異邦人、光の御子
それは、とても不思議な少女だった。
年の頃はリュカと同じくらいか、やや上のように見えた。
だが、胸元に結んだ赤い布以外、全く
まるで
思わず
人間特有の金髪が揺れて、端正な横顔は引き締まって見えた。
その男は剣を構えたリュカの前で、後ろを振り返ったのだ。
「我らが光の
マヨル、それが少女の名らしい。
マヨルは
先程同様に、どこか怯えて
歯切れがよくて、耳に心地よい。
敵なのに、
「ダメですっ! ダメダメ、絶対ダメッ!」
「
「何故ですもなにもありませんっ! 戦争なら、終わったってわかるでしょう? アシュラムさん、教会の
「そう、
「ヤですっ! 負けて逃げる相手なんですよ? いい大人が」
「やれやれ、まだまだ御子は無垢な子供であらせられる」
リュカは
同時に、
その手に握られた
思わず気迫が口をついて出た。
「僕はまだ、負けてないっ!」
そう、魔族はまだ負けてなどいない。
光の御子とかいう少女の言葉では、リュカだって刃を収められなかった。
そして、騎士アシュラムもまた同じのようだ。
「名を聞こう、白邪の少年! 我が名はアシュラム、聖導騎士アシュラム」
「
簡潔な言葉への返答は、刃だった。
鋭い
危うい一撃が何度も、防戦一方のリュカを擦過した。受けるのが精一杯で、振るう石剣がどんどん重くなってゆく。
焦りに誘われ、踊らされるままにリュカは熱くなっていった。
「くそっ、聖導騎士! 教会とかいう、皆殺し集団の手先!」
「神を持たぬ白邪らしい言い草だな、少年!」
「神様って誰かの所有物なのかよ!」
言葉を発する両者の熱量差が開いてゆく。
リュカの声はかすれて、出入りする呼気が痛むように熱い。
あっという間に体力が削がれてゆく中で、それでもリュカは必死に戦った。だが、アシュラムは涼しげに微笑を浮かべたまま、さらに切っ先を加速させてゆく。
技量の差は歴然だった。
鋭く凍るような殺意に攻め立てられ、リュカは黙って活路を探す。
悔しいことに、せめて一太刀と思うことさえ絶望的だった。
そんな中で、駆け寄るマヨルの声が走る。
「アシュラムさんっ、後ろです! 後ろっ!」
その言葉に、アシュラムは即座に反応した。
なにが起こったか理解が及ばず、リュカは敵が馬を
答えは、金切り声と火花。
ようやくリュカは、何者かが一騎討ちに割って入ったことを理解した。
修羅か羅刹か、その両方か。
白い
「邪魔しないでくれ! って言って聞くお前じゃないよな、クソッ!」
リュカの戦いは奪われた。
防具の
「教会の、騎士! リュカは、やらせないぞっ!」
「待て、ミサネッ! 僕はまだやれるんだ、まだ……まだ戦ってるんだ!」
彼女の名は、ミサネ。
ナーダと同様、同い年の腐れ縁だ。
だが、彼女には別の名がある。
ワコ族の戦士、人間たちが恐れる白邪の象徴。
アシュラムの顔色が一変した。
そこには、彼が言う邪悪な悪魔の狂気が感じられた。
「来たかっ、
「人間は、殺すぞ……リュカたちを、みんなを守るっ!」
そこはもはや、リュカの割って入れる領域ではなくなっていた。人知を超えたスピードで、双方の刃が入り乱れて飛び交う嵐。その暴風の中で、アシュラムとミサネは際限なく敵意を加速させてゆく。
達人同士の戦いは、リュカにはっきりと弱さを自覚させた。
魔族を白邪と
その中でも、最も恐ろしい戦士を彼らは一角獣と呼んだ。
白い髪を振り乱して暴れる、怪力無双の女戦士……それがミサネだった。
「ナーダ、無事か? 立てるならこっちに……って、おい! 人間っ!」
目の前に今、少女の手を借り立ち上がるナーダの姿があった。
彼女を支えているのは、あのマヨルだった。
こうしてみると、アシュラムたちと同じ人間とも思えない。肌は透き通るように白くて、魔族のように青白くもない。髪は漆黒で、大きな瞳も同じ色だった。
マヨルは驚くナーダに肩を貸しながらリュカを見上げてきた。
「
「言われなくても! ……お前、何者だ」
「わたし? わたしは、
「フジサキマヨル……さっきの、光の御子ってのはなんだ」
アシュラムは先程、確かにそう言っていた。
その言葉には、奇妙な崇拝の念があった。
人間とは思えぬ風貌の少女は、考え込むように視線を上へと外す。そして、一度大きく
「わたしもよく、わからないの。でもっ、多分、こぉ……平和の使者? みたいな!」
「平和、だと……?」
「そうっ、平和! ねえ、どうして戦争なんかするの?」
「先に攻めてきたのは人間の方だ!」
「アシュラムさんたちも同じこと言ってた……もう、ずっと大昔から、なんだよね?」
「そうだ。僕たちは戦う……一族が代々守ってきた土地を取り返すんだ」
じっと見詰めてくるマヨルの目が、
こちらを見ているのに、なにも見てはいないように澱んでいる。
それでも彼女は、そっとナーダを立たせると、その着衣を軽くはたいて
おずおずとナーダが礼を言うと、マヨルは
「あ、ありが、とう……えっと、人間の人? なんだか匂いが、全然違う」
「ううん、気にしないで。ほら、えっと、君! リュカ君、だっけ? 男の子なんだから、しっかりね? この
マヨルの言葉は本当だった。
すぐにリュカは、身を乗り出して手を差し伸べた。
マヨルがナーダの手を握って、そこへと導く。
片腕で鳥走竜の上に引っ張り上げると、改めて疲労が重くのしかかってきた。
「掴まってろ、ナーダ。よし、ミサネッ!
その背後に、激闘が遠ざかりつつあった。
そして、ミサネはアシュラムの一閃を避けた反動で大きく地を蹴る。一足飛びに距離をとった彼女は、そのまま振り向くなり全力疾走で走り出した。
鳥走竜に乗ったリュカたちに、すぐにミサネが追いついてくる。
魔族の中でも、彼女の身体能力は突出していた。
「リュカ、無事? 無事だな?」
「ああ、お陰様でな。ナーダも大丈夫だ」
「無茶、駄目。リュカ、危なかったぞ」
「無茶くらいするさ、そりゃ。無理とは思ってないし」
「みんな、心配する。族長も、ナーダも。……あたし、も」
「
いつもそうだが、ミサネの声は小さくて、
そういうミサネを人間は
そして、リュカやナーダ同様に忌み嫌っている。
リュカは、ワコ族の族長である伯父が自分を嫌っていることは、毎日身に
それでも、このあとで報告のために顔を合わせなければいけないだろう。
「光の御子、マヨル……か。最近、やけに人間たちが盛り上がってるのは、あいつが原因なのかもな」
こうして、後の世に第七次ワスペル戦役と呼ばれる戦いは終わった。
そして、リュカと仲間たちの奇妙な冒険は、この瞬間からもう始まっているのだった。
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