第19話 追憶【2】

四人は、式の蝶を見上げていた。


「光明。こっちに。」


葵が光明を近くに呼び寄せた。


「ごめんね。あれはマジックなんかじゃなかったんだ。」


「紗羅・・・」


「でも、どうして名前を変えたんだ?」


司が言う。


「・・・私を守るためよ。『倉橋』の名前を使っていればいずれ私も狙われるかもしれない。その為に、両親は『世良葵』を作り上げたの。さっき見た通り、私には父の血が受け継がれてる。それを知ってた両親が私の為にしてくれた最期の事だった。だから私は『倉橋紗羅』の名前を捨てて『世良葵』として生きる事を選んだ。両親の遺言だと思ってね。竜達は、私達を日本に帰そうとしてくれたけど私は日本に帰る気になれなくて・・・そこで生きていく事を選んだの。幼い子供が武器を取ることは珍しい事じゃなかったしね。でも、光明は・・・日本に帰そうと思った。もしかしたら、私達家族のせいで両親を失ったのだったら光明には幸せになってほしかった。だけど・・光明は私と離れると激しく泣いたから暫く様子を見ようって事になって。」


葵は光明を見上げた。

光明は俯いていて、辛そうな顔が葵にはよく見えた。


「私は回復すると竜達と一緒に戦場に出た。毎日続く戦闘は本当に辛かった。戦場での命のやり取りに。今日隣に居た人が明日も隣に居るとは限らない。でも、ホームに帰るといつも光明が笑顔で待っていてくれた。それが本当に私の心の支えだった。父の手紙には陰陽術を絶対に使ってはならないと書いてあった。誰が何処で見ているかわからないから。でも、ホームの子供達や光明が私が式の蝶を出すととても喜んでくれた。それだけは、辞める事が出来なかったの。」


葵は光明の手を握りしめた。


「もう、その頃には私にとって光明はなくてはならない存在になってた。最初は、贖罪の気持ちが大きかった。本当だったら、光明は両親と幸せに暮らしていたのかもしれない。そんな気持ちが大きかった。それに、あの飛行機に乗っていた沢山の人達の人生を狂わせてしまった。そんな気持ちに押し潰されそうになってた。でも、光明の笑顔が私を救ってくれてたの。」


「俺だって、紗羅が無事に帰って来て俺に向けてくれる笑顔が救いだった!夜、俺を抱き締めて一緒に寝てくれるのが嬉しかったんだ!!」


「光明、ありがとう。・・・結局、そこでの生活は10年がたってた。内戦は反政府軍の勝利で終わったの。私と光明と竜はそのままアメリカに渡った。アメリカでは、私と竜で裏社会の仕事をして生活をしてた。でも光明には陽の光の元を歩いて欲しかった。だから、内戦の戦闘に光明を出すことを許さなかったし、認定死亡になってた光明の戸籍を戻して信頼のおける日本の夫婦の元に行かせたのっ!でも・・それは間違いだった・・きちんと光明に説明するべきだった・・・。」


葵は申し訳なさそうに光明を見上げた。


「俺は、紗羅に見放されたと思った。ずっと、ずっと一緒に居るんだと思ってたのに急に日本に行けって言われて・・・。里親の両親は優しかった。でも、俺の中では紗羅に捨てられたって思いでいっぱいだった。だから・・力をつけようと思った。そんな時、楓月会ふうげつかいから誘いがあったんだ。チャンスだと思った。力を付けて紗羅を迎えにいくチャンスだと・・。」


葵は辛そうな顔をしていた。


「あおい。」


「私は、勝手に光明は日本で幸せに暮らしてると思ってた・・。それから竜が私を庇って死んでしまって暫くは何も手につかなかった。でもある日、竜が『日本の桜を見たい』って言ってたのを思い出して・・・日本に帰ろうって思ったの。それが、5年前。父の古い友人を頼って『世良葵』でパスポートを取得して日本に来たの。真っ先に、光明の里親の所に行ったわ。でも、その時にはもう光明は里親の元を飛び出してしまった後で・・・。」


「ごめん紗羅。俺は・・俺は紗羅の気持ちなんて全然考えてなかったんだ。」


光明は今にも泣き出しそうだった。


「光明。」


葵が光明に手を伸ばそうとしたその瞬間


「ごめん。俺は、おれは・・!」


光明は葵の手を振りほどき走り去ってしまった。


「っ・・・光明・・・」


司が葵の側に歩み寄る。


光明あいつも、もう子供じゃないんだ葵の気持ちもわかってくれるさ。」


「そう・・かな・・・?」


葵はもう一度空を見上げた。

どこまでも蒼く澄んだ空を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る