終わり始めた物語
ながやん
1.プロローグ
白邪と呼ばれる者たち
その
少年だ。
名は。リュカ。
人間が
彼は振り向く敵兵を
あっと言う間に、甲冑姿の大男が迫る。
「
そびえるような巨漢だ。丁度今、リュカが探している
迷わずリュカも、鋭い切っ先を繰り出す。
これは戦争で、人間は敵だ。人間はリュカたちを闇の
死の運命に
金切り声が
リュカの銀髪を掠めた槍が、
「クッ、もうこんなに押し込まれて……どこにいるんだ、
騎上で周囲を見渡し、リュカは舌打ちを零す。
そんな彼の横に、もう一頭の鳥走竜が駆け寄り並ぶ。
乗り手はリュカと同世代で、よく見れば
「リュカ、退却です」
「わかってる! けど、伯父貴が戻ってないんだ」
「……少々お待ちを。今、聴き分けます」
「できるのか、ナーダ」
「やってみるだけです」
ナーダは常に目を閉じている。
見えない音の糸を探して、
ナーダも左右に
「この音、東へ二十騎ほどが敗走しています。先頭のガチャガチャうるさいの、多分族長ですね」
「そうか、ならいい。僕たちも引く」
「追って確認してみるのでは?」
「ナーダの耳の方が見えてるからな。それに、ここももう危ない」
本来、ナーダのような術士は後方からの援護が務めだ。彼女たちは、魔族だけが持つ様々な術を行使する。
その恐るべき力もまた、人間を一層かたくなにさせていた。
それはリュカにも理解できるが、共感は
「よし、本隊に合流する」
「ええ。……この戦も、私たちの負けですね」
「勝てたことなんてないだろ。また一つ、都市が喰われた」
「土地を失った者たちを思うと――ッ!?」
不意にナーダの鳥走竜が、クェ! と小さく鳴いた。次の瞬間には、ナーダは地面へ放り出される。彼女を振り落とした鳥走竜の
同じ殺意の飛来する音に、見もせずリュカは剣を振るう。
無風の
「ナーダ、伏せてろ! すぐに拾う!」
次々と矢を切り払い、前に出てナーダを
人間技ではないと息を飲む兵士たちが、
そう、リュカは族長の
そうである以上に、そうあらねばならない者なのだ。
銀髪に汗が混じって、緊張の連続に呼吸も忘れる。人間は以前から、強力な機械式の弩を使ってくる。友人の話では、人間の騎士が着る鋼鉄の鎧すらも貫通するらしい。
そうこうしていると、白馬を駆って敵が突出してきた。
素早くリュカも手綱をたぐる。
若い男の声は、リュカとは対象的に余裕を滲ませていた。
「ほう? こんな子供が。……妙な髪の色だな。文字通り、毛色が違うか」
兜の奥から、値踏みするような言葉が投げかけられた。酷く通りがよくて、真っ直ぐ耳に言葉が飛び込んできた。妙な
全身を鉄で覆った騎士の剣を、リュカもまた剣で迎えて切り結ぶ。
人間は火を使い、道具を作る。
リュカたち魔族とて、暮らしや戦いのための発明を重ねてきた。だが、僅か数百年で人間は、魔族の文明社会を脅かすまでに発達したのである。
「言うなよ、いらつく! 僕だって好きでこんな、ッ、くっ! こいつ、強い!」
リュカは必死で斬撃を受け止め、刺突をさばいた。
彼の手で、岩盤より研ぎ抜いた石剣が危うく踊る。
生死を分かつ瞬間の連続で、徐々にリュカの剣筋が乱れていった。握る手が痺れて、感覚が薄れる中で重みだけが増してゆく。
同時に、相手の騎士からは余裕の笑みが感じられた。
鼻から抜けるようなそれは、
だが、その刹那……不意に声が走った。
「もうやめてっ! やめてもいいですよね。えっと……とにかく、やめーっ、です!」
女の声だ。
それも、若い……幼いとさえいえる声音だった。
そして、悲痛な強さが感じられる、芯の通った言葉。濁すように口ごもっても、その決意は真っ直ぐ騎士ごとリュカを貫いた。
戦場に
そこには、奇妙な少女が立っていた。
不意に顔を見せた太陽の、その光の中のモノクローム……色彩をなくしたような白と黒の乙女。白い肌に黒い長髪、そして見慣れぬ着衣を着ている。その胸元に結ばれた布だけが、赤く揺れていた。
その少女は、周囲を見渡し再度やめてと口にする。
光を吸い込む黒い瞳が、呆然とするリュカを鏡のように映し出していた。
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