第2話 喪失
司と樹は病院の待合室に居た。
「俺が付いていっていれば!!こんな事には、、、」
「先生も傷はたいしたことないって言ってただろ、大丈夫だよ。お前の方が今にも倒れそうな顔してるぞ。」
そう言ったものの
(確かにらしくない。一体何があったんだ?)
違和感を感じつつも、自分を責める司が心配だった。
(こいつ普段は淡々と仕事するくせに、葵の事となると冷静さを失うからな。)
静かな待合室に、時計の秒針の音が妙に響く。
時間はもう、午後11時になろうとしていた。
外の喧騒から遮断された決して広くはない待合室でもう随分と待たされている気がする。
ここ『御園診療所』に来たのは久しぶりだった。
(確か、三年位前か。あの時も取り乱してたな、、、)
そんな事を思い返していると、診察室から足音が聞こえてきた。
扉が開いて、中からヨレヨレの白衣を着た無精髭をはやした中年の男性が出てきた。この人が診療所の主の御園先生だ。
「とりあえず処置は終わったよ~。」
気怠そうな声に現実に引き戻される。
診察室の隣の部屋のベッドで眠っている葵をみて一安心した。
司は、葵の手を握って心配そうに顔を覗きこんでいる。
「頭の傷もたいしたことないし、肩も弾が掠めただけだから大丈夫だ。」
通常、銃創があったりする場合は警察に通報しなければならない。
しかし、この御園診療所は『訳アリ』の患者も診てくれる。勿論、警察に通報する事はない。
不法滞在者やスジ者などからしたら有難い存在だろう。
『怪我や病気の人は、分け隔てなく診療する』
というのが先生の信念らしい。
「明日には意識も戻るだろうから、お前らももう帰れ。こんな狭い所に男三人が居てもムサイだけだ。」
そう言われても司は動こうとしない。
「俺は葵に付き添ってる。樹は明日も仕事だろう?お前は帰れよ。何かあったら連絡する。」
先生は俺達の事は良く知っている。
特に葵の事は可愛がっているらしく、色々世話を焼いている様だ。
「・・・だとよ。お前さんも忙しい身だし立場的にこんな所に長居しない方がいい。後は司と俺に任せておけ。」
確かに仕事は多忙を極める。
だが一晩位の徹夜なんて平気だし俺だって葵の事は心配だ。
でも、ここに居ても何も出来ない逆に迷惑をかけるかもしれない。
「・・・・・解った。帰るよ葵の事頼むな。お前も無理はするなよ。」
「先生、司と葵の事お願いします。」
「はいよ~」
気怠い返事をする先生に一礼して診療所を後にする。
相変わらず、葵の手を握ったままの司にコーヒーを差し出す。
「お前も少し休んだらどうだ?」
「あぁ・・・。でも大丈夫だよセンセ。」
ため息を一つついて、サイドテーブルにカップを置く。ベランダに出ると一服をする。
(今夜は徹夜だな。たまには溜まったカルテの整理でもするかぁ。)
司は葵と出会った時の事を思い出していた。
今から5年程前、まだ樹と同僚だった時だ。
葵はアメリカから来日したばかりだった。
当時の葵は半分自暴自棄になっている様に見えた。
自分の命なんて何とも思っていない。銃弾の雨の中にも平気で飛び出して行くような、全ての事を拒絶している様なそんな危うさがあった。
だから、余計に気になった。
葵の背景が全く見えなかった。
時折見せる切なそうな瞳にとてつもなく惹かれた。
そして、生きて欲しいと強く思った。
自分のキャリアを捨てても、一緒に居たいと。
最初は、強く拒否された。
でも諦めなかった。
何度も何度も葵を訪た。
最終的には、押し掛け女房が如く
仕事を辞めて葵の所に行ったんだ。
あれから4年。
頑なだった葵の態度も変わっていって
少しずつだけど、受け入れてくれるようになった。
でも、いつも不安だった。
ある日居なくなってしまうんじゃないかって。
危険と隣り合わせのこの仕事を辞めてくれたらって何度も思った。
「私は辞めるわけにはいかない。幸せになる資格はない。」
何故辞めるわけにはいかない?
何故幸せになる資格は無いなんて言う?
4年たった今も結局解ってはいない。
(情けないな。4年も一緒に居て葵の事何も解ってないなんて。俺はどうすればいい?こうして、葵が怪我をするたびに心配をする事しか出来ないのか?)
思わず握る手に力が入ってしまう。
「んっ、、、」
葵の手がピクリと動いて少し握り返してきた。
「・・・葵?」
「・・・・・・ここは?」
「葵!!良かった気が付いたんだな!?痛い所は無いか?大丈夫か?」
「・・・・・・・。」
「先生!起きてくれ!葵が!」
カルテの整理をしながら寝てしまっていたらしい。
「おはよー、葵気がついたのか?」
「いいから来てくれ!」
司に引きずられる様に隣の部屋に行くと
葵は意識を取り戻していてベッドに座っている
「よぉ~、おはようさん。どうだ気分は?」
「あの、、、貴方は?」
「貴方はって何言ってんだよ?」
「この人はここの診療所の先生だよ。」
「おいおい、どうなってんだ?」
「・・・・・記憶が、っ記憶が無いみたいなんだ!!」
「はぁ???」
司はうなだれながら力なくそう言うのが精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます