3.地の底に明日を探せば

象精の導きに望みを託して

 夜よりも暗い闇の中へ。

 リュカたちは足音が反響する坑道を走った。

 恐らく、仲間のナーダやヨギはまだ、事態を把握しきれていないだろう。途中まで一緒だったヤリクだってそうだろうし、リュカ自身も混乱していた。

 だが、自然と大人たちの声に急かされるように駆け抜ける。

 鉱山都市ワスペルの最深部、何百年も掘られ続けてきた坑道は深い。


「ま、待って、くださぁい……い、息が……ひぃ、ひぃ、はあ、はあ」


 真っ先にへたり込んだのは、ヨギだった。

 見れば、小さな身に不釣り合いな大荷物を背負っている。真っ暗な中でも、かろうじてそのシルエットは見えた。

 肌寒い空気に、皆の呼気がそれぞれに吐き出されて入り交じる。


「さて、まずいことになったな……みんな、無事か?」


 リュカもひたいの汗を拭って、少し呼吸を落ち着かせる。

 見事に皆を巻き込んでしまったし、なにより目的が果たせなかった。それどころか、事態を悪化させ、人間だ魔族だに関わらず混乱の坩堝るつぼに叩き落としてしまった。

 それもこれも全て、自分が原因だ。

 この闇で肩を上下させる影は、自分のせいでここにいるのだ。

 だが、そんな彼の背を、バン! と叩く手が熱い。


「しょぼくれてる暇はないぜ? リュカ」

「ヤリク……なにか名案はあるかい? 御曹司おんぞうし

「おうさ。ヨギの選択は悪くはねえ。この坑道はあちこちで分岐して、ずっとずっと奥まで続いてる。そのいくつかは、別の出口があるって話だ」

「でも、地図がない。迷宮探索と洒落込しゃれこむには、少しばかり心もとないね」

「お前が頼れて逞しいこと、あったかよ。いつものことって話さ」


 言ってくれるね、と唇に笑みが浮かぶ。

 そう、いつだって勢いだけが真っ先に衝動となった。どんな時だって、みんなでそうやって生きてきたのだ。リュカの奇妙な仲間たちは皆、それとなく氏族の者たちからは距離を置いて生きてきた。

 人間との混血児に、次期族長の御曹司、盲目の娘、守銭奴の息子。

 今更マヨル一人増えたとて、その身を救おうとしたとて、恐れはない。

 そう思っていると、不意に周囲がほのかな明かりに包まれる。

 真っ先に声をあげたのは、マヨルだった。


「わあ! このお花、光ってる。えっ、ちょっと待って、なんで?」


 見れば、ようやく一息ついたヨギの手元が光っている。

 その手に握られているのは、白夜草びゃくやそうという花だ。白い花びらがぼんやりと光りを帯びて、驚くマヨルの表情を輝かせている。彼女の目は、薄い氷か水晶のような円形が光を反射していた。確か、眼鏡めがねとかいっていたやつだ。

 白夜草は、魔族にとってポピュラーな携帯用の光源である。

 嘘か真か、大陸の果てには真夜中も白んだ陽の光に包まれる土地があるらしい。


「とりあえず、父の店からアレコレ拝借してきちゃいました。その、無断で」

「おっ、いいねえ。ヨギ、だんだん俺たちの流儀りゅうぎに染まってきちまったな!」


 ヤリクが肘で小突くと、ヨギは照れくさそうにはにかんだ。

 そして、全員に白夜草が配られる。他にも、発光するむしなどを明かりにすることがあるが、携帯には植物が便利だ。小さな白い花は、散るまで穏やかに光を灯してくれる。

 改めてリュカは、周囲を見渡し現状を説明した。

 そうすることで、自分も考えが整理されてまとまる気がしていた。


「まず、みんな。すまない。もう知ってるみたいだけど、人間たちはマヨルを邪魔に感じ始めたらしい。らしい、というだけで動いてしまったけど、それはごめん」


 謝罪の必要はあったし、事実だ。

 我ながら先走ったとさえ思える。確かに突飛なことを言いだしたマヨルを、人間側は……特に教会のアシュラムたちが煙たく持て余した。

 結果、自分たちであがめてまつった光の御子みこを、排除する気配を見せたのだ。

 しかし、ふたを開けてみれば逆の立場になった。

 魔族のリュカたちがマヨルをさらい、人間側がそれを追うことになったのである。


「とりあえず、この子がマヨルだ。光の御子。で……僕はこいつを元いた世界に帰してやりたいと思ってる」


 先程、確かにマヨルは泣いていた。

 星空を見上げて、涙にほおを濡らしていたのだ。

 その横顔が今も、リュカの脳裏にこびりついて離れない。美しくはかなげで、それでいて胸が苦しくなる。とても綺麗なのに、見ていられなくなるのだ。

 そのことは伏せておくとして、次の言葉を選ぶ。

 マヨルが「よしっ!」と一歩踏み出たのは、そんな時だった。


「えっと、自己紹介がまだだったよね? わたし、藤崎真夜。中学二年生! マヨルって呼んでね。一応、光の御子とかいうのやってます。やって、ました……エヘヘ」

「おう! 俺はヤリクだ」

「私、ナーダです」

「ヨ、ヨギ……」


 互いに名を知れば、自然と連帯感が生まれた。

 共犯者同士で、運命共同体とも言える。

 それに、仲間たちが気のいい連中だということは、リュカには最初からわかっていた。だから、一緒にマヨルを助けてくれると信じている。

 そして、そのことはすぐに優しい言葉となって広がった。


「へえ、御子様はマヨルってのか。で? 家に帰りたいんだって?」

「そ、そうなん、だけど……ちょっと、無責任かな。アシュラムさんも困ってるだろうし」

「そもそもお前さん、なんで御子様なんだ? 見た感じ、人間だけど……こう、ちょっと見ないよな。髪も瞳も真っ黒だし」

「なんか、そういうのあるってお母さんも言ってた。突然、呼ばれちゃったというか、こう、光がぶわーっと! ぶわわーっと出てね! それでね」


 大げさな身振り手振りで、マヨルが説明を始めた。

 つまり、この大陸の外の世界からマヨルはやってきたらしい。しかも、光になって、光そのものと化して飛んできたという。にわかには信じられないが、事実だろう。

 マヨルの言葉に嘘は感じられなかったし、いつわりにしては素直過ぎる。

 なにより、望郷の乙女にはリュカたちを騙す必然性が微塵もなかった。


「よし、歩きながら話そう。ヨギ、荷物を僕とヤリクに分配して。ナーダは耳になってくれ」


 早速リュカはてきぱきと働き出した。

 白夜草の明かりが持つのは、せいぜい長くて一晩だ。夜明け前に別の出入り口を見つけて、そこから脱出する。その先は、正直わからない。

 マヨルの暮らす世界へは、どう行けばいいのか見当もつかなかった。

 ただ、あの大人たちに彼女をいいように扱わせてはいけない。

 教会の伝説だかなんだか知らないが、魔族と戦う口実を与えたくはなかった。しかもそれが、純真無垢な同世代の女の子だからたまらない。

 そして、未知の迷宮を前に仲間たちは頼もしい。


「さて、俺が風を読むか。俺の象精アーズは風だからよ……っと、かすかに向こうで空気が流れてるな。まずはそれを掴むか」


 そっと手をかざしたヤリクが、奥へと数歩進む。

 そこから先は、熟練の炭鉱夫たちでも慎重になる深い闇だ。ワスペルの鉱山といえば、魔族がコツコツ広げてきた大坑道である。網の目のごとく張り巡らされたその奥は、どこでどう枝分かれしているか見当もつかない。

 だが、出口があればそこは、風の入口にだってなっている。

 そして、荷物を小分けにするヨギもヤリクの読みを裏付けた。


「ここいらはもう、ずっと昔に掘り尽くした区画なんでしょうね。土も石も静かです。けど、ずっと奥から声が……」

「風と土に聞いてまわるか、うし! あとはナーダ、お前だよ」


 ヤリクの調子がよい声に、やれやれとナーダも精神力を集中させる。

 なんだか彼女は、心なしかヤリクの期待に応えるのが嬉しそうだった。そっと手を伸べ、見えない水面にふれるように指を揃える。

 皆、持って生まれた象精を頼るし、使いこなしていた。


「この先、少し道がくだり坂ね。がってる……一番下まで降りてから登る形になるかも」


 水は低きに流れて、下へとかたむく。

 それを感じられるのがナーダの力だ。

 そして、あとはリュカが先頭に立つ。


「じゃあ、すまないがみんな。少し付き合ってくれ。まずはここから出て、それから今後を考えよう」


 皆が頷く中、マヨルがことさら瞳を輝かせていた。

 不安や心細さがまるで感じられない。

 見知らぬ土地で大人に使われてても、彼女の芯の強さは本物のように思えた。そして今は、眼鏡とかいうのの奥にはっきりと力強い光が灯っている。


「リュカ君、ドンマイだよっ! ドンマイ! 出たとこ勝負で全然いいって!」

「ド、ドンマイ? なんだいそれ」

「んー、おまじない! 何でも許せて、どうとでもなる時のおまじないだよっ」

「なるほど。じゃあ、みんな。ドンマイで行こうか」


 こうして五人は、さらなる闇へと歩き出した。

 その先に光は差し込むのか、それとも暗黒に閉ざされるのか。

 はっきりしていることは、戻ればマヨルが危ないということだ。そして、彼女を巡って再び争いになるし、争いのために担がれる日々が続くかもしれない。

 それだけはゴメンだと、リュカにははっきり感じ取れるのだった。

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