第12話 混乱

「つっ・・・・ふっ・・・。」


涙が溢れてくる。


「あいつの為に泣くか?」


「・・・・・。」


ふいに、顎を掴まれ上を向かされる。


「っ・・・・。」


「まぁ、いい。やっと、手に入れた。これからはずっと一緒だ。」


「んっ・・・」


唇を塞がれる、押し返そうとするが手首を掴まれてしまう。


「やめ・・て!」


そのままシートの上に押し倒される。


「嫌だね。やっとだ。やっと手に入れたんだ。


もう一度深く唇を塞がれる。


「はぁ・・っ・・いやっ。」


「俺を受け入れろ!


(『紗羅』この名前を呼ばれると胸が苦しくなる)


「やめて!その名前で呼ばないで!私は紗羅じゃない。」


「紗羅だよ。君の本当の名前だ。」


「んっ・・・はぁ・・・。」


繰り返し口づけられる。




「あぁ、着いたよ。今日からここが君の居場所だ。」


見ると、大きな屋敷の前に車が停まった。


「ここが・・・?」


光明は、優しい手つきで乱れた髪を直してくれる。


「・・・・・。」


「さぁ、行こうか。案内する。」


光明に案内されたのは、屋敷の中の一部屋だった。

庭に面した陽当たりのいい豪華な部屋だ。


「ここを好きに使うといい。足りない物があれば言え直ぐに揃える。」


「・・・・・。」


「俺は仕事があるからまた後で顔を出す。それまでくつろいでいるといい。」


そういうと、光明は部屋を後にした。




「司さん・・・・。」


あの時の司さんの顔が浮かんでくる。


(あんな辛そうな顔をさせてしまった。でも・・・守るためにはこうするしかなかったんだ。もう、大切な人を失いたくない。)




********




「どういう事だ!!」


葵のマンションに来た樹が司に詰め寄った。


「・・・。あいつが、桐生光明だ。葵は俺を守る為に光明の所に行ったんだ!」


悔しそうに言い放った。


「守る為に?」


「多分、光明に脅されたんだろう。葵が光明の所に行けば俺に手出しはしない・・・とか。」


「なんて奴だ!!」


「葵の優しさにつけこんだんだ!!くそっ

!」


怒りが込み上げてくる。

その時、光明のある言葉を思い出した。


「・・・・・そういえば、あいつ葵の事を『』って呼んでた。」


「『紗羅』?どういう事だ?」


「わからない・・・・。」


「・・・・・。」


「樹?」


樹は何か考え込んでいたが、重い口を開いた。


「司、悪い。実は葵の過去を調べた事があったんだ。」


「過去を?」


「ああ、お前が警察庁を辞めて葵の所に行った後にだ。」


「何だって、そんな事を?」


「・・・・。葵が悪い奴じゃないのはわかってた。だけど、お前の事が心配だったんだ。警察庁まで辞めて。」


「・・・・・それで?何か解ったのか?」


「逆だ。何も出てこなかった。」


「えっ?」


「5年前、アメリカでパスポートを取得してるのは確認できた。」


「日本に来るためだろうな?」


「でも・・・それ以前の経歴がどんなに調べても出てこないんだ。」


「・・・・・。」


「どこで産まれたのか。どこで育ったのか。両親の名前さえわからない。」


「それは・・・アメリカで産まれて育ったからじゃないのか?」


「俺もそう思って、ツテを頼って調べたが『世良葵』の存在が確認出来たのは5年前パスポートを取得した時からだ。」


言い知れない不安を拭うように司は言った。


「でも、『世良葵』でパスポートを取れたんだよな?」


「ああ。提出された書類もちゃんとしていたらしい。」


「だったら・・・・」


「司!!葵には何かあるんだと思う。俺達に言えない様な何かが。それを、『桐生光明』は知っているんじゃないのか?」


「・・・・・。」


葵の過去が気にならないと言えば嘘になる。

でも、いつか打ち明けてくれると思っていた。


「葵。お前は一体・・・。」






樹が帰った後、一人になった部屋を見渡す。


「葵。お前は何か大きなものを背負ってるんじゃないのか?俺はお前の口から事実を聞きたい。だから取り戻す!必ず!!」


司は光明の居場所を探すように樹に頼んでいた。

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