それに聴いて欲しいの司と樹には。今まで隠していた訳じゃなくてなかなか言えなかったの・・・。」


もう一度深呼吸をして話し出した。


「私は暫く両親の亡骸の側で泣いてた。でも、どこからか泣き声が聞こえてきたの。泣き声を頼りに探すとそこには男の子が居た、それが光明よ。まだ、7歳だったわ。光明も同じ様に両親を亡くしてた。私は、この子を守らなきゃって思った。でも、幼い子供二人じゃ何も出来る事はなかった。ただ、光明を連れて森の中を何日も彷徨った。飲み物も食べ物も無くて、もう駄目だって思った。光明と二人抱き合って泣くしかなかったわ。」


葵は視線を落とした。


「気が付いたら、私達はベッドに寝かされてた。側には竜が居た。竜が私達を見付けて保護してくれてたの。私達は極度の脱水症状で危険な状態だったみたい。竜達は懸命に看病してくれて私達も順調に回復していった。そこで初めて私達が居るのが内戦が長く続く中東の小さな国だって聞かされたの。竜達は、反政府軍の傭兵だった。」


司も樹も黙って葵の話を聞いていた。


「私達が居たのはその傭兵達がホームにしている場所だった。そこには、沢山の子供達も居て光明はすぐに仲良くなってた。私はそこで初めて父からの手紙を読んだの。そこにはとても信じられない内容が書かれてた。父が命を狙われているって事が・・」


「命を狙われている?」


樹が呟いた。


「『倉橋家』はね、代々陰陽師の家系だったの。勿論、父もね。」


「陰陽師って、あの?」


司が尋ねる。


「そう。中でも父は術者として政界や財界に大きな影響力があった。でも、それを快く思わない人達も居たの。何度も命を狙われていたらしいわ。あの飛行機事故が父の命を狙って起こされたものなのか、本当にただの事故なのかは今でもわからない。手紙には万が一の時の事が書かれてた。『倉橋紗羅』の名前を捨てて『世良葵』として生きていけって。」


二人の顔を見る。


「ふふっ。信じられない?」


そう言うと、葵は紙を取り出すと呪文を唱えた。

すると、その紙が淡い光を放ち蝶へと姿を変えた。

蝶はヒラヒラと優雅に舞っている。まるで本物の蝶の様に。



「それ紗羅がいつも俺達に見せてくれてた!?」


振り向くと光明が立っていた。

葵は笑って言った。


「これはマジックなんかじゃない。陰陽術よ。『しき』っていうの。術者の半身の様なものよ。」


そう言うと、式の蝶は空高く飛んでいった。

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