ジャイアント幼女、ミサネ

 朝焼けの中で、ミサネの瞳が燃えていた。

 そこに揺れる光は、まるで親を見つけた雛鳥ひなどりみたいだった。

 あらゆる人間が恐れる戦士は、リュカたち仲間の前ではどうにも頼りない女の子でしかなかった。そして、そんな彼女を気味悪く思う者は多いが、リュカにはどうでもよかった。

 大切な友達、幼馴染おさななじみなのだ。


「ミサネ、とりあえずこっちに来て。みんないるんだ」

「みんな、無事……よかったぞ」

「ああ。それで、ちょっとこれから大変なことになる。主に僕が。だから」


 ミサネは、ぱっと目を見開いた。

 そのまま、がっし! と両肩を掴んでくる。ちょっと痛い。それでも、間近に長身のミサネを見上げたまま、リュカは静かに言葉を選んだ。

 いつものことだし、ミサネは絶対に仲間を傷付けない。

 むしろ、一族のためにいつも傷付き血を流しながら戦っていた。

 そのミサネが、あわあわと口をもごつかせながら狼狽うろたえていた。


「リュカ、大変なのか。それは、いけない。いけないな。どうしたら」

「いや、ちょっと落ち着こう。大丈夫だよ、ミサネ。大変だけど大丈夫なんだ」

「そ、そうか。あたしは頭が弱いから、よくわからない。けど、リュカが言うなら安心だ」

「……ミサネは馬鹿なんかないよ。あまり大人の言うことを真に受けなくていいんだ」


 人間ばかりか、魔族の中にもミサネを狂戦士バーサーカー呼ばわりする者がいる。

 それはいい。

 だが、直接彼女にそのことを言う者がいることは、以前から腹に据えかねていた。リュカとしては、彼女の武勇がどれだけの同胞はらからを救ってきたかを喧伝したくもなる。だが、それはしない……同じ分だけ、ミサネは人間を殺し、その家族たちに痛みを刻んできたのだから。


「さ、ミサネ。こっちに来て。みんなと一緒に僕の話を聞いてほしいんだ」

「わかった! 聞く、あたしは聞くぞ。む、難しい話も、我慢する」

「そう難しい話でもないさ。あと、紹介したい子がいる。光の御子みこって知ってるかい?」


 ミサネは、黙って首を捻った。

 正直な娘で、見栄とか虚勢をはることを知らない。素直なままに大きくなって、無邪気に武芸百般を極めただけの少女なのだ。

 だから、リュカは彼女と並んで仲間のもとに戻る。

 背に長柄の武器ポールウェポンを交差させて二振り背負っているので、ミサネの姿は遠くからでも酷く目立った。水分補給を終えた仲間たちは、ミサネを見て大小それぞれの驚きを連鎖させる。真っ先に声をかけたのは、ヤリクだった。


「おう、ミサネじゃないか。どした? ツノナシの尻を追っかけてきたのか」

「うん。さっき、ようやくリュカに会えた」

「はは、かわいいもんだな。でも、お前が居てくれたら百人力だよ」

「任せろ、ヤリク。お前もついでに守ってやるぞ」

「おいおい、俺はついでかよぉ。ま、そうだろうけどな」


 狩人と戦士、お互い気の合うことは多くて、リュカもそんな二人を見るのが好きだ。偽りを知らぬヤリクに、嘘がつけないミサネ。両者に尊敬と敬愛の念をいつも感じていた。

 それに、ナーダやヨギもいつもミサネの事を気にかけている。

 図体ずうたいは大きくて立派だが、ミサネは誰にとっても妹みたいなものだった。


「ミサネ、よくここまでこれましたね。今、ヤリクと話してたのだけど、なにかお腹にいれておこうかって。あなたもよかったら」

「うん。ナーダのご飯、好き。じゃあ、あたし、なにか獲ってくるぞ! お肉、いるからな!」

「わわっ、ミサネさんっ! そういうのは大丈夫です。えと、自分が色々持ってきたので。パンも果物もあるし、干し肉も少しなら」

「そ、そうか。ヨギが言うなら、やめておくぞ」


 朴訥ぼくとつとしてるが無垢で優しく、純朴過ぎるのがミサネという少女だった。

 そんな彼女が、思い出したようにパム! と手を叩いた。


「おお、そうだ。リュカ、あの、えっと、あれだ。その、うーん」

「ゆっくりでいいよ、なにかあるなら僕に教えて」

「うん。アガンテ様、怒ってた。すっごい怒ってたぞ」

「だよなあ。伯父貴おじきに悪いことしたと思ってるよ。でも」

「それで、あとから追いつくからリュカを探せって、あたしに」

「……マジ?」

「マジだぞ」


 早く言ってほしかった。

 けど、ミサネを責めるのも酷だ。彼女は一生懸命、まだ夜も開けぬうちからリュカたちを探してくれたのである。伯父のアガンテはワコ族の族長だ。今では少なくなってしまった十二氏族の中でも、かなりの発言力を持っている。

 その彼の面子めんつを潰してしまったのは、リュカの軽挙妄動けいきょもうどうと暴走だった。

 それが頭でわかってて、それでも心は進めと叫んでいる。

 だから辛いし、そのことを話す必要はあると痛感していた。


「みんなも聞いてくれるかい? 改めてだけど、こうなった経緯と僕の今後の――」

「ミサネさん、とりあえずすぐに出せるのは干した果の実くらいしか」

「もらうぞ! 甘くて大好きだ」

「お前なあ、獣を狩るのは戦場とは違うんだからな? そこは狩人の俺をだな」

「ほら、ミサネ、こぼしてる。ふふ、慌てないでゆっくり食べて頂戴」


 これだ。

 すぐにこれである。

 各々にマイペースで、兎角とかくミサネにはみんな甘い。

 それでも、リュカだって自分が一番そうである自覚があるから、ゴホン! とわざとらしい咳払いをしてみせた。

 いつものことで、はいはいわかったわかったと一同が向き直る。

 律儀に身を正してこわばらせるミサネも、普段通りだった。


「あー、ミサネには改めて紹介する。ほら、あの子……光の御子、マヨルだ」

「ど、ども……マヨルでーす」


 一同の雰囲気を外から離れて見てたマヨルが、リュカのとりなしでおずおず前に出てくる。小柄で華奢なマヨルは、ミサネとは頭一つ分ほども身長が違った。

 だが、そんな小さなマヨルを見下ろし、ミサネは何度もまばたきを繰り返す。


「お前……髪が黒いぞ! 目もだ! 大丈夫か、病気なのか?」

「あは、あははは……日本人だから、って言っても通じない感じかなー?」

「御子っていうのは、あれか? 確か、光の御子! あたしは知ってるぞ、大昔の偉い人!」

「一応、今を生きてまーす。うら若き乙女、十四歳でーす」


 ミサネは遠慮なく、ポンポンとマヨルの頭を撫でた。そして感触を確かめてから、ふむ! と鼻息も荒くリュカたちを振り返る。


「アガンテ様が言ってた! 光の御子、さらわれた! でも、よかった。リュカたちが取り返したんだな……凄くよかった。じゃあ、これでみんなで行けるな!」


 少し話がややこしくなってきた。

 だが、わかるように説明する義務がリュカにはある。

 それは、ミサネに対してだけじゃなく、ここまで付き合ってくれた友人たちにもだ。


「ミサネ、それにみんなも聞いてくれ。僕は昨日の会談のあとで、ヨギから人間側の事情を聞いてしまった。マヨルは利用されるだけ利用されて、面倒だからと始末されかけてた」


 改めて皆、沈黙の中でその事実を噛み締める。

 自分は面倒な女なんかじゃないと口にしたが、マヨルも訂正や反論を挟まなかった。

 そして、話はここでは終わらない。


「僕はこれから、マヨルを連れて北に向かう。伝説によれば、光の御子は北の大地から帰ったともいわれているんだ。そこになにかがあるなら……マヨルをもといた世界に帰してやりたい」


 偽らざる本音の本心、今のリュカを突き動かす全てだった。

 ずっと、周囲に自分をすり合わせていた。求められる自分という枠の中で、自分がやりたいことをやりくりするのが上手くなっていった。不満はないし、いい仲間に恵まれていた。伯父にはうとまれてたと思うが、そこには諦観と納得がある。

 ただ、今は違った。

 全く違う世界観を振り回す、伝説の少女マヨルがリュカを変えたのだ。

 初めて、全てを放り出してでも成し遂げたいものを得た気がするのだ。


「みんなは、自分で決めてほしい。これ、マヨルの言ってたやつに似てるな……僕が族長とかだったら、ついてこいって命令するんだろうけど」


 一度息を大きく吸って、全部吐き出す。

 そうして気持ちを落ち着かせてから、全員の顔を見てリュカは簡潔に選択肢を提示した。


「僕に協力できるなら、協力してほしい。でも、それは人間たちは勿論、同じ部族の者たちを敵に回すかもしれない。だから、家族が大事なら遠慮なく言ってほしい」


 自分が大事なら、とは突きつけなかった。

 そういう言葉がふさわしい者は、ここにはいない。大事な仲間たちにそういう小さな気持ちはないと知ってたし、だからこそ言葉を変えて選択をゆだねた。そもそも、我が身可愛さも一族の不名誉を気にすることも、小さいと割り切るには重過ぎる。

 最初にあうあうと口を開いたのは、ミサネだった。

 同時に、一緒に地下の迷宮をくぐり抜けた友人たちが声を上げる。


「あ、あうう……リュカ、あたしは、その、アガンテ様から――」

「今更かよ、角ナシ! この御曹司おんぞうし様を頼れよな。面白そうだし、一緒に行ってやるよ」

「そうよ、リュカ! 私たちも付いていきます。ふふ、これは……さらなる大冒険の予感ね!」

「あの……ナーダさん、その……リュカさんはあっちです。自分の手を、握られても、その」


 聞くまでもなかったと思えることは、この上ない幸福だ。それでもなお、だからこそリュカは皆の自由意志を確かめる必要があった。

 そして、嬉しさが込み上げるリュカの脇腹を、マヨルが肘で小突いてくる。


「信頼されてるね、リュカ君っ! やるじゃん、見直したぞ?」

「信頼はし合ってるさ。双方向なんだ。……ああ、だからか。もしそうなら、話し合いがかなり上手くいくのか」

「ん? ああ、わたしの言ってたあれの話? もー、忘れてよぉ。詳しくもないくせに風呂敷広げ過ぎた、恥ずかしいって思ってるんだから。あれはね、失敗」


 例え失敗でも、リュカの心に新たななにかが芽生えた。そしてそれが花を咲かせるかは、これからの行動次第に思える。だからリュカは、改めてマヨルをこの世界から送り出してやると誓う。

 そんな彼に、ミサネがバツが悪そうに口を開く。


「リュカ、言い忘れてたぞ……その、アガンテ様が」

「うん? 伯父貴がどうしたんだ、ミサネ」

「面倒なことになってるから、身を隠せっていわれてたんだぞ。それであたし、リュカたちを探してて、それで、えと、その、んと」

「……そ、そうか、うん。気にしないで、ミサネ。そっか……身を隠せって言われてもなあ」

「なんか、そういう隠れ家があるらしいんだぞ。場所、聞いてきた、大丈夫!」


 意外な展開になったが、あのアガンテのことだ……なにか人間との交渉を考えているのだろう。それが分かる程度には、リュカは伯父のことをよく理解していた。そして今は、とりあえずは感謝してその指示に従うしかない。

 あまりに無策だったことも思うと、急いでリュカは仲間たちとその場所への移動を開始するのだった。

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